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番外編*甘いお仕置き
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しおりを挟む「倉木社長。私には会社経営の詳しいことはわかりません。だから、率直に言ってくれませんか。皇丞に何を望んでいるんです?」
困り顔が泣き顔に変わる気がした。
が、そうはならなかった。
彼女はぎゅっと唇を結び、目を閉じ、数秒で目を開けた。
「今回の企画を見届けてほしいの。倉ビルの最後の仕事を。他に……頼める人がいないから」
倉木社長はゆっくりと頭を下げた。
ピアスが、揺れる。
「お願いします。あのプロジェクトを最高の形で遺すために、トーウンコーポレーションの力を貸してください」
今日、初めて会った、しかも、夫の元カレだなんて気まずい立場の私でさえ、胸が痛い。
皇丞はきっと、もっとだろう。
恐る恐る隣を見ると、やっぱり険しい表情の夫。
「如月には……、本当に助けられたの。だから、彼女が安心して働ける場所を探してあげたくて」
「それで、皇丞の秘書に?」
「他に……誰も思いつかなかった」
「そんなわけないいだろ。あなたほどの人が――」
倉木社長が頭を上げた。
「――過大評価しすぎよ。会社のためにと我武者羅にやってきて、こんな時に頼れる人もいない。秘書一人の転職先すら、融通できないのよ」
「いいんですか? 倉ビルのすべてを知り得ている如月さんを俺に託して」
「今の私には、知られて困ることなんてないわ」
「……っ」
私は如月さんの為人を知らない。
皇丞はどうなのだろう。
まったく知らない人ならば、どんな事情があっても迷わない気がする。
「おう――」
コンコンとドアがノックされ、私たちはドアの方を見た。
倉木社長が素早く目元を拭い、「どうぞ」と応えた。
「失礼いたします」
渦中の如月さんがドアを開け、直角に一礼した。
「ご挨拶が必要なお客様がお見えです」
「わかったわ」
社長が立ち上がる。
「お二人はゆっくりして行ってください。お返事は……出来るだけ早くいただけるとありがたいのだけれど」
「くら――」
「――倉木社長」
皇丞が私の言葉を遮った。
同時に、腿の上の私の手が彼の手にぎゅっと握られる。
私はもう片方の手を、彼の手に重ねた。
ドアに向かっていた社長が、ゆっくりと振り返った。
「お引き受けします。全て」
社長は少し驚いて、「奥様と話し合われなくてよろしいの?」と聞いた。
「会社の人事に口を挟む権限はありませんから」
「……そう。本当によくできた奥様ね。ありがとう」
「いえ、ただ、夫の元カノとしてのあなたには、一言言う権限がありますよね?」
「え?」
私は皇丞の手を離して立ち上がった。
「梓?」
夫の背後を、夫の元カノに向かって歩く。
精いっぱい姿勢よく、堂々と。
そして、倉木社長に向けて手を出した。掌を上にして。
「今、着けているピアスをください」
「え?」
「あなたの中に、皇丞への未練がわずかでも残っているのは、許せない」
私への嫌みでつけてきたのなら気にしなかったろう。
だが、彼女はずっとピアスを触っていた。
まるで、精神安定剤のように。
きっと、そうなんだと思う。
事実、彼女はぐっと息を呑み、じっと私を見ている。
わかったとも、嫌だとも言わない。
それが、彼女にとってピアスがとても大事だという証拠だと思う。
私はそれが、嫌だと思った。
彼女がピアスを見るたび、着けるたび、触れるたび、皇丞を思い出すのが嫌。
私は、彼女がどんな風に皇丞に愛されたかを知らないから。
私は彼女から目をそらさず、手も下ろさない。
彼女もまた、私から目をそらなさい。
けれど、そのまま、ゆっくりと手を上げ、ピアスを外した。
唇が震え、涙を堪えているように見えた。
会社を失う彼女から、心の支えのような思い出の品を奪うなんて、私は酷い女だろう。
それでも、いい。
彼女が両方の耳からピアスを外し、ぎゅっと握りしめてから、私の掌にそれを置いた。
「本日は、お越しいただき、ありがとうございました」
腰を折った彼女の耳に、揺れ光るものはもう、ない。
私は掌のピアスをギュッと握りしめ、黙ってお辞儀をした。
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