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番外編*甘いお仕置き
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しおりを挟む初めてお会いした時は、皇丞に抱きついて「坊ちゃんの花婿姿を見られるなんて!」と大号泣していた。
その静江さんは、現在買い物に出ている。
「さっきの話だけどさ?」
並んで掛けられた何枚のも留袖を眺めていると、静かに戻ってきた俵さんが、やはり静かにカップを私の前に置いた。
音を立てないのは秘書として優秀なのだろうけれど、気配も足音も消して近づかれるのはぎょっとする時がある。
「皇丞を返して、とか言われたらどうするの?」
「……?」
「元カノが梓ちゃんに会いたい理由」
「ああ。え? そんなことあります?」
「わからないけど?」
椅子に座った彼は、羨ましいほど無駄のない、流れるような美しい所作で、カップを口に運ぶ。
「仮に皇丞に未練があるとしたら、公の場で私に会う意味はないですよね? あ! 恥をかかせて『あなたは彼に相応しくないわ!』とか?」
「ドラマならありそうだね」
「そうなんです。母がハマっているドラマの、先週のラストがそれだったんです」
結婚後、皇丞が気遣ってくれて実家に顔を出すことが多くなった。
結婚式の準備もあって、余計に。
すると、母からハマっているドラマについてストーリーや感想を聞かされてしまう。
そのドラマのひとつが、明治時代のロミオとジュリエット。
その一幕に、パーティーでヒロインがヒーローの親が決めた許嫁に恥をかかされるシーンがあった。
「それ、おもしろいの?」
「……っふ」
冷静沈着な社長秘書らしからぬ、隙だらけの表情に、思わず吹き出しそうになる。
「え? いや、だって――」
「――あ、違うんです。私が母に聞いたのと同じ言葉だったから」
聞いた瞬間、母が物凄い剣幕でドラマの面白さを力説したのを思い出し、笑いが止まらない。
俵さんの私を見る表情が、その時の皇丞の表情と同じで、なおさらおかしい。
「笑ってるけどね? もしかしたら、もしかするよ」
「え?」
「元カノの思惑。マジで、自分のプロポーズを断った元カレの嫁に恥をかかせようって魂胆だったらどうするの?」
「……恥って――」
「――全力でお相手するまでよ」
私は俵さんの肩の向こうを、俵さんは振り返って、開いているドアの方を見た。
お義母さまが何本かの帯を持って立っている。
「私の義娘を蔑むような真似をするなら、東雲家の全力を持ってお相手しますよ?」
お義母さまの穏やかな笑みと冷えた眼差しに、背筋がゾクッと冷える。
「では、まずは戦闘服を選びましょうか」
戦闘服……。
お義母さまは持っている帯を敷物の上に並べると、私が戻した藤色の留袖を手に持った。
「さ、梓ちゃん。品定めされるんじゃなく、してやるつもりで行くのよ」
「品定め?」と、俵さんが聞き返す。
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あ、俵さんが年上ダメな理由、聞きそびれたな。
藤色の留袖を羽織り、かかしのように両手を広げた私は、お義母さまが納得するまで着せ替え人形に徹した。
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