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13.御曹司の罠
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しおりを挟む「皇丞、いい加減にしろよ!」
ハッとして顔を上げると、珍しく欣吾が真顔で睨んでいる。
「梓ちゃんと喧嘩してんだか何だかしんねーけど、仕事はちゃんとしろ」
珍しく正論で叱られた。
『喧嘩?』
向かい合う俺と欣吾に挟まれているテーブルの上には、欣吾のスマホ。そして、スピーカーからは俵の声。
「仕事はちゃんとしてる」
「今だって仕事中だろ。ちゃんと報告しろよ」
東北支社への挨拶を終えてホテルに戻った俺たちは、俵に報告中。
俺からよりも、欣吾からの報告がメインなのだが。
昨日までは社長に報告していたのだが、今日は社長が休みなのだ。
理由は、結婚記念日だから。
本来であればそんな理由で社長が欠勤なんて許されないのだろうが、毎年恒例のこととなれば俵もそのようにスケジュールを組んでいる。
「俺だってさっさと帰りたいんだよ! 何日禁欲してると思ってんだよ!」
いや、まだ一週間……。
『お前ら、今回の出張がどれほど大事かわかってるのか』
「わかってるよ! 皇丞が社長になるまでにシステムを全社統一して、本社で一括管理しようってんだろ?」
『わかっているなら、女のことは忘れて集中しろ』
「集中するために女が必要なんだろ。息抜きだよ。癒しだよ!」
女好きな欣吾でもこだわりがあるらしく、バーで一夜限りの女を見繕うような真似はしない。
数人いる遊び相手をセフレと呼ぶこともしない。
欣吾曰く、恋人が複数人いるだけなのだそうだ。
なぜ複数人必要なのかは聞いても理解できないから、もう聞かない。
俵のように同時進行はしなくても一人一人との付き合いが異常に短いのと、どちらがまともかも。
『で? 梓ちゃんと喧嘩って?』
帰りたい、セックスしたいと喚く欣吾を無視して、俵が聞いた。
欣吾といい俵といい、やけに自然と『梓ちゃん』呼びする。
「喧嘩なんかしてねーよ」
「嘘だね! 電話してもメッセージ送ってもシカトされて凹んでるくせに」
「シカトとか言うな」
『なんで出張前に仲直りしないんだよ』
「だから! 喧嘩なんかしてねーって」
『なら、愛想尽かされたんじゃないのか』
「…………そんなわけ――」
「――そういうことか……っ!」
欣吾が芝居染みた大袈裟な動きで頭を抱える。
「何がだよ! 俺は何もしてねーよ」
『っつーか、いつからだよ』
「なにが」
『シカトされてんの』
シカトという言葉が、妙に癇に障る。
「だから、シカトじゃ――」
『――いつから』
「出張に出た日からだよ! 朝は普通に一緒に出社したのに、出がけに連絡しても繋がんなくて――」
『――昼頃?』
「は!?」
『いや、お前らが出張に出たの、昼頃だよな?』
「そうだけど」
聞かなくてもわかっているだろうに。航空券とタクシーを手配したのは俵だ。正確には、俵に指示された秘書課の誰か。
『忙しそうだったぞ』
「なにが」
『梓ちゃん。走り回っていた』
「どこを」
『八階』
「なんで、梓が八階――っ」
まさか……。
「梓、昼頃に八階にいたのか」
『ああ、昼少し前だな。階段室から出てきたから気になったんだ。俺を見ても頭を下げただけで立ち止まらなかったし』
嘘だろ……。
俺はテーブルに肘をつき、その手で口を覆った。
天谷との会話を聞いていた……!?
まさか、だ。
俺が天谷に呼び出されたのは内線で、梓は知らない。たとえ呼び出されたと知っても、場所までわかるはずがない。場所は俺が指定した。会議室の利用状況を確認して。
「皇丞?」
意味もなく、じっとスマホを見る。
あの時、俺は何を言った?
天谷は!?
『あんたが、きらりに俺を誘惑させたって』
天谷ははっきり、そう言った。
『勝ち目のないゲームはしない』
俺は、そう言った。
はっきり。きっぱり。
まさか――!
人生でこれほど早く、力強く心臓が動いていたことがあっただろうか。
くそっ――!
俺はやり場のない苛立ちに拳を震わせた。
思いっきり叩きつけようと振り上げ、やめた。
今は、俺の苛立ちなんてどうでもいい。
梓だ。
あれを聞いていたとしたら、俺からの連絡の一切を絶っている理由の説明がつく。
くそ――――っ!
俺は拳を解き、その手で頭を抱えた。
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