復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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13.御曹司の罠

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 聞くべきではないだろうか。

 たとえ、何が録音されていても。

 だって、どうせ、このまま何もなかったようには過ごせない。

 直の言葉を鵜吞みにして、皇丞を責めることはできない。



 今聞かなくても、きっとずっと気になっていつか聞いてしまう。それなら……。



 私は〈Play〉ボタンを押した。

『――……んだ。いそ――だ』

 男性の声がする。

 距離があるらしく、よく聞こえない。

『ひどぉい』

 きらりの声は、はっきり聞こえる。

 レコーダーはきらりが持っているのだろう。

『東雲課長の言う通りに、木曽根先輩から直くんを奪ったのに』

 無意識に瞬きが早くなる。

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。

 会話の相手が皇丞とは限らない。

 私は、意味もなくレコーダーを睨みつけていた。

『褒めてくれてもいいじゃないですか』

『ふざけるな。俺は――』



 おう……すけ……。



『――直くんが邪魔だったんでしょう? 先輩、お堅いですもんね』

 フフッと可愛らしい笑い声。

『……林海』

『今度こそ認めてくれますよね? 私がいい女、だって』

『……そうだな』

『やったぁ』

 わざとらしい浮かれた声。

『でも、先輩をどうするんですか? まさか――』

 まさか、がやけに低く聞こえた。

『――木曽根先輩に本気なわけじゃないですよね?』

『まさか』



 皇丞――。



『お前と同じ、ゲームだ』



 嘘……。



『まぁ、お前の場合はゲームどころじゃなくなったんだろうがな。妊娠と結婚、おめでとう』

『……』

『天谷の出世も間違いなしだろう?』

『ええ! そうなんです。パパが直くんを課長にするって。あ! 邪魔しないでくださいね? 邪魔したら、全部バラしちゃいますから』

『バレて困るのはお前もだろう?』

『ふふふっ。私たち、共犯者ですね』

 きらりは随分と嬉しそうだ。

 コツコツと男性の靴音らしい音がゆっくりと近づいてくる。

『今後は大人しくしておけ』

『どうしよっかなぁ。木曽根先輩、案外平気そうだし。つまんない』

『いい加減にしろ』

 靴音が遠ざかり、勢いよくバタンッとドアが閉まる音がして、靴音は止んだ。

『ゲーム、だって。先輩』

 そこまで。

 再生中のランプが消える。

 本当だった。

 皇丞は、きらりを使って直を誘惑し、私と別れさせた。



 私が欲しかったから?

 誘っても、私がなびかなかったから?



 耳の奥で、いや、頭の通信でキィンと不快な機械音が響く。

 十二時を知らせるチャイムが、聞こえる。

 備品室にスピーカーはないから、左右の会議室からだ。

 そろそろ、皇丞は会社を出る。

 見送るつもりだった。

 せめて、自席からでも「行ってらっしゃい」と言うつもりだった。

「気をつけて」と。

 今ならまだ間に合うだろう。

 今すぐにこの部屋を出て、急いで戻れば、きっと見送れる。

 話があるから夜電話してほしいと言えば、きっとしてくれる。

 その電話で、さっきの直との会話の事実を聞けばいい。

 理由があるはずだ。

 きらりを直に仕向けたことにも、私とのことをゲームだと言ったことにも、きっとちゃんと理由がある。

 それを聞けば、納得できる。

 安心できる。



 本当に?



 私を好きだと、愛していると言ってくれた皇丞の言葉は嘘じゃない。



 本当に?



 プロポーズまでしてくれた。

 帰ってきたら指輪を買いに行こうと、お互いの親に挨拶に行こうと言ってくれた。

 その言葉が、想いが、嘘なわけがない。



 本当に?



「皇丞……」

 私はレコーダーを握りしめ、蹲る。

 不思議と、涙は出ない。

 ただ、息苦しい。

 寒い。

 頭が痛い。



 今は、会えない――。



 会議室を使う予定がなくて良かった。

 こんな姿、誰かに見られたら、また噂になる。



 今の私きっと、皇丞の知っているどんな私より酷い顔をしているでしょうね……。



 私は午後始業のチャイムが鳴り終わるまで、その場を動けなかった。


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