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12.鎮静
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しおりを挟む想定外だ。
思わぬ伏兵を睨みつけるが、当人は満面の笑み。
「ザマーミロ」
心底楽しそうだ。
「なんでこんなこと……」
「復讐ですよ? その女は、気が弱い父親の奴隷が自分に見向きもしなかったことが面白くなくて、俺の恋人に俺との関係を仄めかしたんだ。一緒にいる時に何度もしつこく電話をかけてきたり、メッセージを送ってきたりして!」
きらりがガタンッと勢いよく立ち上がった。キャスター付きの椅子が転がって彼女から遠ざかってゆく。
「はぁ!? そんなことくらいでフラれたなんて、本気で好きだったわけじゃ――」
「――まともに! 本気で人を愛したことのないお前が言うな! 本気で好きだから不安になるんだ。本気で好きだから傷つくんだ! お前みたいに男を金で買うような女には、一生わからないだろうな!!」
「買ってなんか――……っ!」
タブレットを視界に入れたきらりの顔から血の気が引いていく。
俺はハッとしてタブレットを伏せたが、遅かった。
きらりが俊足で寄ってきて、背後からタブレットを奪い取った。
「なによ、これ! 何なのよ! 嘘よ! でっち上げよ!!」
きらりが半狂乱で叫ぶ。
対面の重役たちは何事が起っているのかわからず、呆然ときらりを見ている。
「私じゃない! 私じゃないわ!! こんなの私じゃない!!」
きらりがタブレットを振り上げる。
俺は咄嗟に立ち上がり、梓を抱き寄せた。
バキッともガンッとも聞こえる鈍い音が会議室に響く。
きらりがタブレットを机に叩きつける。何度も。
それを壊したところで、データが消去されるわけではないのだが、そんなことはどうでもいいし、きっとどうしてそうしているのかなんて彼女自身わかっていないだろう。
液晶部分がパリンと音を立てた時、俺の腕の中から梓が抜け出た。
「いい加減にしなさい!」
タブレットを振り下ろすきらりの腕を掴むが、既に振り上げるつもりで力が入っていたきらりの腕は止まらず、だが押さえつけられた反動で、タブレットだけが手から放り出された。
壁にガンッとぶつかって落下する。
その音と同時に、パァンッと張り詰めた風船が割れるような小気味よい音が響いた。
「自業自得でしょう! 人のせいにしてばかりいないで、反省しなさい!!」
完全に修羅場なのに、きらりの頬を叩いて黙らせ、叱責する梓の凛々しさに、思わず見惚れてしまう。
カッコ良すぎだろ……。
全員が梓にくぎ付け。
兼子ですら、目を丸くしている。
「あなたはもう専務の娘じゃない。誰も媚びてくれない。誰も庇ってはくれないわ」
「なによ! いい気になってんじゃないわよ! 私に男、取られたくせに!! 負け犬のくせに――」
「――冗談でしょう?」
梓がずいっときらりに顔を寄せる。
「あなたのお陰で御曹司の恋人に昇格よ? 誰が負け犬よ」
「~~~っ!」
叩かれた頬を赤くして、きらりが歯ぎしりをする。
無様だ。
頼みの綱の林海専務でさえ、助けてくれない。
もう、憎まれ口を叩くくらいが精いっぱい。
「遊ばれてるだけよ。飽きたら捨てられるんだから!」
「その時は私から捨ててやるわ。あなたみたいに惨めになりたくないもの」
「うるさい! なんにもわかってないくせに。あんたなんて――」
「――きらり!!」
ドンッと低く短い音。
天谷が拳を机に叩きつけた。
「いい加減にしろ。犯罪者に、なりたいのか」
「はんざ……」
きらりがその場に崩れ落ちる。
それで、終わり。
きらりは嗚咽を漏らして泣き始め、天谷と父親に抱えられて出て行った。
メールを見た者たちから逃げるように帰るしかないだろう。
林海きらりが放った火種は、この社屋を焼き尽くす勢いで燃え上がったが、彼女自身の涙で鎮火するという、なんともあっけない幕引きとなった。
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