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12.鎮静
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しおりを挟む「どういう……ことだ」
専務がか細い声で聞く。
正常な判断ができる状況でないのは仕方がないが、この場でそれを聞いたことに驚く。
社長と目が合った。
きらりの妊娠の真偽を、この場で暴くつもりはなかった。
個人のセンシティブな話題だ。
だが、天谷はそれを配慮する気はないらしい。
「妊娠していると言った後もピルを飲んでいましたし、飲酒も目撃されています」
「ピルじゃないし! ビタミン剤だもん! お酒も、ノンアルコールだもん!」
きらりが天谷の袖を引っ張りながら訴える。が、天谷は彼女を一瞥しただけ。
「母子手帳は?」
「え?」
「健診に行ってるけど病院も教えてくれない。エコー写真どころか母子手帳も見せてもらったことがない。だから、ちゃんと健診を受けているのか確認しに行ったんだ」
「どこに?」と聞いたのは、梓。
天谷の視線が梓を捉える。
それだけのことが、無性に腹立たしい。
それは、梓を見つめる天谷の視線に、特別な感情が込められているから。
「区役所に行って、健診の履歴がわからないかと聞いたんだ。さすがに教えてもらえなかった。母子手帳は持っているかと聞かれて、持っていないと答えたら、ちょっと誤解されたみたいで、再発行するかと聞かれた」
「再発行!?」
天谷がきらりを見下ろす。梓に向けるのとは全然違う。感情のこもっていない視線。
「出来るはずがないよな。そもそも母子手帳を発行していないんだから。なのに健診に行けたの?」
天谷を見るきらりの表情は見えない。
縋るような表情なのか、怒りに満ちた表情なのか、ただただ呆然としているのか。
どうでもいいが、隣で梓がショックを受けている以上、何らかの結論を出したい。
「林海さん。最初から我々を騙していたのですか? 聞いていると、子供の父親とされた天谷さんですら騙していたようですが?」
「ちがっ――」
「――エコー写真は見た」
彼女の言葉を遮ったのは、父親。
もはや、専務としての立場は捨て、娘を持つ父親の打ちひしがれた表情。
可愛い可愛い娘に、ただひたすらに何かの間違いであってほしいと願う視線を向ける。
「私は、エコー写真を見た」
きっと、今、きらりの妊娠を信じたい専務の拠り所は、エコー写真の存在なのだろう。
婚約者の天谷も見たことがない写真を、自分は見た。きらりに一番近い存在は自分だと、そう思うことで、自分の存在の大きさに自信を持ちたいところだろう。
だが、現実は無情だ。
天谷が先を続ける。
「どんな紙質でした? 日付も見ましたか?」
「日付……?」
「最近では、ネットにエコー写真を載せている人もいるそうです」
「まさか――っ」
信じられなくて当然だ。
娘に見せられたエコー写真が偽物だということも、ネットにエコー写真を載せる人間がいることも。
「林海きらりさん」
社長に呼ばれても顔を向けないのは、礼儀知らずなだけか、恐怖でそうできないのか。
恐怖を感じるほど事態を把握できていればいいが、最悪、パパに嘘がバレてどうしようくらいにしか思っていない可能性もある。
「きみは、広塚家具からの撮影日変更の電話に対し、木曽根さんの名を騙って、担当者の判断も仰がずに了承した。そして、広塚家具からの確認メールを削除し隠蔽した。間違いないかな?」
穏やかに言っているが、社長自身が事実確認をしている時点で、全く穏やかな状況ではない。
それに気づいているのは、きらり以外だが。
きらりは、錆びたおもちゃのようにぎこちなく顔を上げる。
「私は……」
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