復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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11.炎上

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*****


「明日はカレーが食いたい」

 お好み焼きを食べ終えるや否や、俺は言った。

 梓は最後の一切れを箸で口に運ぶところで、口を開けたまま俺を見た。

「明後日は焼きそば」

 ポトッと箸から皿に落下した一切れを、俺は指でつまんで自分の口に入れた。

「私のっ――」

「――その次は、シチュー。その次はお好み焼き。週末は食いに出よう」

 指先を舐め、自分の皿を持って立つ。

 梓はじっと俺を見ている。

「皇丞、私――」

「――映画でも観るか?」

 わざと彼女の言葉を遮り、シンクで水を出す。手を洗い、コーヒーマシンの電源を入れた。

「皇丞」

「一泊だけど旅行でもするか。温泉でも――」

「――皇丞!」

 俺は水を止め、マシンのスイッチを入れた。カップは、二人で選んだもの。

「マンションは解約しろ」

「聞いて!」

 ガタンッと椅子が音を立てた。

 倒れてはいない。

 立ち上がった梓が、俺を睨みつけている。

 そんな表情すら、可愛い。

 末期症状だ。

 俺がこんなに女に溺れるとは。

「ほとぼりが冷めるまで、私――」

「――ここにいろ」

 梓の瞳が揺れる。

 梓の考えなどお見通しだ。

 父親に呼び出された時もそうだ。

 梓は簡単に俺を捨てようとする。

 いくら俺のためだとわかっていても、少しも嬉しくない。

「付き合っている程度ならまだしも、一緒に暮らしているなんて会社の人たちに知れたら、それこそ何を言われるか――」

「――構わない! 言いたい奴には言わせておけばいい」

「いいわけないでしょ! 今でも、皇丞が私のミスの尻拭いをしてるって、恋人を甘やかすだけの無能扱いされてる。取締役就任の話だって危ないんでしょ!? 順調にいっても、ずっと、この先ずっとこの件がついて回るのよ!?」



 こんな時まで、俺の心配ばかりだな……。



 梓はもっと自分の感情を優先させるべきだ。

 天谷と別れた時も、怒り狂ってぶん殴るくらいのことをしても許されたのに、強がって冷静に振舞ってみたり、純粋に悲しいと泣いたり、自分にも非があったんじゃないかなんて悩んだりした。

 過度な優しさはきっと、相手も、自分をも傷つける。

 天谷の梓への執着がいい証拠だ。

 俺は、天谷が梓に執着するのは、愛しているからはもちろんだが、彼女が冷静過ぎたせいもあると思う。

 荷物を渡しに来た時の梓は感情的ではあったが、俺にしてみたら生ぬるい。

 荷物の袋でぶん殴って、ムカつくと、嫌いだと、二度と顔も見たくないんだと怒鳴りでもすれば、今のような状況は生まれなかったのではないかと思う。

 今日だってそうだ。

 謂れのないミスで担当を外されることへの怒りより、自分が抜けた穴をカバーさせてしまう同僚に申し訳なく思う。

 そういう梓だから好きだし、守りたいと思うのだが、やはりもっと感情を見せてくれてもいいだろうと思う。



 ひとりで……泣いてるんだろうな。



 それが、なにより嫌だ。

 俺は梓にとって天谷以上の存在になりたい。

 嫉妬や競争心だけじゃない。

 純粋に、天谷にも見せなかった涙を、弱さを、曝け出せる相手になりたい。

 そのために、俺はどうすべきか。

 悔しいが、天谷から学んだ。

 俺はコーヒーが注がれたカップをそのままに、梓のすぐそばに移動した。

 一歩近づくたびに、梓の緊張が増すのがわかる。



 可愛くないことを言ってる、とか自己嫌悪に陥っているんだろうな。



 俺は梓の肩に手をのせ、少しだけ力を入れた。

 それが何を意図するかわかったらしい彼女が、ストンと椅子に座る。

「梓」

 瞳が不安に揺れている。

 本当なら、抱きしめてキスをして、大丈夫だと、俺がいると、全部任せろと言いたい。

 だが、それじゃダメだ。

 俺は彼女の足元に跪き、彼女の手を取って見上げた。

「ここにいてくれ、頼む」

 自信満々に俺に任せろと言っても、本心だ。

 だが、全てではない。

 梓の唇がわずかに開き、だが声を発する前に俺が続けた。
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