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11.炎上
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「明日はカレーが食いたい」
お好み焼きを食べ終えるや否や、俺は言った。
梓は最後の一切れを箸で口に運ぶところで、口を開けたまま俺を見た。
「明後日は焼きそば」
ポトッと箸から皿に落下した一切れを、俺は指でつまんで自分の口に入れた。
「私のっ――」
「――その次は、シチュー。その次はお好み焼き。週末は食いに出よう」
指先を舐め、自分の皿を持って立つ。
梓はじっと俺を見ている。
「皇丞、私――」
「――映画でも観るか?」
わざと彼女の言葉を遮り、シンクで水を出す。手を洗い、コーヒーマシンの電源を入れた。
「皇丞」
「一泊だけど旅行でもするか。温泉でも――」
「――皇丞!」
俺は水を止め、マシンのスイッチを入れた。カップは、二人で選んだもの。
「マンションは解約しろ」
「聞いて!」
ガタンッと椅子が音を立てた。
倒れてはいない。
立ち上がった梓が、俺を睨みつけている。
そんな表情すら、可愛い。
末期症状だ。
俺がこんなに女に溺れるとは。
「ほとぼりが冷めるまで、私――」
「――ここにいろ」
梓の瞳が揺れる。
梓の考えなどお見通しだ。
父親に呼び出された時もそうだ。
梓は簡単に俺を捨てようとする。
いくら俺のためだとわかっていても、少しも嬉しくない。
「付き合っている程度ならまだしも、一緒に暮らしているなんて会社の人たちに知れたら、それこそ何を言われるか――」
「――構わない! 言いたい奴には言わせておけばいい」
「いいわけないでしょ! 今でも、皇丞が私のミスの尻拭いをしてるって、恋人を甘やかすだけの無能扱いされてる。取締役就任の話だって危ないんでしょ!? 順調にいっても、ずっと、この先ずっとこの件がついて回るのよ!?」
こんな時まで、俺の心配ばかりだな……。
梓はもっと自分の感情を優先させるべきだ。
天谷と別れた時も、怒り狂ってぶん殴るくらいのことをしても許されたのに、強がって冷静に振舞ってみたり、純粋に悲しいと泣いたり、自分にも非があったんじゃないかなんて悩んだりした。
過度な優しさはきっと、相手も、自分をも傷つける。
天谷の梓への執着がいい証拠だ。
俺は、天谷が梓に執着するのは、愛しているからはもちろんだが、彼女が冷静過ぎたせいもあると思う。
荷物を渡しに来た時の梓は感情的ではあったが、俺にしてみたら生ぬるい。
荷物の袋でぶん殴って、ムカつくと、嫌いだと、二度と顔も見たくないんだと怒鳴りでもすれば、今のような状況は生まれなかったのではないかと思う。
今日だってそうだ。
謂れのないミスで担当を外されることへの怒りより、自分が抜けた穴をカバーさせてしまう同僚に申し訳なく思う。
そういう梓だから好きだし、守りたいと思うのだが、やはりもっと感情を見せてくれてもいいだろうと思う。
ひとりで……泣いてるんだろうな。
それが、なにより嫌だ。
俺は梓にとって天谷以上の存在になりたい。
嫉妬や競争心だけじゃない。
純粋に、天谷にも見せなかった涙を、弱さを、曝け出せる相手になりたい。
そのために、俺はどうすべきか。
悔しいが、天谷から学んだ。
俺はコーヒーが注がれたカップをそのままに、梓のすぐそばに移動した。
一歩近づくたびに、梓の緊張が増すのがわかる。
可愛くないことを言ってる、とか自己嫌悪に陥っているんだろうな。
俺は梓の肩に手をのせ、少しだけ力を入れた。
それが何を意図するかわかったらしい彼女が、ストンと椅子に座る。
「梓」
瞳が不安に揺れている。
本当なら、抱きしめてキスをして、大丈夫だと、俺がいると、全部任せろと言いたい。
だが、それじゃダメだ。
俺は彼女の足元に跪き、彼女の手を取って見上げた。
「ここにいてくれ、頼む」
自信満々に俺に任せろと言っても、本心だ。
だが、全てではない。
梓の唇がわずかに開き、だが声を発する前に俺が続けた。
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