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9.火種
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しおりを挟むあんな場所で話していれば、休職中とはいえすぐにはきらりの耳に入るだろうことがわからないはずがないのに。
そうまでして直は私に何を伝えたいのだろう。
「あいつにかまうなよ」
「うん」
「釘を刺したから大丈夫だろうが、念のために社内では平井か山倉と行動しろ」
「大袈裟よ」
皇丞がぴたりと足を止め、私の腕を引いて道の端に寄った。
そして、うなじに手をかけて、私を上向かせる。
完全に不意を突かれ、私は無抵抗に唇を塞がれた。
不機嫌なのに、優しいキス。
軽く触れて指一本分くらいだけ離れる。
「そんなひどい顔して、何が大袈裟だ」
また『ひどい顔』と言われた。
直から別れを告げられた時も、そう言われた。
女性に言っていい言葉ではないと思うのだけれど、皇丞の方が真剣で、それなのにどこか苦しそうな表情をしているから、茶化せない。
「わかった」
私が素直に言ったから、皇丞が少し目を見開いた。
「……なにが」
「一人にならないようにする」
「梓」
「私だって、あんな風に待ち伏せされたくない」
もう一度唇が触れ合い、今度は屋外での正しい距離に離れた。
「飯、食って帰るか」
「いい」
ふいっと顔を背けて歩き出す。
「おいっ!?」
「ひどい顔って言われたから、帰る」
「あっ! それは――、違うだろ」
私のヒールの音を追いかけて、皇丞の踵が迫ってくる。
「何度目かしら、言われたの」
「梓!」
腕を掴まれ、否応なく足が止まる。
「表情のことであって、顔自体のことじゃないだろ」
「どーだか?」
「お前はいつも可愛いよ」
耳元で囁かれ、フッと息を吹きかけられる。
くすぐったさと恥ずかしさから、肩をすくめた。
「調子いいんだから」
私の反応が期待通りだったのか、皇丞は嬉しそうに笑って私の指に自分の指を絡めた。
「何食べたい?」
すっかり皇丞のペースにのせられて、私はさっきまで感じていた、直が目の前に現れた瞬間の驚きや恐怖から目を背けることができた。
翌朝、出社前にも皇丞にくぎを刺されたが、正直に言ってもう大丈夫だろうと高を括っていた。
昨日の今日だ。
けれど、会社のロビーで直の姿を見て、全然大丈夫ではないのかもしれないと思い直した。
たまたま、出社時間が重なっただけかもしれない。
よくあることだ。
この数か月はなかったけれど。
なぜか直は昨夜と同じ場所に立っていて、私をじっと見ていた。
それだけだ。
私は視線を逸らし、皇丞に顔を向けた。
私がそうした理由に皇丞はすぐに気が付いて、「一人になるなよ」と耳打ちした。
私はしっかりと頷いた。
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