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7.つながる想い
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しおりを挟む昔から、そうだった。
母へのプレゼントは、エプロンだったり靴下だったりパジャマだったりしたけれど、父へはいつもお酒だった。
どうしてということもないけれど、お酒が好きだから喜んでくれると思って。
いつも喜んでくれた。
けど、修学旅行前の父の日は、喜んではくれたけど、「お父さんもカップが欲しかったみたい」とお母さんから聞いて、あれを作った。
他に作りたいものもなかったし、うまく作れるかもわからなかったし、失敗してもまあいいやくらいの気持ちで作ったマグカップ。
「あのカップだけは自分で洗ってたの、知ってた?」
知らなかった。
気にしたこともなかった。
そんなに大事にしてくれてたなんて。
「逃げるとか負けるとかどうでもいいのよ。お父さんもお母さんも、これ以上あんたに辛い思いをしてほしくないだけ」
無意識に瞬きが早くなる。喉の奥が熱く、しょっぱい。
「梓」
お母さんが困ったように、悲しそうに微笑む。
「いつでも帰ってきなさい」
涙が頬を伝い、唇の端から口の中に染み入ってくる。もう片方の瞳から零れた涙は、顎から滴る。
「……うん」
「それから、もう少しマメに連絡してちょうだい。お父さんが今まで以上に心配するから」
「うん。お母さん」
私は手の甲で涙を拭った。
お母さんがティッシュの箱を差し出し、私は二枚抜き取った。
「私、決めたの。直と相手の女よりもっと、絶対、幸せになるって」
「あんた、張り合ってその上司さんと付き合ってるわけじゃないでしょうね」
「さすがにそこまでできないよ。でも、彼が言ってくれたの。自分を利用して見返してやれって。私は……そう言ってくれた優しい彼を好きになったの」
「そう……」
「だから、心配しないで」
「バカね。どうしたって心配はするのよ? 親なんだから」
ティッシュ二枚じゃ拭いきれなくて、私はしばらくティッシュの箱を手放せなかった。
皇丞のことを両親に話して、私自身ちゃんとわかった。
私にとって、皇丞がどれほど大きな存在になっていたか。
未来なんてわからない。
もしかしたら、皇丞も心変わりする日がくるかもしれない。
その時、今のように後悔したくない。
だから、この恋が最後の恋になるように、精いっぱい足掻こう。
プライドなんて、後悔することに比べたら、ちっぽけだ。
そう認めてしまったら、早く皇丞にその気持ちを伝えたくなった。
一緒にご飯を食べようとお母さんは言ってくれたけれど、お父さんはボンドが完全に乾くまでカップから手を放しそうにないし、おかずだけもらって帰ることにした。
次の連休に帰ると約束し、私は実家を後にした。
駅に向かいながら皇丞に電話をかけたら、呼び出し音と同時にヘッドライトに照らされた。
泣き腫らした私の顔はどうやっても誤魔化せず、助手席に乗るなり抱きしめられた。
「お帰り」
溢れる涙が彼のジャケットに染みを作る。
「ただいま」
そう言って、私も彼の背中に腕を回した。
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