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7.つながる想い
3
しおりを挟む「だってぇ。帰ろうと思ったら天谷さんが歩いてくるのが見えたんだもん」
「普通に出て行きゃ、あいつもここまで来なかったろ」
「あ、それもそうね」
平井さんの口元に、えへっ、て吹き出しが見えた気がする。
「山倉さんまで何やってるんですか」
「え? あ、僕は! 平井さんに男だろ、とか言われて」
山倉さんも立ち上がり、そそくさと机に戻る。
「……ったく! 梓、帰るぞ」
「うん。はい」
腕を掴み上げられ、私は立ち上がった。
結局、直が何しに広報課まで来たのかはわからない。
ただ、顔を合わせずに済んだことにホッとした。
なのに、通用口を出てすぐ、通りの向こうに直を見た。
コンビニの前で、ただじっとこちらを見ていた。
「車で来ればよかったな」
皇丞も直の姿を見つけたのだろう。
私の肩を抱き、足早に駅を目指す。
私が気づかなかっただけで、いつも見られていたのだろうか。
いや、さすがにいつもじゃないだろう。
今日は、偶然退社の時間が重なっただけ。
じゃあ、この前の休憩所では……?
さほど寒くはない九月の空気に、身震いする。
きっと、今日は冷えるんだ。
そうじゃなければ、指先が冷えるはずがない。
「大丈夫か?」
顔を覗き込まれ、ハッとした。
皇丞の表情で、私がまた酷い顔をしているのだろうと思う。
今までもそうだが、皇丞自身気づいてないだろう。
私を心配する彼の表情の方がよほど心配になる。
眉尻を下げ、困った表情。
「大丈夫」
私がそう答えるのは強がりではない。
私の一言と、ぎこちなくても微笑んで見せることで、彼が安心してくれるから。
いつもの彼の強気な表情で、私は本当に大丈夫だと思えるから。
「帰ろう」
私の肩を抱いていた手がするりと解かれ、それを寂しく思う間もなく手が繋がれる。
女と腕を組んだり手を繋いだりなんて、ベタベタするのを嫌がりそうなのに。
見かけによらず、皇丞はいつもくっついていたがる。
「あ」
地下鉄に乗るや否や、皇丞が低い声ではっきりと言った。
「飯、食おうと思ったのに」
そうだ。
食事して帰ろうと言ったのに、マンションに向かう地下鉄に乗ってしまった。
この方面は飲食店が多くない。
「買って帰ろう?」
皇丞を気遣ったのが半分、早く帰りたいのが半分で、そう言った。
そして、皇丞のマンションを安らぎの場所だと思っている自分に、少し驚いた。
「駅前の焼き鳥屋行くか? 本当は和食――」
「――テイクアウトでもいい?」
地下鉄がカーブにさしかかり、車内が揺れる。
毎日のことだし、別にしっかり立ってればやり過ごせるのだが、なんだか急に、本当に急にふらりと皇丞のジャケットを掴んで身体を寄せた。
彼は私が本当にふらついたのだと思って、抱きとめてくれた。
「大丈夫か?」
甘える、と思えばさほど恥ずかしいことではないのだろうが、甘え慣れていない上に、あきらかにわざとそうした自分に物凄く恥ずかしくなる。
いい年をして、とか、公共の場で、とか考え始めると、穴があったらなんとやらとまで思えてしまい、すぐに体勢を立て直す。
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