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5.月夜
15
しおりを挟む「って感じで? 皇丞は静江さんに泣かれると弱いんだよ。本当に泣いてるわけじゃないってわかってるのに」
「いや、あれはマジ泣きだ。嘘泣きだと思って無視したら、正面切って大粒の涙を流されたことがある」
「お前……やっぱ坊ちゃんだな」
「はぁ!?」
思いがけないところで皇丞の弱みを握れた気がする。
彼を騙す時は目薬を仕込もう。
皇丞と平井さんがわいわいと話している間に、私はぺろりとデザートを平らげた。
食べられるかなんて心配は全くの杞憂で、あとひとつずつは食べられそうなほど別腹な美味しさだった。
さすがにベルトが少し苦しいけれど。
終始笑顔で話をして、平井さんは「また来てね」と手を振って出て行った。
私と皇丞は支配人にお礼を言い、店を後にした。
皇丞の車の後部座席は荷物がいっぱいだから、運転代行の人に車をお願いして、私と彼はタクシーに乗った。
急に皇丞のスマホが何度も唸り、彼はメッセージを確認する。
私は帰り際に支配人の手によって包まれた、三本のバラの意味をスマホで調べた。
『愛しています』
泣きそうに、なった。
平井さんが教えてくれなければ、私はこの意味に気づかなかった。
皇丞の想いにも……。
マンションの前でタクシーを降りると、ちょうどマンションの向かいの三階建てアパートの上に月が浮かんで見えた。
満月ではないけれど、最後に見たのがいつかも思い出せない満月よりも美しく見えるのは、握りしめた三本のバラのお陰だろうか。
「月が綺麗ですね」
素直な感想が音となる。
皇丞が振り返って見上げる。
「ああ。そうだな」
「私は……本当に月が綺麗だと思ったら、きっと隣に誰がいてもそう言うと思う」
「……?」
「私の言葉に裏なんてないから」
「なにが言いたい?」
「月が綺麗だと思えばそう言います」
「うん?」
「あなたを愛していると胸を張って言える時がきたら、そう言います」
首を回して皇丞を見上げると、彼もまた体の向きは変えずに私を見下ろした。
いつになく緊張して見えるのは、私が緊張しているからか。
「バラ、ありがとう」
「ああ」
「デート、も楽しかった」
「ああ」
「食事も美味しかったし――」
「――梓」
試すようにゆっくりと、彼の顔が近づいてくる。
私は目を閉じた。
目尻から涙が一粒だけこぼれた。
初めてのキスじゃない。
だけど、あまり記憶にないファーストキスの時よりもドキドキしたと思う。
そっと、本当にそっと触れ合う唇。
生温かい風に髪がなびく。
道行く誰かに見られているかもしれない。
いい大人がと囁かれているかもしれない。
でも、いい。
だって、大人にだって、我慢できない時がある。
どうしても今すぐにキスをしたい時がある。
だけどやっぱり大人だから。
皇丞はすぐに唇を離して、代わりに私の手を握った。
「待ってるよ」
隣に彼がいなくても、私は月を綺麗だと思えるだろうか。
ふと、そんなことを思った。
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