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5.月夜
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しおりを挟む「どうだ?」
「美味しい」
「そうか」
わかりやすく嬉しそうに微笑む皇丞が、二口目を口に含む。
「こういう味、好きなの?」
「あまり飲まないかな」
「じゃあ――って! 車!」
今更だが、車で来ていることを思い出す。
「代行を頼んである」
どこまでも隙がない。
「本当はホテルのレストランで食事をして、そのまま泊まることも考えたんだがな? さすがに自制できる気がしない」
どうせ同じ家に帰るのだから、自制するのは同じではないか。
それは口に出さなかった。
今の私は、彼の自制に助けられている。
「だから、それはまた今度、な?」
見透かされている。
そして、その上で、逃さないと言われているように感じるのは、自惚れだろうか。
「皇丞は――」
私の言葉は、再びのノックの音に遮られた。
今度は支配人一人ではなく、スタッフ二人も一緒だった。
スタッフはそれぞれ両手にお皿を持っている。
まず、支配人が持っていた長方形のお皿がそっと置かれた。
「オードブルでございます。季節の野菜――」
すごく凝ったお洒落な名前なのだが、お皿の上の小さくて瑞々しい料理をじっと見ているうちに、あっさり説明は終わってしまった。
「スープでございます」
スタッフがオードブルの横にスープを置く。
「地産牛蒡のスープは――」
シャンパン並みに透き通った液体は、確かに牛蒡の香りがする。
「魚介と季節野菜のフリットでございます」
オードブルの奥に置かれたお皿には、一口サイズのフリットが五つのっている。エビとホタテ、コーンはわかる。あとは衣に包まれて謎。
ちゃんと話を聞けばわかるのに、私はそれが何なのか自分で当ててやろうと料理を睨みつけていて、説明は半分ほどしか聞いていなかった。
支配人とスタッフは私が熱心に聞いていたと思ったろう。
「ごゆっくりお楽しみください」と言い残し、三人は出て行った。
「何度も部屋を出入りされたら落ち着かないと思って。まとめて持ってくるように頼んだんだ」
確かに、一品持って来ては空いたお皿を下げていかれるのは、正しいフルコースの形なのだろうけれど、落ち着かない。
「食べよう」
「うん」
私はナプキンを膝に広げ、並ぶカトラリーの一番外側に置かれたスープ用スプーンを持つ。
オードブルから食べるべきなのだろうけれど、温かいうちに飲みたい。
ゆっくりとスプーンを差し込み、すくう。
音をたてないようにそっとすすると、一瞬で口の中に牛蒡の香ばしい味が広がった。
「美味しい」
その後の私は、ひたすら美味しいを連呼した。
何を食べても美味しいのだから仕方がない。
「幸せそうな顔して食うな」
「だって、幸せだもの」
地産豚のローストポーク、地産牛のポワレは特に絶品。
ちょっとはしたないけど、少しずつじっくり味わって食べていると、皇丞に笑われた。
「また連れてきてやるよ」と。
「そういや、食べ始める前に何か言いかけなかったか?」
そう聞かれたのは、デザート前に少しお腹を落ち着けたいと言って、先にコーヒーを飲んでいた時。
はち切れそうなほどお腹は満たされているのに、デザートを断る気にならないのは、やはり別腹だから。
「なんだっけ?」
「あ、なんかすげー気になりだした」
そう言われても、と思いながら言いかけたことを思い出そうと考える。
「んーーー……あ、ああ!」
すぐに思い出したが、完全に話の流れが途切れた今口にするのはなんだか恥ずかしい。
「なんだ?」
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