34 / 208
4.合鍵
4
しおりを挟む「木曽根さん」
溜まった雑用をのらりくらりと片付けていたきらりが部屋を出て行くと、山倉さんが椅子を回転させて私を見た。
同時に他の面々も私を見る。
「新しい噂を知っていますか」
「いえ」
「木曽根さんが林海さんから課長を奪ったことになっています」
「……は――」
「――はぁ!?」
私より先に反応したのは、課長だった。
ガタンッと立ち上がると、つかつかと私の背後にやってくる。
「山倉、もっと詳しく!」
「え?」
「課長と林海さんはこっそり付き合っていて、それを知ってか知らずか木曽根さんが課長を誘惑し、罠にハマった課長は責任を取る形で林海さんと別れて木曽根さんと付き合い始め、恋人に裏切られた者同士で慰め合っているうちに子供ができた、ってことだそうです」
楽しそうに声高にそう言ったのは、平井さん。
「ホントーですかぁ?」
きらりを真似たように胸の前で両手を組み、語尾を伸ばす。
「冗談でも鳥肌が立つ」
「ですよね。けど、人の不幸が大好きな社員たちの間で、尾ひれ背びれ胸ひれまでくっついて広まっていますよ」
「名誉棄損で訴えるか」
「林海さんと交際していたって噂が、課長の名誉を傷つけたと認められるかは疑問ですけど」
平井さんはケラケラ笑う。
「ズタズタだろ」
課長が額に手を当てて、はぁとため息をつく。
「で? 本当のところは?」
「は?」
「今はみんな揃ってますから、はっきり当人たちの口から教えてください」
確かに、珍しく課の全員が揃っている。
隣の社内広報課の面々もこちらの様子を気にしている。
椅子を少し回して課長を見上げると、彼は彼で私を見下ろしていた。
「そうだな」
私は立ち上がり、課長の隣に並んだ。
「噂がデマなのはわかっているだろうが、木曽根の婚約解消は天谷の不貞行為が理由であり、俺と林海に交際の事実はない。婚約解消した木曽根を口説いている最中なんで、誰も邪魔をするなよ」
「課長! なんてことを――」
「――もう付き合っているんだと思ってましたけど?」と、山倉さん。
「そうそう。名前で呼んじゃったりしてましたよね」と、平井さん。
「婚約解消してまだ一週間程度だ。すでに付き合っていると言ったら、木曽根が軽い女みたいじゃないか」
「思いませんよ。天谷さんと付き合っている間、課長がしつこく食事に誘っても断ってたじゃないですか」
「しつこく……は余計だな」
課長がポツリと呟く。
「とにかく! 木曽根さんの身持ちの固さはみんな知ってますし、酷い裏切られ方をした後に課長みたいなハイスペックな男に言い寄られたら、一週間も待たずにOKしたって誰も軽蔑しませんよ」
女性陣がうんうんと頷く。
「木曽根さん。課長にうんと貢がせてやったらいいわ」
「そんな――」
「――まずは天谷さんのより大きな石の指輪ですね」
「そうだな」
課長の言葉に、きゃあっと女性陣が色めきだつ。
「そんな、指輪なんて――」
ピッと社員証をスキャンする電子音がして、みんながはっとドアを見る。
カチャと開錠されると、瞬く間に全員がデスクに向かう。
ぽつんと並んで立つ私と課長は、入って来たきらりとばっちり目が合った。
「じゃあ、梓。よろしく」
きらりへは何の反応も示さず、課長が私の肩に手を置いて言った。
「はい」
胎教に悪そうな負の感情に表情を歪ませたきらりの視線を後頭部に受けながら、私はパソコンのスリープを解いた。
10
お気に入りに追加
561
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
捨てられた花嫁はエリート御曹司の執愛に囚われる
冬野まゆ
恋愛
憧れの上司への叶わぬ恋心を封印し、お見合い相手との結婚を決意した二十七歳の奈々実。しかし、会社を辞めて新たな未来へ歩き出した途端、相手の裏切りにより婚約を破棄されてしまう。キャリアも住む場所も失い、残ったのは慰謝料の二百万だけ。ヤケになって散財を決めた奈々実の前に、忘れたはずの想い人・篤斗が現れる。溢れる想いのまま彼と甘く蕩けるような一夜を過ごすが、傷付くのを恐れた奈々実は再び想いを封印し篤斗の前から姿を消す。ところが、思いがけない強引さで彼のマンションに囚われた挙句、溺れるほどの愛情を注がれる日々が始まって!? 一夜の夢から花開く、濃密ラブ・ロマンス。
御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜
せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。
取締役社長
城之内 仁 (30)
じょうのうち じん
通称 JJ様
容姿端麗、冷静沈着、
JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。
×
城之内グループ子会社
城之内不動産 秘書課勤務
月野 真琴 (27)
つきの まこと
一年前
父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。
同じ日に事故で両親を亡くした真琴。
一年後__
ふたりの運命の歯車が動き出す。
表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる