復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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「梓?」

「え?」

 物思いに耽っていて、課長の話を聞いていなかった。

「どうした?」

「いえ」

 出社前にカフェにいると、課長がやって来た。

 ブラックコーヒーを注文し、私の隣に座った。

 カウンターチェアーに腰かけていても踵が床に着くなんて、足が長くて羨ましい。

「で? 片付けは終わったのか?」

「はい」

「まさかと思うが、荷物を返すつもりじゃないだろうな?」

「……え?」

 金曜、課長に週末の予定を聞かれ、一日は家事、一日は片付けをすると答えた。

 先週末は寝込んでいたからできなかった。

 課長は手伝いを申し出てくれたけれど、断った。

 直への気持ちを整理するためにも、一人でやりたかったから。

 おかげで、吹っ切れた気がする。

 不思議と涙が出なかったから。

 課長の前で、十分すぎるほど泣いたからだろうか。

 とにかく、直の荷物を袋に詰め、思い出の数々を箱に詰め、大掃除の如く部屋を磨いた。

 直とお揃いで使っていたカップは、二つとも箱に詰めた。一つを返すのも、一つを使い続けるのも違う気がした。

 茶碗と箸も、そうした。

 ただでさえ多くない食器が、ずいぶん少なくなった気がした。

 着替えにと置いてあったスーツ一式とスウェット上下、髭剃りや本なんかは返すつもりでまとめてある。

「荷物を交換するとか言って二人きりで会うとか、許さないぞ」

「そう言われましても……」

 課長の言う二人きりの定義が曖昧だが、まさか社内で渡すわけにもいかないだろう。

「俺が届けてやるよ」

「はい?」

「天谷への荷物。話したいこともあるし」

「……どちらもお断りします」

「なんで」

 わかりやすくムッとした表情。

「なんで、は私のセリフです。なんで課長が――」

「――皇丞おうすけ

「え?」

「お前も名前で呼べって言ったろ」

「呼べません」

「天谷のことは名前で呼ぶくせに?」

 ヤキモチと言えば可愛いものだが、課長の眼光鋭い様はそんなレベルではない。

 だからと言って、素直に彼を名前では呼べない。

「天谷くんとはそもそも同期ですし――」

「――そろそろ行くぞ。早く飲め」

 勝手な男、と思った。

 勝手にやって来て勝手に隣に座り、勝手に始めた話なのに勝手に終わらせる。

「お先にどうぞ」

 ふいっと顔を背け、わかりやすく不機嫌さを声に出すと、ふっと鼻で笑われた。

 それから、頬に落ちてきた髪を指ですくわれ、耳に掛けられる。

「お前くらいだよ。俺に、そんなツンケンすんの」

 横目でチラリと見ると、肩肘で頬杖をつく課長が、ふわりと笑って見せた。 

「やっぱり変な性癖がありそう」

「試してみる気になったか?」

「お断りです」

「梓」

 手の平にのせたままの一束の髪を軽く引っ張られ、反射的に課長を見た。

 笑顔は消え、真剣そのもの。

「妊娠してなかったこと、言うなよ」

「え?」

「まだ、安心させてやるな」

 言おうと思っていたわけではないけれど、聞かれたら答えていたと思う。

「嘘をつく必要はない。ただ、誤魔化せ」

 素直に頷いた。

 課長の言うとおりだ。

 わざわざ、私を裏切った彼の幸せ指数を上げてやる必要なんてない。
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