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3.復讐計画
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「梓」
二日経っても全く慣れない私を呼ぶ声に、素早く深呼吸をしてから顔を上げた。
狭い鉄の箱に乗り合わせた数人が一斉に私を見る。
思えば、台詞のある役を演じるのは初めてだ。
小学校の劇では、いつも音楽を担当していた。
だから、これが私の初舞台だ。
台本こそないが打ち合わせ通り、いや、打ち合わせにはなかったが、私は少しだけ彼に寄せて身体を傾かせる。
「社内では名字でお願いします。課長」
「カタイことを言うなよ」
台本も打ち合わせも必要ないであろう彼は、片方の口角を上げて身を屈め、私との距離を詰めた。
「社内恋愛は禁止じゃないぞ?」
「それでも、です」
周囲に聞こえているとわかりながら、周囲に聞こえないようにしているつもりの演技なんて、なんて白々しいのか。
チラッと横目で確認したところ、営業課の男性が一名、総務課の女性が二名、経理課の女性が一名。営業の男性はあまり噂好きなイメージはないし、経理課の女性も仕事熱心であまり特定の誰かとつるんでいるのは見たことがない。だが、総務の二人はきらりの取り巻きだ。
エレベーターを降りたら秒で彼女に伝わるだろう。
自分に恋人を奪われた哀れな女が、イケメン御曹司をゲットした、なんていう風に。
それぞれが目的の階で降りていく。
私と課長も、五階で降りた。
「おはよーございまーす」
扉が開くなり気の抜けた挨拶。
「おはようございます」と私は軽く会釈する。
「お前、大丈夫か?」
課長が眉をひそめて言った。
「はは。なんとかね」
そう言って入れ違いで箱に乗ったのは、システム部セキュリティ課の栗山課長。
顔半分が隠れるほど大きな黒縁眼鏡に、無精ひげはいつものことだが、さらに最近は前髪が伸びすぎて眼鏡半分までも覆っている。
ちゃんとセットすれば問題ないのだろうが、スーツすら着ないのだから無理な話だろう。
栗山課長は、東雲課長とは同じ中学と大学の同窓。
栗山課長は一度他社に就職したのだが、東雲課長に誘われて途中入社した。
この二人が談笑しているのは、よく見かける。
ここ、五階フロアには広報部とシステム部が入っていて、他には共有のミーティングブースがひとつ。
広報部とシステム部はエレベーターホールを挟んで左右に配置されているから、ほとんど顔は会わせないが、たまに見かけると見るからに疲れ切っている。
「木曽根さん、今度お茶しようよ」
「え?」
見ると、栗山課長がエレベーターの奥に寄りかかって、ひらひらと手を振っている。
「フリーになったんでしょ?」
他部署とあまり交流がなさそうなシステム部まで知っているとは、と返事に困っていると、身体が少し傾いた。
「情報が古いぞ」
課長が私の肩を抱き、言った。
「お前の手が早いんだろ」
扉が閉まり、言葉こそ聞こえたが、栗山課長の表情は見えなかった。
「仲がいいんですね」
「ま、な」
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