復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

文字の大きさ
上 下
26 / 208
3.復讐計画

しおりを挟む
 話しながらすっかりパンを平らげた課長が、ごみをまとめてテーブルの端に置いた。

 すでに課長のカップは空で、私の手を付けていない冷めたコーヒーを飲む。

 そういえば、課長は棚の前の方に置いてあったブルーのカップを使わなかった。クリーム色の私のカップとお揃いのものを。

 わざわざ、ブルーのカップをずらして、奥の真っ白なカップを使った。

「木曽根。一昨年の忘年会のこと、憶えてるか?」

「……はい?」

 毎年、忘年会はやる。が、年末年始の休暇に備えて忙しさが三割増しの最中《さなか》での開催なので、正直記憶には残っていない。

 みんな、久しぶりに腰を落ち着けて食事ができると喜ぶが、飲んで食べたら体力も気力も尽きて、きっちり二時間で解散なのだ。

 わたしもそうだ。

 久々のコンビニ食以外の食事で胃を満たし、程よく酔って、気づけば自宅のベッドで寝ている。



 一昨年……。



 曖昧な記憶を辿るよりも、事実を並べてみる。

「林海さんが来た年ですよね」

「そうだな」

「最初から最後まで課長の隣を離れませんでしたよね」

「そうだったな」

 事実を述べただけなのに、なぜか課長はムスッと唇を捻る。

「他になんかありましたっけ?」

「……憶えてないか」と、小さくため息をつく。

「ま、いいや」

「え、いいんですか?」

「そのうち、な」

 そう言われると気になる。

 シャツのボタンを一つ外して「酔っちゃいましたぁ」と課長にしな垂れかかる林海さんを想像し、課長の問いの答えの糸口を探す。



 あの時私は……。



 山倉さんが見かけによらず酒豪で、飲み比べみたいなことした気がする。

 考え耽っていると、ぬっと伸びてきた手に髪を一束すくい上げられた。

「木曽根」

「はい?」

 課長が少し身を乗り出すから、私と彼との距離が縮まる。

「俺のメリットは、ふたつ」

「……ふたつ?」

「ああ。まずひとつは、林海専務の失脚」

「失脚……? 私が課長と付き合うことと何の関係があるんです?」

 林海専務は昔こそ凄腕営業マンだったらしいが、今は黒光りした革張りの椅子にふんぞり返っているばかり。

 現役時代のたたき上げ精神はどこへやらで、すっかり金と権力に骨抜きだ。

 きらり絡みでは色々と黒い噂もあるけれど、会社の不利益になるようなことはしでかしていないし、なぜか次期副社長との声も上がっている。

 我が社は世襲制ではない。

 一族とあれども、それなりの業績がなければ出世はできない。表向きは。

 そして、副社長の椅子には一族以外の者が座る。

 親族内での醜い争いを避けるために、そう決められているらしい。

「専務は、わりと本気で社長の座を狙っているらしい」

「……正気ですか」

「さあな。だが、もちろん、そんなことはさせない」

「まぁ、できないでしょうね」

「それでも、俺の邪魔にはなる」

「だから、私と付き合うことにする?」

「専務のアキレス腱は娘だ。で、娘の――」

「――ああ、なるほど。私は囮ですか」

 途中で口を挟んだ私に、課長がニヤリと笑って見せる。

 私はきらりには邪魔な存在だ。

 直の気持ちに余程の自信がなければ、未練のある元カノと同じ職場だなんて、誰にとっても邪魔だ。

 きらりは私を辞めさせようとするだろう。

 父親を使ってか、取り巻きを使ってかはわからないが。

 子供染みた嫌がらせに私が屈するとは思われていないだろうから、仕掛けるなら仕事絡みだ。

 そしてそれは、課長からしたら自分の手を汚すことなく設置できる罠。

「自分の囮としての価値を知っている囮なんて、これ以上の適任はいないだろ?」

 悔しいが賢い。

「それで、専務に私を大切な女性、だなんて言い方をしたんですね」

「いや? そこは事実を述べたまでだ」

「……はい?」

「俺のメリットのふたつめは、お前だよ」

 握られたままの私の髪に、課長がそっと顔を寄せた。そして、視線だけ上げて私を見る。

「お前が欲しい」

 そう言うと、髪にキスをした。

 意味が分からない。

 なのに、鼓動が勝手に早くなる。

 不可抗力だ。

 無駄に顔のいい男が自分を見つめて「お前が欲しい」なんて言えば、大抵の女の心臓は急加速するだろう。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

捨てられた花嫁はエリート御曹司の執愛に囚われる

冬野まゆ
恋愛
憧れの上司への叶わぬ恋心を封印し、お見合い相手との結婚を決意した二十七歳の奈々実。しかし、会社を辞めて新たな未来へ歩き出した途端、相手の裏切りにより婚約を破棄されてしまう。キャリアも住む場所も失い、残ったのは慰謝料の二百万だけ。ヤケになって散財を決めた奈々実の前に、忘れたはずの想い人・篤斗が現れる。溢れる想いのまま彼と甘く蕩けるような一夜を過ごすが、傷付くのを恐れた奈々実は再び想いを封印し篤斗の前から姿を消す。ところが、思いがけない強引さで彼のマンションに囚われた挙句、溺れるほどの愛情を注がれる日々が始まって!? 一夜の夢から花開く、濃密ラブ・ロマンス。

御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜

せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。 取締役社長 城之内 仁 (30) じょうのうち じん 通称 JJ様 容姿端麗、冷静沈着、 JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。 × 城之内グループ子会社 城之内不動産 秘書課勤務 月野 真琴 (27) つきの まこと 一年前 父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。 同じ日に事故で両親を亡くした真琴。 一年後__ ふたりの運命の歯車が動き出す。 表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。

処理中です...