24 / 208
3.復讐計画
4
しおりを挟む「空けておけ、って。どこかに行く予定でした?」
お腹が温まったからか、薬が効いてきたからか、体調はだいぶ楽になった。足を伸ばし、ソファにもたれる。
「ひとりでメソメソしてるんじゃないかと思って、な」
気晴らしにでも連れ出してくれるつもりだったのだろうか。
それにしても、婚約解消した三日後に他の男と出かけるなんて、それはそれでいかがなものか。
「直の私物を片付けるつもりでした」
課長は「ああ」と呟いた。
「先にそっちだったか」
「先に、とは?」
「復讐、より」
「……さっきも言ってましたけど、復讐って?」
「……」
無言でじっと私を見たかと思えば、課長は食器を持って立ち上がった。
「コーヒー、もらうわ」
「え? あ、はい。あ、課長はご飯食べてないですよね。私はもう大丈夫なので――」
「――冷蔵庫にあったパン、適当に食っていいか?」
「いいですけど……」
初めてこの部屋に足を踏み入れて一時間弱。なぜか課長はすでに冷蔵庫の中身を把握しているだけでなく、コーヒーまで淹れている。
なんとも不思議な気分だ。
課長はモテる。
イケメンで仕事ができて御曹司。
モテるだろうにトラブルの噂がないところが、さらに好感度をアップさせているらしい。
その上、料理ができて、傷心で体調不良の部下の面倒を見てくれるだなんて、完璧じゃないだろうか。
「課長の苦手なことってなんですか?」
私に背中を向けるように立っていた課長が振り向く。
「は?」
「人には言えない性癖でもいいですよ?」
再び背を向け、冷蔵庫を開ける。
ちょうど私の位置から冷蔵庫は死角見えないが、昨日買って入れておいたパンを取り出しているようだ。
「人に言えないような性癖なら、お前にも言わないだろ」
「あるんだ」
「確かめてみるか?」
「無理です」
「即答かよ」
冷蔵庫を隠している柱から顔を出した課長の手には、パンとサンドイッチとサラダ。私が買ったものほとんどだ。
冷蔵庫に置き去りにされたのは、あんドーナツ。
私が好きだと言ったこと、覚えてくれていたのだろうか。
ガラステーブルにそれらを置いて、キッチンに戻った課長は、カップを二つ持って戻ってきた。
「あ、お前はコーヒーじゃない方が良かったか?」
「大丈夫です」
さっきまで座っていた私の斜向かいに腰を下ろすと、パンの袋をバリッと開けた。くるみパンだ。袋には二十パーセント引きのシール。
「課長と割引シールって、驚くほど似合いませんね」
「似合うとは言われたくないから、誉め言葉だと思っとくよ」
私がハハッと笑うと、課長も笑った。
「木曽根はさ――」
課長が大きな口でパンを頬張ると、三分の一ほどがなくなった。
咀嚼し、飲み込み、コーヒーを含んでもう一度飲み込む。
スーパーのくるみパンを食べても様になるから、納得いかない。
そういえば、いつもは後ろに流しているてっぺんの長い髪が、今日はうねうねして刈り上げた部分を隠している。
くせっ毛……?
Tシャツにジーンズ姿なら、三十代には見えないだろう。
「――あの二人に慰謝料払わせたらすっきりするか?」
「……どうでしょう」
すっきり、なんてしない。が、そう言ってしまうのは、悔しい。
「で、復讐だ」
「……?」
「このままじゃ、木曽根は慰謝料はもらえても、社内の噂の的のまま居心地の悪い環境で働き続けなきゃならない。あいつらは慰謝料こそ痛手だとしても、一時だろう」
「はあ……」
言われなくても、わかっている。
慰謝料を受け取ったら、転職してもいいかもしれない。そこまでしなくても、休職して林海さんが産休に入るのを待ってもいい。
私の今の状況を考えれば、課長や部長も許してくれるのではないだろうか。
10
お気に入りに追加
561
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
捨てられた花嫁はエリート御曹司の執愛に囚われる
冬野まゆ
恋愛
憧れの上司への叶わぬ恋心を封印し、お見合い相手との結婚を決意した二十七歳の奈々実。しかし、会社を辞めて新たな未来へ歩き出した途端、相手の裏切りにより婚約を破棄されてしまう。キャリアも住む場所も失い、残ったのは慰謝料の二百万だけ。ヤケになって散財を決めた奈々実の前に、忘れたはずの想い人・篤斗が現れる。溢れる想いのまま彼と甘く蕩けるような一夜を過ごすが、傷付くのを恐れた奈々実は再び想いを封印し篤斗の前から姿を消す。ところが、思いがけない強引さで彼のマンションに囚われた挙句、溺れるほどの愛情を注がれる日々が始まって!? 一夜の夢から花開く、濃密ラブ・ロマンス。
御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜
せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。
取締役社長
城之内 仁 (30)
じょうのうち じん
通称 JJ様
容姿端麗、冷静沈着、
JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。
×
城之内グループ子会社
城之内不動産 秘書課勤務
月野 真琴 (27)
つきの まこと
一年前
父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。
同じ日に事故で両親を亡くした真琴。
一年後__
ふたりの運命の歯車が動き出す。
表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる