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3.復讐計画
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しおりを挟む「そうか……」
泣いて縋るなんてできなかった。
怒って殴りかかるようなことも。
だからって、気持ちを殺して二人の幸せを願ってるなんて嘘もつけなかった。
じゃあ、どうすればよかったの……!?
「妊娠してなかったこと、黙っとけよ?」
「……え?」
布団の中で呟いた自分の声は、やけに低く感じた。
そっと、隠しきれていない頭を撫でる大きな手に、身体も思考もフリーズする。
「あいつらがしたことに比べたら、仕返しにもなんねーよ」
ゆっくりと、髪を束にして指に絡め、それからするりと課長の手が離れていく。
「なんか食いたいもん、あるか?」
「……料理できるんですか?」
「ああ、それなりに」
平然と言ってのけた上司に苛立ちを覚えたのは、私が料理を『それなり』にもできないからか。
違う。
俗にいうイケメンで長身の上に御曹司、であるにも拘らず仕事ができて、人当たりもよい。さらに家事までできるとなると、嫌みでしかない。
「ムカつく」
「はっ!?」
声にしているつもりはなかったから、聞き返されてしまったと思い、わかりやすく咳き込んで誤魔化す。
「生理痛と咳は関係ないんじゃないか?」
そう言いながらも、足音はゆっくり遠ざかる。
そこでハッとした。
ガバッと起き上がってキッチンに行くと、やはり課長が冷蔵庫を開けている。
「課長! 料理は結構ですから――」
「――木曽根」
「はい」
「この部屋、あいつもよく来たのか?」
「……?」
あいつ、が誰をさしているのか一瞬わからなかった。が、すぐに気が付いたのは、課長が手にしているのがカフェオレの缶だったから。
直が好きだから、買って入れておくことがあった。
「そりゃ……。結婚、しようと思ってたんだから……」
ダメだ、泣きそう……。
あの缶は、昨夜買ったもの。
無意識とは恐ろしい。
体調が悪くなる予感がして、簡単に食べられるものと一緒に買ってしまった。
直が、来てくれるはずないじゃない……。
でも、いつもは来てくれた。
週末は家の片づけをしたいから、なんて会うのを断っても来てくれた。
『一緒に片づけをしよう』とか『体調悪いんでしょ?』とか言って、来てくれた。
期待なんてしていない。
仮に今、来てくれても追い返す。
じゃあ、なんで買ったの。
「帰ってください」
絞りだした声はひどく力なくて、情けない。
「帰ってください……」
泣くときはひとりがいい。
間違っても、上司になんか見られたくない。
「あいつは、こんな時どうした?」
カフェオレを持ったまま、課長が冷蔵庫を閉める。
そして、持っている缶を軽く放り、同じ手で受け止める。
「お前、とりあえず泣け。んで、全部吐き出せ」
「なんっ――」
「――その後で、復讐してやれ」
「は……あ?」
「お前にはその資格がある」
復讐……?
課長が持っていた缶を置き、その手で私の頬に触れた。当然だが、冷たい。
ゆっくりと手が頬から後頭部に伸びていく。
逃げられた。
一歩後退るだけでいい。
なのに、私は動かなかった。
復讐……。
「天谷のどこがそんなに好きだった?」
後頭部の手に力がこもり、抱き寄せられた気がする。いや、課長から私を抱きしめに近づいたのかもしれない。
とにかく、私は課長の腕の中。
「泣き顔見ないでいてやるから、言えよ」
泣き顔なんて見られたくない。
けど、見られないからって泣きたくもない。
こんな時、ほろほろと涙を流して縋れたら、直は浮気なんてしなかったのだろうか。そう思ったら、無性に悔しくて、悲しくて、惨めになった。
背中に回された手の大きさと温かさに、思わず身体を預けてしまったのは、体調が悪くて気が弱くなっていたからだ。
課長のシャツの脇をきゅっと握りしめてから、理由を後付けした。
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