復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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2.噂

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「体調が良くなったから来たって」

「はぁ」

「婚約発表しに経理部に行くって」

「……はぁ?」

 散々噂を拡散しておいて、当の本人は体調不良による欠勤だった。

 それが、急に出勤してきて婚約発表とは意味不明だ。

「木曽根さん」

「はい」

「俺は噂に興味はないけど、仕事がやりにくくなるのは迷惑だから、事実を教えてもらっていいかな」

 私の方がずっと年下なのに、広報部のキャリアは私の方が先輩だからと譲らなかった敬語をやめてくれるようになったのは、半年ほど前のこと。

 それからは、時々世間話をするくらい親しくなった。

 彼に最近恋人ができたことは、きっと私しか知らない。

 こうして直接聞いてくれるということは、私の言葉を信じてくれるということだろうか。

「私の元婚約者が、今は林海さんの婚約者のようです」

「昨日までは指輪してたよね?」

「ええ」と、私は自分の左手に視線を落とした。

 昨日まで左指にはまっていた愛の証は、今は寝室のクローゼットに眠っている。

「訴えないの?」

「え?」

「婚約不履行で」

「……私が被害者だって信じてくれるんですか?」

「うん」

 山倉さんが頷くと、前髪が揺れた。

「ありがとうございます」

「いいえ」

 長い前髪のせいで表情は見えにくいけれど、口元はわずかに笑っているように見えた。

 その後、林海さんが姿を現したのは終業時間間際。

「午後一で出勤していたようだが、どこに行っていたんです?」

 不機嫌を通り越して怒りも含んだ声に、なぜか私と山倉さんが緊張し、顔を見合わせた。

 正面に座る二人も。

 だが、怒りの矛先である林海さんはまったく動じず、満面の笑顔で課長の前に立った。

「赤ちゃんができたから結婚しますって報告に言ったら、たっくさんの人たちにお祝いを言われて、役員フロアにも呼ばれちゃったりして、大変だったんですぅ」

 両手を重ねて胸に当て、腰をくねらせる。

「そう。直属の上司である私は何も聞いてないけど?」

「え~っ!? パパが話したって言ってましたけど」



 上司の前で『パパ』って……。



 正面に座る平井ひらいさんと目が合う。呆れ顔でため息をつく仕草をしていたから、私も同じようにして見せた。

 彼女は課長の同期で、広報課で唯一産休を取って復帰した女性。二歳の男の子がいるが、ご主人が在宅ワークで協力してくれるからと、残業こそしないが、フルタイムでバリバリ働いている。

「確認したいんだが」と言いながら、課長が机に肘を立て、両手を組む。

「退職日はいつ?」

「……え?」

 フロアの空気がひやりとした。

 気づけば席にいる六人全員の手が止まり、静まり返っている。

「退職しませんよ?」

 首をかしげる林海さんの後頭部を見ていたら、無性に手元の消しゴムを投げつけたくなった。

 いい大人のすることではないが、昨日と今日の彼女には我慢も限界に近い。



 いや、私にはそれくらいする権利あるんじゃ……?



 とはいえ、相手は妊婦だ。

 そう自分をなだめる。

「そう。わかった。来週からは通常通りに出勤できますか」

「赤ちゃんのご機嫌次第ですけどぉ、そのつもりです」

 来るのか、と思った。

 来ても役に立たないのだから、いっそのこと今すぐに産休に入ってほしい。

 それに、仕事抜きにも、彼女がいると私の周囲が騒がしい。

「わかった。体調が優れない時はすぐに言ってくれ。今すぐにでも産休に入りたいということであれば、いつでも許可するから」

「は~い。ありがとうございますぅ」

 課長の言葉の真意がわからないのかわからない振りをしているのかはわからないが、とにかく鋼を通り越して鉄の心を持った彼女に、その日話しかける人はいなかった。

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