復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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2.噂

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 遅ればせながら外勤から戻った人、退勤する人。

 せめてもと俯く私をよそに、課長はずいぶんと楽しそうだ。

 エレベーターが到着し、降りる人たちが目を丸くしているのもなんのそので、課長は私を鉄の箱に押し込んだ。

「明日、休んでいいですか」

「は?」

「私、二股女とか噂されるの嫌なんですけど」

「寝取られ女より、よくねーか?」

 そこで、現実に戻された。

 ほんの少し気が逸れていたが、そうだ。

 私は手癖の悪い部下に男を寝取られた馬鹿な女だ。

「どっちもよくないですよ」

「浮気男を捨てて次期社長に乗り換えたことにすりゃいい」

 私の手を握る課長の指が、ぎゅっと力を込めた。

 さすがに、気づく。

 課長は私に、いち部下以上の感情を持っている。

 それが好意なのか、哀れな女への同情なのかはわからない。

 箱は降下をやめ、さあ出て行けと言わんばかりに軽やかに扉が開いた。

 課長が一歩踏み出す。

 私は留まる。

「間違っても慰めてほしいなんて縋りませんよ」

 あわよくば、なんて下心を持たれてはたまらない。

 返答次第では彼の手の甲に思いっきり爪を立ててやるつもりで言った。

 けれど、それを見透かすように課長は屈託のない笑顔を見せた。

「残念」

 ずるい。

 気が緩む。

「車に乗るまで我慢しろ」

 唇が戦慄く。

 眉間に力が入る。

 歯を食いしばる。

 瞬きが多くなる。

 我慢しろと言われたのに、課長の車が歪んで見えた。

 色が黒だということはわかった。

 それだけ。

 私は開かれたドアの向こうに吸い込まれるように身を屈め、高級感のあるシートに背中を預けた。

 途端に瞼から涙が溢れ、頬に筋をつくる。

 完全に気が抜けて、それを拭う気力もない。

 疲れた。

 自分ではどうしようもない状況は嫌いだ。

 誰でもそうだと思う。

 けれど、私は人一倍そうだと思う。

 気が強いとか負けず嫌いとか、表現の仕方は様々だろうが、きっと私はそのどれにも当てはまるだろう。

 仕事なら、努力次第でどうにでもなる。

 たとえどうにかできなくても、努力したと納得できる。

 けれど、これはだめだ。

 なにをどう努力していいかわからない。

 そもそも、努力してもどうにもならない。

 いや、努力が足りなかった。

 後悔しても遅い。



 直が他の女なんて見向きもしないように、努力するべきだった――。



 愛されて、安心していた。

 私を甘やかしたいという直の言葉を信じ、喜び、油断していた。



 自業自得だ――――。



「木曽根」

 バタンとドアが閉まる音とともに、課長が私を呼んだ。

 みじめな顔を見られたくなくて、俯いたまま。

「自分が悪いだなんて、微塵も思うなよ」

「……っ」

「お前が悪いことなんて一つもない。たとえお前がとんでもない暴力女だったとしても、だ」

「ぼ……りょくなんて――」

 ずっと洟をすすり、俯いたままで呟いた。

「――たとえ話だ」

 それにしたってひどいと思う。

「天谷はお前を裏切った。お前は何も、悪くない」

 課長の言葉が私の中の涙の壺に落ちてきて、そのせいで涙が一気に壺から溢れ出す。

 涙が入っていたはずの壺に今あるのは、課長の言葉だけ。



『お前は何も、悪くない』



「そうですね」

「ああ」

「私は、悪くない」

「ああ」

「でも――っ」

「……?」

「私は直を愛してた」

「……そうか」

 悪いとか悪くないじゃない。

 私は確かに直を愛していた。

 だからこそ、悲しくて許せない。腹立たしくて、悔しい。



 愛してたのに――っ。



 課長はそれ以上、何も言わなかった。

 私のマンションに着くまで、何も。
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