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1.婚約解消
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「さすが、だな」
会議終了後、重役の面々の退室を見届けた私に、課長が言った。
「ありがとうございます」
「なにが?」
「は?」
「なにを褒められたと思ってる?」
「会議の――」
「――それはいつも通りだろ」
いつも通りの良い出来だったと褒められたのではないのだろうか。
じっと課長の目を見たまま考えていると、彼がふっと笑った。
「男にフラれた後でもいつも通りなのが、さすがだと言ったんだ」
「ではやはり、お礼を述べて正解ではないですか? 嬉しいかは別として」
また、余計な一言を足してしまった。
疲れている時の、悪い癖だ。
私は腰を折った。
「余計なことを言いました。すみませ――」
「――天谷にも言うのか?」
「え?」
顔を上げると、課長が人一人分の距離まで間を詰めていた。
「天谷の前でも、そうやって余計な一言を言ったりするか?」
なぜそんな質問をされているのか自体も疑問だが、私は素直に考えた。
「あまり……言わないと思いますけど」
直は、私をとことん甘やかした。
食べたいもの、行きたいところ、欲しいもの。全てにおいてまずは私の希望を聞き、時々だが私が直の希望を聞くとちゃんと答えた。
お互いに仕事のことを話しても、愚痴ではなく報告のようなもので、私が煩わしく思うようなことは言わない。
だから、喧嘩もしない。
違う。
喧嘩を『しなかった』だ。
そして、これからもすることはない。
別れ話は喧嘩じゃないわよね。
「なぁ」
一瞬だがぼうっと直との日々を思い出していた私は、すぐ間近に課長の長い睫毛があることに気づいて一歩後退った。
「何ですか?」
「なんだ」
私の顔を覗き込むように身を屈めていた課長が背を伸ばし、言った。
「泣いてるのかと思った」
「泣きませんよ」
「なんで?」
「仕事中にプライベートなことで――」
「――そんなん考えられなくなるほどのことだと思うけどな? 婚約解消って」
「……」
確かに、と思った。
すごく冷静に。
人生を揺るがす出来事だ。
その場で泣き崩れたとしても、仕方のないことだろう。
そこまででなくても、きっと仕事なんて手につかなくなるのではないか。
私、すごく薄情な女!?
「ま、いいや。で、いつ話し合うんだ?」
「え?」
「話し合うんだろ? 天谷と」
「……はい」
終業時間まで一時間。
嫌なことを思い出してしまった。
「部屋に上げるなよ」
「え?」
「なし崩し的に、最後に一回とか言われたら――」
「――ありえないですよね」
私は今、冷え切った視線を課長に向けているだろう。軽蔑を込めて。
課長はまたもふっと笑った。
「だな。木曽根の場合は、殺傷沙汰の心配をすべきだな」
「それもありません」
「ならいい。だが、閉鎖された空間に二人きりで泣き落としされたら、冷静でいられない可能性がある。半個室タイプの飲食店を勧めるな。例えば、駅前のパスタ屋とか。それも早急に。今夜にでも」
「参考にします」
本当に変なところを見られてしまったなと肩を落としながら、私はおせっかいな上司を会議室に残してデスクに戻った。
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