復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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1.婚約解消

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「意外と、は余計だ。だが、飯に付き合うくらいは株が上がったか?」

 課長は以前から、残業の後で食事に誘ってくれる。

 林海さんの仕事を肩代わりしていることへの労いなのだろうけれど、私は受けたことがない。

「課長と食事に行くのが嫌で断っていたわけではありませんよ」

「じゃあ、やっぱり天谷に――」

「――逆の立場なら、嫌だと思っただけです。お酒が入る場は完全にプライベートですから」

 今となっては、独りよがりな考えだったのだが。

「なるほど。だからランチなら躊躇なくOKだったのか」

「ランチミーティング、ですよね?」

 課長が瞬きをして、それからフンッと鼻で笑った。

「そうだな。一言でも仕事の話をしたら、ミーティングだ」

「さっきから誤解を招きかねない言い方をしますけど、今の私には冗談を笑う余裕はありませんよ」

「お前は……」

 はぁっとため息をつくと、課長が首を捻り、回した。

「ま、いいや。資料は?」

「セッティングしました」

「よし。じゃ、化粧を直してこい」

「え?」

「ひどい顔してる。お前、自分が思ってるより平気じゃないぞ」

 私は手で頬に触れる。

 テカっているのか、あんがついているのか。

「ひどいって……酷い……」

「手が震えてる」

「……」

 頬に当てた手が小刻みに震えていることに、ようやく気が付いた。

 震える手を、もう片方の震える手で押さえつけるように握る。

 何でもないように振舞っておきながら、震えが止まらないなんて情けないやら恥ずかしいやら。

 俯いて、手の震えが止まるように強く力を込めた。

「木曽根」

「……はい」

「お前は何も悪くない」

「え?」

「悪いのは全部、百パーセント、まるっと元カレだ」

『元カレ』という言葉が、矢のように心臓に突き刺さる。



 一時間前までは『婚約者』だったのに……。



 はっと小さく息を吸い、ぐっと嚙み合わせた歯を食いしばる。

 泣きたくない。

 男に振られて仕事中に泣くなんて、私のプライドが許さない。

 顔の横にだらしなく垂れ落ちたブラウンの髪を耳にかけて、顔を上げた。

「ありがとうございます。でも――」

 今度はすぅっと鼻から深く息を吸い込む。

「――まだ『元』ではありませんので」

「は?」

「化粧、直してきます」

 一礼して、会議室を出る。

 足早に自席を目指す。

 廊下に響く自分のヒール音を聞いていると、少しずつ気持ちが落ち着いていった。

 私は、振られて泣きわめいたり、健気に自分を裏切った二人の幸せを口にしたりはしない。



 冷静に、考えろ。




 机の一番下の引き出しに入っているバッグにメロンパンを入れ、代わりに化粧ポーチを取り出し、今度はトイレに向かった。

「もうっ、ほんと嫌」

 鏡の前では、同じく化粧ポーチを持った女性社員がため息をついていた。

 受付の二人。

「どうした?」

「明日には生理きそう」

「ああ」

「休みたい」

「生理休暇ほしいよねぇ」

 二人は私に気づいて、手早く化粧直しを済ませて出て行った。

 親しくもない私に話を聞かれたからか、私の顔が酷すぎて驚いたからなのかはわからない。

「ホント、ひどい顔……」

 青白い顔色に、覇気のない目、グロスの落ちた艶のない唇には噛み痕まで見える。

 直とお揃いのスクエアの腕時計で残り時間を確認し、最低限の化粧直しをして、鏡の前で背筋を伸ばした。

 すぅっと鼻から息を吸い込み、ふぅっと口から吐く。



 とにかく、今は仕事!



 直とのことも、それを東雲課長に見られたことも、仕事の後で考えることにした。

 オフホワイトのシフォンブラウスの襟を正す。襟からボタンの合わせ目にかけてネイビーのラインが入っていて、畏まり過ぎないデザインはお気に入りだ。

 マーメイドの膝丈のスカートも、パンプスもネイビー。

 脇まである髪は毛先だけふんわり揺れるパーマ。

 私は斜めに流した前髪を手櫛で整え、毛量の少ない方の髪を耳にかけた。



 よしっ!



 フンッと鼻息荒く気合を入れて、私はトイレから戦場へと出陣した。
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