復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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1.婚約解消

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 こんな短い時間で二年間の付き合いに終止符を打とうと思っていたのかはわからないが、直は気まずそうに呟いて会議室を出て行った。

 パタンとドアが閉まる音を聞いて、ふぅっと息を吐くと、顎を上げた。

 照明が眩しい。



 会議資料を置きに来ただけなのに……。



「泣くなら場所を変えろよ」

 直とは違う低い声にハッと顎を引く。

東雲しののめ課長……」

 直が出て行った扉の斜向かいにある備品室のドアが開き、私の上司である東雲課長が姿を現した。

 見た目も性格も直とはまるで正反対の課長は、恐らく身長は百八十五センチほどあり、学生時代にスポーツをしていたらしい体躯は、ジャケットを着ていてもその逞しさがわかるほど。

 硬そうな短髪は耳周りを刈り上げていて、ソフトモヒカン風だ。風、と表現するのは、チャラそうではないからだ。



 まぁ、三十四にもなってチャラそうな男を上司だなんて認めたくないし。



 その上、彼は我がトーウンコーポレーションの現社長の長男。つまり、御曹司ってやつだ。

 一重で切れ長の目は冷たそうな印象を受けるが、長い睫毛が羨ましいと女子社員が話していたのを聞いたことがある。

「言っとくけど、覗いてたわけじゃないぞ? 覗いてる奴がいたから気になっただけだ」

「え?」



 覗いてる奴?



天谷あまやがちゃんと恋人と別れるかが心配だったのかね」

「……ああ」



 そんなに信用なくて、結婚なんて大丈夫なの……?



「そんなに信用ないなんて、結婚して大丈夫なのかね」

「……ふふ」

 私が思ったことを課長が言ったから、おかしくて笑った。

 だが、課長にはそんなことがわかるはずもなく、笑った私を不思議そうに見ている。

「男の裏切りで頭がおかしくなったか?」

「まさか! 私も同じことを思ったんでおかしかっただけです」

「は?」

 課長は備品室のドアを後ろ手に閉めた。

 手にはコンビニと思しきビニール袋。おにぎりのパッケージが透けて見える。

「信用されてないのか、心配性なだけなのか。どちらにしても、うまくいくのかなと。でも、私が気にするようなことじゃないですよね」

「……だな」

「お昼ですか? すみません、場所を占領して」と、ビニール袋に視線を落として聞いた。

 課長がビニール袋を肘の高さに持ち上げる。

「ああ、いや。ここで食べようと思ったわけじゃないんだが」

 通りがかりで林海さんが中を窺っていることに気が付き、隣の会議室とも続いている備品室にいたということか。

「ほら」

 袋からパンを取り出した課長が、私に放る。

 私は胸の前に掌を上にするだけで受け取れた。

 メロンパン。

「食べ物を投げないでください」

「は? ああ、わり」

「他のパンはないんですか」

「は?」

「メロンパンて、口の周り砂糖だらけになるし、ボロボロするので食べにくいんです」

 嫌いなわけではないし、きっといつもなら素直に受け取る。

 だが、今は、今の私は、人の厚意に素直に感謝できるような心境ではない。

 だとしても、上司の厚意に文句を言うなんて、許されることではないだろう。

 社会人以前に、大人としてのモラルの問題だ。

 それに、課長には今の私の心境なんて、関係ない。

 私はメロンパンを持った両手を太腿の位置に下ろし、頭を下げた。

「すみません。私が気をつけて食べればいいだけですよね。ありがとうございます」

「……クリームパンとあんぱん、チョコパン、梅おにぎりにおかかおにぎり、どれがいい?」

「え?」

 顔を上げると、課長が袋の口を両手で広げていた。

「女が好きそうかなと思って渡しただけだ。食べやすいものを選べ」

「女が好きそうですか? メロンパン」

「あんぱんよりは? あ、チョコだったか」

「……あんぱんで」

「天邪鬼か」

「好きなんです」

「なら、いいけど」
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