地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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クッキング

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 ある日のことだった。
 殺は何故かイザナミに呼ばれて、彼女の自室に来ていた。

「何事ですか?イザナミ様」

「実は日頃お世話になっている殺殿にお礼をしたくて……。甘いものはお好きでしょう」

「ほう……、それはありがたい」

 二人は最近、一緒に居る機会が増えたので互いの好みがわかっているのである。
 殺は甘いものという言葉に既に気分を高揚させていてそわそわしていた。
 イザナミは従者を呼び何かを殺の前に運ぶ。
 その際、従者はずっと顔をひきつらせていた。

「イザナミ様、これは?」

「パウンドケーキです」

 殺は目の前の黒い禍々しい物体を二度見する。
 これがパウンドケーキ?嘘だと言ってくれと殺は密かに思った。
 だが敬愛するイザナミの前、失礼なことは出来ないと殺は考え、目の前の物体を食べようとする。
 フォークを黒い物体に刺し口へと運ぶ、すると殺はいっきに机へと顔をつけることとなった。
 あまりの不味さに気絶寸前といったところか。

「殺殿!?」

「う……ぐぁ……」

 殺はなんとか世辞の言葉を捻り出そうとする。
 だが出てくるのはかすかな悲鳴だけ、虚しいものだ。
 自身が尊敬する者の料理がまさかここまで酷いとは……殺は薄れかけの意識で冷静に現状を把握した。

「これではお茶会に持っていけない……。手作りと約束したのに……。どうしましょう……」

 この言葉に殺の薄れかけの意識がしっかりと戻っていった。
 料理下手なイザナミが、この状態で手作りお菓子を持って行ったら如何なるか。
 答えは恥をかくと共に死人が現れる。
 殺は勢いで覚醒し、イザナミの手をとった。

「特訓……しましょう!」

「え?……はい!」

 この言葉をきっかけに二人の特訓が始まったのであった。


~~~~


「えー、材料は手に入れました。今回作るのはイザナミ様が失敗したパウンドケーキです」

「はーい!」

 イザナミは殺とお料理が出来ることに心を躍らせている。
 今回作るのはパウンドケーキ、初心者でも簡単に作れるものだ。
 まあ、イザナミは失敗したが。

「では材料のグラムを……。薄力粉100グラム、ベーキングパウダー小さじ1/2、無塩バター100グラム、砂糖100グラム、卵は二個。パウンドだから全部100グラムで楽ですね、じゃあ計りま……イザナミ様ぁぁぁぁぁぁ!」

「え?」

 殺は目の前の光景に絶句する。
 なんとイザナミは全て目分量で雑に材料を投入していたのだ。
 お菓子作りは料理とは違い目分量は駄目である。
 駄目とは言わないが、イザナミの目分量は本当に大雑把で明らかにそれは100グラムを超えていた。

「目分量は駄目です!しっかり計る!」

「了解です!」

 殺は早くもこの先の出来事を何となくで予測した。
 きっとイザナミは己の常識を遥かに超えたことをしてくる。
 殺はそれを覚悟しながらお菓子作りを再開した。

「バター、卵は室温に戻しました。薄力粉とベーキングパウダーは合わせて振るってください。型にはオーブン用シートを敷いて……オーブンは170℃で余熱してください」

「わかりました!まずオーブン用シートを敷いてー、余熱もします!」

「それで良いです」

 イザナミは嬉々として型にオーブン用シートを敷いていく。
 ここまでは順調に進んでいて殺は安心していた。
 この工程には失敗する要素がないからである。
 だがイザナミは殺の安心を裏切った。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「何ですか!?ってオーブンから煙が?!」

 その数秒後にオーブンは見事な爆発音を立てて壊れる。
 その光景を見て殺は納得した。
 最初イザナミが出してきたパウンドケーキが焦げていた訳に納得した。
 彼女は重度の機械音痴でもあった。

「オーブンは直しますから……薄力粉とベーキングパウダーを振るってください」

「……はい」

 殺は器用にオーブンの調子を整えていく。
 その間イザナミは二つの粉を振るっていた。
 それも少し楽しそうに。


~~~~


「はい、オーブンは直りました。機械に関しては私が担当します。次はボウルにバターを入れクリーム状になるまで混ぜてください。
その次に砂糖を三回に分けて混ぜます。」

「はい!」

 イザナミは力を込めてバターを混ぜていく。
 バターの塊はやがてゆっくりと時間をかけてクリーム状に変化していった。
 お次は砂糖の番だ。
 殺はイザナミに次の工程を説明しようとした。
 だが、またもや目の前で起きようとしている事件に彼は驚愕を隠せなくなる。

「イザナミ様、それは何ですか?」

「え?みりんですが。甘さを足そうと思って……」

「それは和食限定ですね。没収します」

 彼女はなんとパウンドケーキにみりんを加えようとしていた。
 殺はとうとう笑いそうになる。
 ここまで常識を超えてきたらもはや笑いしか起きない。

「次はといた卵を五回に分けて、そのつどしっかり混ぜてください。その後は振るった粉を三回に分け、ゴムベラに変えて混ぜます」

「はーい!」

「イザナミ様、醤油は没収」

「え、溶き卵には醤油が……」

「没収」

 といた卵を五回に分けて混ぜる。
 混ぜる作業は彼女にとって楽しいのか鼻歌のBGMまでついてきた程だ。
 粉を三回に分けてゴムベラで混ぜる。
 さっくり混ぜるのにイザナミは苦戦するが、殺がイザナミの手をとり一緒に混ぜることで感覚を掴んだ。
 イザナミは殺に手を触れられた瞬間に顔を赤く染めあげる。
 少し心拍数を上げながらの調理は順調に進んだ。

「では次、型に生地を入れて表面を平らにします。型を少し高いところから数回落として生地の空気を抜いてくだ……イザナミ様、そんなに高く持ち上げないで良いです」

「わかりました!」

 イザナミは限界まで高く持っていたパウンドケーキの生地が入った型を下げる。
 少しの高さで良い、その言葉を信じて彼女は生地の空気を抜いていく。

「あとは真ん中に切れ目を」

「はい……!」

 イザナミは慎重に切れ目を入れていく。
 何もそこまで緊張しなくともと殺は少し微笑んでそれを見守った。

「さあ、オーブンで焼きますよ!」

「わー!」

 こうして生地はオーブンの中に入って焼かれていった。
 焼いている間に殺とイザナミは雑談を交わす。
 それも友人のように。

「イザナミ様、最近はまた明るくなりましたね」

「え……、もしかして調子に乗りすぎてますか?」

「いえ、活発という意味です。良いことですよ」

「最近は楽しいことが増えたからでしょうか?」

「ほう、気になりますね」

 二人は楽しそうに雑談を交わしていく。
 友人のようにと言ったが、実際はもう友人なのだろう。
 閻魔殿で顔を合わせれば二人はいつも和やかに会話をしていた。
 会話を重ねて時間が過ぎていく。
 オーブンから音がなった。

「焼き上がりましたね……。イザナミ様、竹串を刺して生じゃないか確認してください」

「はい!」

 イザナミはそろりと竹串を刺す。
 パウンドケーキから抜かれた竹串には生地がまとわりついていなかった。
 それは完成をあらわしていた。

「やりましたよ、殺殿!」

「ええ、完成です!試食をしてみましょうか」

 殺はパウンドケーキを綺麗に切り分ける。
 出来立てのあったかいパウンドケーキを一口ほうばればイザナミは顔を緩めた。

「美味しいです!」

「成功ですね」

 焼き立てのさっくり、ふわふわな生地がイザナミの口に入り彼女を笑顔で満たす。
 優しい甘さが殺にはちょうど良くて、彼を満足感で満たした。
 イザナミはこれで次からもパウンドケーキが作れると大層喜んでいる。
 そんな彼女を見て殺は微笑んだ。
 誰かと料理をするのも楽しいと思いながら笑った。

「殺殿……」

「ん?何ですか?イザナミ様」

 イザナミは何か緊張しているのかずっと落ち着いていない。
 まだコミュ障の彼女だ、何かを言いたいが言いにくいのだろう。
 そんなイザナミに殺はゆっくり話すようにと落ち着かせる。
 暫くして落ち着いたイザナミは言いたかった言葉を精一杯の大きな声で叫んだ。

「また、お菓子の作り方を教えてください!」

 殺はイザナミの大きな声に驚きながらも笑顔で彼女にこたえた。

「また、一緒に作りましょう」

「本当ですか?!」

「ええ、本当です」

「やったー!!!」

 二人は笑う、幸せそうに笑う。
 調理場は少し汚れたが、二人によって清掃されていった。


~~~~


 二人がパウンドケーキを作ってから数日が経った。
 殺はいつも通り人殺し課で働いていた。
 人殺し課での殺はいつも怒号をあげて仕事をしている。
 そんな中で客人が現れた。

「殺殿!」

「イザナミ様!」

 客人は勿論イザナミである。
 イザナミはゆっくりと歩き、殺の目の前に立つ。

「お茶会、成功しました!」

「それは良かった!」

 お茶会での出来事を嬉しそうに語るイザナミに殺は笑顔になる。
 良かった、この神様を幸せに出来て。
 そう考えながら。
 彼は料理も偶には良いもんだ、そう密かに思った。
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