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約束の真実

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「そろそろ大切な人と交わした約束を話す時なのではないですか?」

「ああ、そうだな」

 葛葉は訳がわからなかった。
 大切な約束とはもう父親がやぶったのではないかと。
 母親と父親の約束、いつも母親は約束を父親と交わしたと話していた。
 その約束がやぶられた筈なのに母親は最期まで笑顔だった。
 何故?葛葉は全てがわからなかった。
 だが目の前の父親、悠斗は葛葉を愛おしそうに抱き締めて真実を語りはじめることにした。

「お母さんとの約束はな、一緒に居ることではなくて暗殺者として、当主として家を守ることだったんだ」

 悠斗は更に語る。

「お母さんのことは愛していた、だからこそ大切な約束をやぶれなかった。本当は最期を看取ってやりたかった。」

 愛していた。
 その言葉が真実だと葛葉にはすぐにわかった。
 なにせ悠斗の声が、いつかの幸せな日の様に柔和になっていたからだ。
 寧ろ今まで何で気付かなかったのだろうか、母親と父親はいつも支えあって生きていたではないかと。

「だから、私を当主にしたかったのですわね。家を、掟を守る為に、約束を守る為に」

「ああ、そうだ」

 葛葉は少しだけだが考えた。暗殺者になって父親と母親の約束を守ろうかと……。
 だが悠斗は穏やかに笑う。

「お母さんとの約束はこれでは守られないな、何故ならお前のことを応援したくなってしまったから。今後の楽しそうな姿を見てみたくなってしまったからな。それにお前に無理をさせたくない。だから……」

 葛葉は真剣な眼差しで父親である悠斗を見つめる。
 悠斗は言葉に詰まりながらも最後まで言いきった。

「自由に生きろ」

 そう言いきった。
 葛葉は自由をついに手に入れたのだ。
 彼女の自由とは人殺し課で馬鹿なことをやること。
 そして皆で楽しく過ごす、それが彼女の全て。
 葛葉は歓喜の声をあげた。
 だが悠斗の顔は少し暗そうだった。

「約束、守れなかったな……」

 悠斗はそう呟く。
 だが殺は笑って言葉を放った。

「貴方が当主を続ければ問題ないではないですか。約束は家を守ることでしょう?貴方が守り続ければ約束は守られます。それに、子を縛る掟を無くしたことで奥様は幸せだと思いますよ」

「あいつが幸せ?何でだ?」

 殺は悠斗に柔らかな笑顔で答える。

「だって、子の不幸を望む親は居ませんから」

「……そうだな」

 悠斗は生きていた頃の妻を思い出す。
 彼女はいつも言っていた。『あの子たちが幸せであります様に』そう言っていた。

 何で忘れていたのだろうか?
 悠斗は葛葉に辛い思いをさせてしまったと後悔する。
 だが目の前の葛葉は父親の悠斗の手を握った。

「仲直りですわよ」

 そう泣きながら笑う葛葉は何よりも美しく勇ましい姿だった。

「仲直りだな」

 親子喧嘩はもう終い、あとに残ったものは幸せな笑顔だけであった。


~~~~


「やっとついたぜ!」

「M!無事なのか?」

「大丈夫なのか?!」

 遅れて人殺し課の三人がやって来る。
 大きな声で相変わらずの賑やかさに葛葉は笑ってしまう。

「無事ですわよ」

 そう答える彼女はいつも通りの服装と髪型に戻り、人殺し課へと帰る準備をしていた。

「もう終わりましたよ」

「殺も無事そうでなによりだ」

 陽が殺に怪我が無いか確認してから葛葉の前に立つ。
 そうして陽は葛葉に子供を諭すかの様に声をかけた。

「もう隠し事はするなよ」

「……はい!」

 もういつもと変わらない人殺し課へと雰囲気が戻っていた。
 その中で悠斗は葛葉に声をかける。

「偶には実家へ帰って来い」

「了解ですわ!」

 親子二人の空気は和やかだった。
 全てが終われば人殺し課へと帰るだけ、葛葉は少し寂しそうに帰路についた。

~~~~

 帰っている途中で人殺し課は会話をする。

「M!寂しかったら、いつでも言ってください。罵ってあげますから」

「儂も罵ってやるぞ!」

「俺も!」

「まぁ、僕も」

 葛葉は皆の気遣いに笑みを浮かべて感謝をする。

「皆様!ありがとうございます!」

 彼女は葛葉からMに戻る。
 幸せそうに罵ってもらうことを考える。
 それがMの普通、日常。
 どうか、また皆で協力して大きなことに立ち向かえる様に……。
 Mは静かにそう願った。
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