85 / 167
男となれば
しおりを挟む「本当に男になったのじゃなぁ……」
御影は殺をじろじろ見ながら呟く。
久遠の呪縛を解くために男になった殺の判断を悪くは思わない。
だが、女になりたい時期が殺にもあったことがある。
だから御影は呪いを解く手立てを考えていた分、少し複雑な気持ちだった。
「身長も高くなりやがって」
サトリが笑顔で殺に身長はいくらになったかと訊き始める。
男になったからといって彼らは何も変わらなかった。
寧ろ暖かく迎えてくれた。
「身長は185cmです」
殺は高くなった身長を自慢するかの態度で話す。
もう妖術で誤魔化さなくなった身長が殺にとっては嬉しくて仕方がない。
体も以前よりがっしりとして男と一目でわかってしまう。
「かっこいいですわ」
うっとりとした目を殺にMは向ける。
実際に殺はかっこよかった、女の時も凛々しくバレンタインには大量のチョコレートを貰っていた。
そんな殺が男になれば惚れない女など、まず居ない。
だが殺には一つ不満があった。
それは陽がかっこいいと言葉に出してくれないことだった。
何故、大好きな恋人がかっこいいと言ってくれない?それどころか目を合わせてすらくれない。
殺は陽の前に立ちはだかる。
「どうです?かっこいいでしょう」
だが陽は即座に後ろを向いて顔を合わせない。
それが殺にとってはひどく悲しいことだった。
だが殺は諦めない、再び陽の前に立ち「どうですか?」などと訊ねる。
だが陽は何も言わずに顔を手で覆っていた、その態度にMが気づき陽の耳もとに囁きかける。
「素直な気持ちを」
静かに囁いたMは満足そうに自身の仕事場である机の前に座った。
~~~~
殺は苛立っていた、Mが陽に馴れ馴れしく耳もとに囁きかけるなんてと。
それだけではない、今日は一言も言葉を交わしていない。
その事実にとても腹がたつ。
こうなれば陽に徹底的に話しかけてやろう、そう殺は決意する。
「あれ?パソコンが」
早速だが陽は困っていた。
これはチャンスだと殺は立ち上がる。
「これは、こうするのですよ」
見事に殺はパソコンの調子を整えていく。
それもこれも陽の為に、かっこいいと言われる為に。
けれども返ってきた返事はあっさりしたものだった。
「……ありがとう」
それだけ?殺は陽を思いっきり凝視する。
まさか、これだけとは……いつもなら会話はもっと続く筈なのにと殺は項垂れた。
~~~~
時計は午後の昼ご飯の時間を刻む。
この時間まで殺は陽に沢山尽くしてきた。
失くなった資料を探したり、仕事を手伝ったりなどと沢山。
どれもこれも陽と話したいと思ったからだ。
もう、かっこいいと言われなくてもいい、ただ話をしたい。
だから殺は決意を決めた。
殺は陽の腕を引き強引に人気のない場所に連れて行く。
途中に聞こえる「殺!痛い!」なんて悲鳴は無視をする。
だれも居ない場所につけば殺は陽を壁に打ちつけた。
殺の目つきは怒りと悲しみに満ち溢れていて、それはそれは悲惨だった。
陽はそんな殺の目に気づき胸を痛ます。
自分がこんな事態を引き起こしたのだと自分を責める。
「何で、私と話してくれないのですか?」
余裕のない顔が陽の顔に近づく。
今までで一番余裕がないのではないかと思う表情に陽は心臓を早く打つ。
緊張感が陽を襲っていた、だが何故話せないのかは陽自身、恥ずかしくて言えない。
だけれど言わねばならない。
陽は自分の心に決着をつけることにした。
「……お前がかっこよすぎて直視出来なかったんだ」
「はぁ?!」
陽の震える声が殺の耳にしっかり響く。
今、何て言った?かっこいい?
殺は今までの状況を理解する。
そして改めてこの恋人は可愛いと思った。
殺を見ることも話すことも出来ないほど陽は殺のことを愛おしいと想っていた。
そのことが殺にとっては嬉しくてたまらなかった。
瞬間にリップ音が陽に降り注ぐ。
それは殺が陽に口づけをした証拠だった。
陽はぷるぷる震えながら顔を赤く染める。
「朝、話せなかった分ですよ。これからは私に話しかけないなんてやめてくださいね」
男らしい低音の心地よい声がそう言った。
その心地よい声に陽は酔いしれながら呟いた。
「やっぱりお前が大好きだ」
その声はしっかりと殺に届いていた。
殺は思わず顔を背ける、赤く染まった顔などかっこよくないと思ったからだ。
だが陽は殺にこっちを向く様に求める。
「赤く染まった顔も見たい、お前の全てを知りたい」
そう言われてしまえば陽の方を向いてしまう。
まだ赤く染まった陽の顔は人形の様に可愛らしかった。
「これから毎日、一緒に居よう」
「……はい」
彼らは静かに笑う。
愛おしい者が居るとは幸せなことだ。
殺は願う、陽を幸せに出来る様にと、自分も幸せでいられる様にと。
今でも幸せなんだが。
「お二方!お昼の時間が短くなりますよ!」
Mの声が響く、それだけではない。
御影もサトリも姿を現わす。
どうやら陽を連れてきた時からあとをつけていた様だった。
殺は静かに怒りを見せる。
先ほどの笑顔はどこにいったのやら。
「貴方達……見てたのですね」
「「「見てた!」」」
元気よく答える三人に殺の鉄拳制裁がくだる。
一人にはご褒美になってしまったが、残りの二人には効いた様だ。
殴られた頭を抱えてうずくまる馬鹿を殺は怒鳴る。
容赦がないとはこのことだ。
そんないつもの日常を見て陽は笑う。
やはり日常は愛おしいと。
馬鹿を怒鳴った後はご飯を急いで食べる。
今日のご飯も美味しい、皆で食べるご飯は美味しいと陽は笑顔になる。
どうか、この笑顔が止まなくなる様に……。
陽だけではなく皆が密かにそう願った。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
女体化してしまった俺と親友の恋
無名
恋愛
斉藤玲(さいとうれい)は、ある日トイレで用を足していたら、大量の血尿を出して気絶した。すぐに病院に運ばれたところ、最近はやりの病「TS病」だと判明した。玲は、徐々に女化していくことになり、これからの人生をどう生きるか模索し始めた。そんな中、玲の親友、宮藤武尊(くどうたける)は女になっていく玲を意識し始め!?
ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる