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Mと葛葉
しおりを挟む今日は良い天気だ。
殺は何処までも続く青い空を眺めてお茶を飲む。
彼は普段は仕事漬けだが在宅の仕事のときはやるべきことを早く終わらせ自宅の縁側で日向ぼっこをするのが日常だ。
最近はその日常が薄れようとしていたが、久々に時間が余ったので今、それを実行中だ。
ゆったりと時間が流れる。
風の音が静かに絶えず、花弁を散らしている。
舞い散る花弁はひらひらと踊るかの様に遠くまで飛んでいく。
幻想的な世界とはまさにこのことか……。
すると……。
「こんにちは、殺様!」
……五月蝿い奴が来た。
そう殺は頭痛を感じるがそれを抑える。
Mが突然襲来して来たのだ。
頭痛しかない。
だがMは予想を裏切るくらい穏やかに殺の隣りに座り込む。
「こんなに穏やかな日常は初めてですわ」
「どこが穏やかですか。事件が起こりっぱなしですよ」
少し苛つきと皮肉を交えて言葉を返す。
何せ、こうでもしないと帰らないと思ったからだ。
殺は目線をMに合わせる。
その瞬間に彼は凍りついた。
彼が見たものはいつものMではなく、『葛葉』という存在だったからだ。
冷たく感情の無い瞳、口元を隠して笑う……。
ニヤついている様にも見えるがその目は笑っていない。
あまりの光景に絶句した。
これは本人なのか?
するといつから居たのか桜子が擦り寄ってくる。
桜子は殺に何かを伝えたいとでもいう様な態度を示している。
殺は黙って葛葉を見つめる。
いつものMは偽物だったのか疑問を頭の片隅に置いて。
瞬間、葛葉はいつもの表情に戻る。
そう……いつものMだ。
Mはやってしまったとでもいわんばかりに焦りを露わにする。
そんな中、殺はMのことが気になり直球で訊いてしまった。
「貴方は一体誰になっていたのですか?」
静かに時が止まる。
停止した世界に一人の女性は顔を下げて佇む。
殺はその誰かわからない女性をただ眺めるしかなかった。
「……誰でもない、私になっていたのです」
女性は呻きに近い、苦しげな声で答えた。
意味深な言葉が頭の中でぐるぐると回る。
殺は更に疑問を投げかけた。
どちらが本物かと……。
「どちらも本物ですわよ」
Mは悲しげに笑う。
どちらも本物……。
確かに、あの瞬間のMは何もおかしくなかった。
まるで本当はあちらとでも言うかの様に。
これ以上は訊いてはならないかもしれない。
だが、本能が訊きたいとうずうずしてしまう。
そう葛藤している間にMは棒キャンディを取り出す。
「美味しいですのよ」
その表情はやはり苦しみを抑えているかの様だった。
殺は差し出されたキャンディを舐める。
ピーチ味のキャンディは甘かっただろうが、殺はMのことが気になってキャンディを味わう余裕などなかった。
その間Mは美味しそうにキャンディをほうばっている。
これが私たちの知っているM……。
いつもの様子に戻って明るく話題を投下するMはやはりMであった。
Mは人差し指を口元によせて「誰にも言わないでくださいね」そう呟くと殺のお茶菓子を摘み食いする。
お茶菓子を取られたことよりMの裏の顔に圧倒され、殺は思わず黙るしかなかった。
少し緊張をしながら時々Mの表情を窺う。
当の本人は嬉しそうにお茶菓子をほうばる。
その姿が異様すぎて今にも吐きそうになってしまう。
いったい、本物はどちらか?
「どちらも本物ですわよ」
やはり衝撃の言葉だった。
なら、今まで見てきたMはもう一人の人格を持ち合わせて隠していたのか?
一人の女性は妖艶に口元を隠し、笑む。
目は細めていて笑顔に見えるが、威圧というものが隠れていない。
「人殺しには慣れてしまいましたわね」
食欲を一気に失せさせる一言に、殺はもはや吐き気を覚えていた。
殺は悪人以外は無闇に人殺しはしたくないタイプだ。
だがこのMは、『葛葉』は人殺しを積極的にしてしまう。
この本心を今まで隠していたのは褒めてやるしかない。
Mは茶菓子を食べた後、殺と一緒にいる時間が楽しいと言う。
何せ自分の中の獣が落ち着くかの様に思えるからだとか。
「殺様!今回は手ぶらでしたが次に突撃するときはちゃんと土産を持って来ますね!」
そうやってMは帰っていった。
殺は只管考えた。
どちらも本物……。
ならばどちらを取る?
人生は捨てたり拾ったりだ。
だが彼は違った。
どちらも本物なら私が受け入れる。
そう心に刻んだのだから。
だが、M……貴方は何者なんですか?
殺は考えても答えが出なかった……。
今日の茶菓子は桜餅だ。
庭が美しい輝きを放しているので、それに負けない様に可愛らしい茶菓子を選ぶ。
だけどおかしいな……、さっきまで口の中に広がっていた優しい甘みが今では何も感じずに、ただ悩みが増えただけであった。
~~~~
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てことは次は私の番ですわ。
嗚呼、嫌だ。
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~~~~
私から逃げられるとでも思っているのか?
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