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太古の記憶

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 不幸の鬼は今日も笑う。
 いつも優しい笑みを浮かべて誰かを気遣う。
 だが鬼にも笑顔がない時代があった。
 辛い時代があった。
 それらは全て今の時代に繋がること……。
 さあ、今宵の物語は一人の鬼の物語。
 全ての始まりの物語。


~~~~


 不幸の鬼は家族を裏切った。
 当時の世界は完全で完璧が求められた華々しい時代。
 太古の世界とは美しいものに包まれて不満など何一つない筈だった。
 だが鬼は不完全を求めてしまった。

「完全なんていらない。悩み、苦しみ、間違った答えをだしても、それでも生きる存在こそ私は生きていると思う」

 そう鬼は言葉を残した。
 鬼は不完全を求める、苦労して何かを成し遂げることが出来る者を求める。
 だからこそ鬼は人間を生み出した。

 鬼は人間を慈悲深く愛していた。
 人間は我が子同然の彼女はいつも人間の行く末を見守っていた。
 いつまでも見守っていけると思っていた。

 鬼は一人の少年を己の住む世界に導く。
 日本で初めての死者、後の閻魔大王を。
 閻魔大王の心の美しさ、ただそれだけに心を惹かれて彼を完全が集う世界に導いてしまった。

 導くことなら出来る、だが鬼はどこかに行くことは出来ない。
 自由が無かったのだ。
 完全な世界では息をするのも辛い気がして自由のある世界を創った。
 それは鬼の希望だったのだろう。

 鬼は毎日ずっと閻魔の相手をしていた。
 それは鬼なりの愛情表現。
 きっと幸せだった、やっと息が出来る気がして毎日が楽しかった。


~~~~


「貴方は瀟洒で美しいです。まさに完全です」

 ある日閻魔にそう言葉を貰った鬼は彼の頭を撫でると同時に逃れられない辛さに襲われた。
 所詮は自分は完全が集う世界の完璧な存在。
 その事実から逃れられない気がして鬼はまた暗い深淵に沈んでいく気がした。

 鬼は完全、完璧が憎かった。
 それがわかったのはとある日のこと。
 完璧ないつもと変わらない天気、陽の光が登った昼頃に広い庭を眺めた。
 庭では兄と子供たちが優雅に遊んでいる。
 鬼は子供たちの笑顔を見て思った。

 何で私は苦しいのに皆は笑顔なの?

 完璧に縛られて笑顔を失っていた鬼はそう考えた。
 それと同時に自分が完璧を憎んでいたと初めて理解した。
 自分は悩みたかった、苦しみたかった、間違えたかった。
 それだけじゃない、誰かに叱られたかった。
 笑顔になりたかった。
 完璧が笑顔を失う原因になるのなら不完全を望む。
 たとえそれが世界の摂理に反することになっても。

 笑顔を求めたが為に不完全を創った鬼は笑顔を手に入れた。
 大切な宝物を手に入れた気分だった。
 閻魔と初めて笑いあった日々が鬼の胸を温もりで満たす。
 こんな人生が来るなんて……幸せだった。
 だが幸せなんて長くは続かない。


~~~~

「幸……これは如何いうことだ?」

「兄様……」

 人間の存在が世界を統べる存在の兄に見つかってしまったのだ。
 鬼はひどく焦るが少しだけ期待もしていた。
 自分は悪いことをした不完全になったのではないか、もしかして叱ってくれるのではないかと。
 唯一の兄が叱ってくれるのを心待ちにした、認めてくれるのを想像した。
 だが期待は裏切られる。

「我の真似をして世界を創って失敗したのだろう?この失敗は揉み消してやる。お前も世界を創ってみたかったとは……今度、完璧な生命の創り方を教えてやるから暫くは大人しくしろ」

 全くもって兄は鬼のことを理解していなかったのだ。
 そして鬼はひどく恐れを抱いた。
 自分の大切な存在が壊されることを。

「手始にお前が連れている生物を始末してくる。お前はそこで待ってろ、夕飯までに帰ってくるから心配するな」

 兄は優しく鬼の頭を撫でる。
 閻魔が殺される、そう鬼は理解した。
 自分を初めて笑顔にしてくれた尊い存在が最初から無かったことにされてしまう。
 やっと大切なモノを得られたのに奪われてしまう。
 そんなことは絶対に嫌だった。

 だからこそ鬼は人間を選び家族を捨てた。

 いつも御守りの様に持ち歩いていた大切な桜の模様が入った小刀で兄を斬りつける。
 鬼は桜が散る光景を見て笑うしかなかった、自分の持っているものは全ては兄がくれたもの。
 それで兄を傷つけるなんて。
 兄は優しかった。
 そんな優しかった兄を殺そうとするなんて。
 それでも鬼は我が子の様な存在の人間を選んだ。
 兄よりも人間を選んだ。

 兄の怒りの声が聞こえる。
 嗚呼、やっと叱ってくれたんだと鬼は笑顔になった。
 泣きながら兄を斬りつける。
 愛しかった筈の兄を斬りつけて鬼は叫ぶ。

 兄はそれでも鬼に攻撃はしなかった。
 信じたくなかったのだろう、愛しい妹に殺され様としていることを。

 周りから泣き叫ぶ声が聞こえる。
 当たり前か、兄は皆から慕われていたのだから。
 やめたい、こんなことはやめたい。
 でも自分の世界が壊されると思うと斬り刻む手が止まらない。
 涙もずっと止まらない。

「兄様……私はね、この世界を終わらすことも出来るの」

「やめ……それだけは止めるんだ!」

「さようなら、兄様……」

 白い光が世界を包んでいく。
 鬼は兄を封印しようと、世界を封印しようと力を放つ。
 だが……。

「させるかぁぁぁぁぁぁ!!」

 鬼の足が薄れていく。
 瞬間に鬼は理解した。
 自分も封印されるのだと。

「すまない……今はお前を封印することしかできなくて……。だが待っててくれ幸、我が目覚めたら全部元通りにしてやる。お前は少しばかり間違っただけだろう?大丈夫だ、完全で完璧に戻ろう、大丈夫だ……。この世界を呪って壊してやるから……」


 兄の言葉に鬼は恐怖する。
 このまま自分の封印を解けば自分は助かるかもしれない。
 だがまた、兄を止める力は残らない。
 ならばと不幸の鬼は自嘲気味に笑った。
 世界を救う存在、英雄をこの世界に創ろうと。
 最後の力を振り絞って運命を操る鬼は最期まで笑顔を見せていた。

 不幸の鬼は笑う、私は不幸しか呼ばなくなったと。



~~~~


「閻魔君……」

 鬼は閻魔の下へ残った力を使いいく。
 もう体は少ししか残っていない。
 それでも伝えなければ。

「いずれ世界が不幸なことになります。だけれども五人の英雄が現れて貴方を救うでしょう。世界を任せましたよ」

 私は不幸の鬼、そう鬼は最期に言う。

「幸さん?」

 閻魔は誰も、何も無くなった世界で探し続けた。
 だが何も見つからない。
 時が流れるまで彼らは分からない。
 自分たちの争いの運命が。
 これは不幸か幸せの物語か?
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