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白の獣と紅の化け物

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 誰か答えを……。
 幸せになれる答えをください……。
 私は苦しそうにもがいている陽様を殺さなければならないのか……?
 私は……私は……。




 一体何をしているんだ……?





「見つけましたよ、陽を返してもらいますよ」

 広い王宮にドスの効いた声が反響し頭の中に痛いほど響き渡る。
 とうとうこの時が来た。
 久遠と殺の対峙の時が……。
 殺は静かに久遠と白蓮を睨みつけて忌々しいものを見るかのように目つきを鋭いものにする。

 殺にとってはこの二人は憎い敵である、昔はどれだけ仲が良かろうが、たとえ接点の無い全くの他人であろうが自分の仲間……大切なものを奪った犯人たちなのだ。

 自分に害する敵と認識して仕方がない。
 そんな殺の敵対心溢れる目を見て白蓮は思わず後退りをする。
 そんな彼を支えるかのように久遠は白蓮の体に手をまわす。

「久しぶりに会ったのにそんな目をすんなよ。なぁ、殺……」

 愛おし者にかけるような優しい声に殺は即座に耳を塞ぐ。
 彼はあからさまに嫌悪感を体全体を通して表現をする。
 耳を塞いだ後に、腕を交差してバッテンマークを作っているほどだ。

 よほど久遠をトラウマ、嫌悪感、自分を害する存在と判断を下しているのだ。
 それほど彼が殺の目の前で起こした事件、紅い夜が酷かったものと言わざるをえない。

「私の名前を呼ばないでください。馬鹿男が」

 殺は笑顔で辛辣に毒を吐いて久遠に向けて呪符を飛ばす。
 その呪符は明らかに殺すとまではいかないが致命傷を負わせる気が満々だ。
 久遠は笑顔のまま避ける気がないのか立ち尽くしている。

「御影兄さんの呪符を馬鹿にしているのですか?」

「いや、馬鹿にはしてないな。でもこちらには強い友達が味方についていてくれているからな」

「は?」

 その時だった。
 呪符が激しい光を放って破れてしまったのだった。
 殺は呆然とする。
 なにしろこの呪符は御影が念入りに妖力を込めて作った強力な代物なのだ。
 それがこんなにも簡単に破れるなんてあり得ない。

 光が消えていく。
 その先に見えたものは両腕を広げ妖術を用いて呪符の攻撃を防いだ男の姿があった。
 男は真剣そのものな目をしている。

「貴方は誰ですか?」

「我が名は白蓮……久遠様と運命を共にする者なり……」

「貴方……半分死んで……!よくこの攻撃を防ぎましたね。褒めて差し上げましょう」

「お褒めにあずかり光栄です……」

 殺の皮肉を白蓮は真顔で受け流す。
 正直言って今の空気は一触即発と言うものであり非常に危険だ。
 殺は本当はことを穏便に済ませたいと思っていた。

 何故なら勝手に国境を越えて争いを引き起こせば外交問題に支障がきたしてしまう。
 犯人や久遠を今すぐに殴りとばせられれば苦労はしないのだが……。
 まぁ、そんなことを考えてもつい本来は護身用の呪符を攻撃に使ってしまった。
 もう争いは避けられない……そう思っていた、だが久遠が囁く。

「この争いは国など関係ないぜ。だから好きに暴れたら?」

「……その言葉を忘れないように」

 国は関係ない。
 その言葉は今、この状況に火種をつける。
 殺はニヤリと笑みを見せれば白蓮へと一瞬で距離を詰め刀を振り下ろす。

「半分死んでいるなら少し斬っただけで戦闘不能になりますよね」

 そう微笑みを浮かべて刀を振り下ろした殺は斬りごたえがなかったことから、まだ斬り刻めていないと瞬時に判断した。
 たとえ陽のことで少し怒りが表れていても判断だけは冷静だ。

 だが敵の……白蓮の気配がない。
 そういえば彼は半分死んでいる……。
 ならば気配も気づきにくい、しかも御影の作った呪符を簡単に防げるほどの力……。
 余裕を持って倒せる相手ではないことくらいすぐに分かることだった。

「呪符については久遠様に色々教えてもらいましたから……」

「!?」

「殺ーーーー!!上だーーー!!」

 頭上に現れたのは白蓮だった。
 殺はギリギリで気づき、白蓮の激しい突きの攻撃を避ける。

「……!?」

「白蓮!!殺にお仕置きをしろ!!」

「承知しました」

 殺は死を体験する寸前の恐怖を払拭する暇もなく全方向からランダムに現れる斬撃を防がなければならない。
 なかなか姿が見えず、気配が掴めずに捌ききれない攻撃が出てくるほどだ。

「くっ……!」

「申し訳ありません。命令ですので」

 そうやって静かに攻撃をしながら言葉を発する。
 でも表情など見えない、それに興味などない。
 殺は今すべきことは陽の救出、ただそれだけと決めているのだ。
 だから早く敵を倒さねばならない。
 殺は一息ついたその瞬間に全てを見極めた。
 たった一瞬、されど一瞬……その間に攻撃を、白蓮の持っていた刃を素手で掴む。

「なっ!?」

「散々、私を斬ってくれたお礼ですよ……!」

 殺は白蓮が逃げられないように刃をがっちり掴み、そのまま白蓮に大きく深い切り傷を刻みこむ。
 彼は自分につけられた傷跡の深さに耐え切れずに一瞬だけ怯んでしまう。
 その怯みは全てを崩していく。
 半分死んでいる彼はダメージがたとえ少しだけでも体力がかなり削られてしまう。
 その僅かな崩れを殺は攻め込んでいった。

 白蓮にとって瀬戸際の戦いが繰り広げられていく。
 殺は鬼気迫る表情を浮かべながら斬撃を重ねて確実に致命傷を与えていく。
 それが白蓮にとっては辛いものにしかならない。
 久遠を憎む殺が可哀想に思えた昔……でも自分は今は久遠の友達なのだと。
 二つの考えが頭の中で交差しても答えなど出てこない。
 その時だった。

「背後がガラ空きですよ」

 後ろを振り返ってみれば真剣な表情をしていた殺が刀を構えていた。
 その瞬間に繰り出された突きは確かに白蓮に大きな致命傷をあたえるものだった。

「ぐ……あぁ!?」

 肉体が刀で突き破られる。
 血が噴き出し、止まらない。
 白蓮は苦しみ、もがいた。

「すいませんね、貴方の主を倒さしてもらいます」

 その言葉が彼を奮い立たせるきっかけだった。
 主……久遠を倒す?久遠を傷つける?
 その考えが白蓮に大いなる力を与えていた。
 地面に倒れこむ彼は静かに手を握りしめる。

「さあ、久遠。次は貴方の番ですよ」

「まだ終わってないな……」

「は?」

 誰も気づかなかった。
 殺の後ろに白い色の猛獣がいることに。
 気づいたときにはもうギリギリだった。
 白蓮は殺の背後に刃を突きつけてようとしていたのだ。

「殺様ぁぁぁぁぁぁ!!」

 Mが鞭を使い白蓮の邪魔をしようとするが鞭ごと殺を斬られてしまう。
 斬られた殺は何が起こっているか分かっていない様子だ。
 後ろを向いた殺が見たものは……

『後ろの正面はだあれ?』

 感情を無くした顔……生気が殆ど感じらない。
 それはまさしく化け物だった。

「久遠様に手出しはさせない……久遠様、久遠様、久遠様」

 彼は壊れてしまった。
 殺のことも久遠のことも考えすぎた結果は自分のキャパを越えてしまって自我が崩壊していたのだ。
 今の彼は久遠のことしか考えていない。
 久遠を大切に思いすぎるあまり自分というものを捨ててしまった悲しい存在。
 でも殺にはそれが、どうでもよく思えてしまい、ただ余計に倒さねばならない敵が増えただけであった。

「チッ!面倒くさい!」

「久遠様ぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫びながら突進をしてくる……かと思いきや。

「突進だけか……?!」

 目の前には誰も居なかった。
 ただ自分の眼前を飛んで彼は天井を壊していったのだ。
 殺は必死に天井の瓦礫を避けていく。
 それを避ける殺に白蓮は素早く斬撃を与えていく。
 殺は天井の瓦礫を避けることと、白蓮の攻撃を避けること二つが両立出来なかった。

「建物ごと壊すってありなのですかね?!」

「殺!!落ちてくる瓦礫は儂らがなんとかする!
今はその化け物に集中するのじゃ!」

「了解しました!!」

 御影たちは念や武器を使いこなして瓦礫が落ちるのを防いでいく。
 それのおかげで殺は白蓮の攻撃に集中が出来、だいぶ軽い傷で済むようになっていた。

「ゔぁぁぁぁぁぁ!!」

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 白い光と紅い闇がぶつかり合う。
 お互いの斬撃が織りなす光と闇には凶暴性が感じられ見ている者を圧倒する。
 殺が刀を振りかぶれば白蓮は妖術を拳に込めて殺を殴る。
 だが殺はそれを物ともせずにただ地面に足をつけ、踏ん張りながら斬撃を叩き込んだ。

 先に怯んだのは白蓮のほうであった。
 殺はそれを好都合と笑いながら最後の攻撃を与えようとした。
 だが……。



『貴方はこの方を何で正面から見ようとしないのですか?』

 聞きなれた穏やかな声が殺にだけ聞こえた。

『この方は貴方の心配もなさっていたのですよ?』

 殺は自分のことも心配していたのか?と疑問を膨らまし始める。
 その疑問は必ず持たなければならないような気がして。

『そうです。常に相手を見定めなさい。さすれば貴方は必要以上に人を傷つけなくて済む』

 必要以上に……。
 これは必要じゃない争い?
 殺は悩む。

『彼の心を覗いてみなさい』

 心……それはサトリみたいだ。
 殺は声の主、不幸の鬼の言う通りにしてみる。
 落ち着いて手を上へと伸ばして目を開く。
 まるで時が止まったかのような感覚が身体中を支配していく。
 その目が見た心はあまりにもごちゃ混ぜであった。


(久遠様……友達、約束、側にいなければ、永遠に一緒、守りきる、大切、……これ以上は傷つけたくない)

 見えた。
 確かに傷つけたくないと言う心の声が……束縛されて出来た鎖が。

「見えた!!そこだぁぁぁぁぁぁ!!」

「!?」

 バキィィ!

 殺が斬ったのは白蓮自身ではなく久遠の束縛が具現化した呪いだった。
 彼は切れていく鎖を呆然と眺める。
 足が時間をかけながら元に戻っていく。
 生気を取り戻していく彼は次第に理性を取り戻していった。
 そうして理解した。
 久遠との縁が切れてしまったことに。

「……!?縁が……縁が……嘘だぁぁぁぁぁぁ
?!」

 嘆きながら狂ったように泣き叫ぶ白蓮に向けて殺は手を差し伸べる。

「……私のことまで心配してくれていてありがとうございます。良ければ……私たちと共に働きませんか?」

 殺は出来る限りの笑顔で白蓮に訊ねる。
 だが白蓮はその手を拒んだ。

「私はたとえ縁が切れようが久遠様と一緒……。だから貴方たちと過ごすのは無理です」

 白蓮はゆっくりと立ち上がり久遠の元へ歩みよる。
 久遠は申し訳なさそうな顔つきで白蓮の身体を癒していく。
 その時、また久遠との鎖が繋がれていった。
 彼は振り向きざま、これでいいんだと言わんばかりの笑顔を見せた。

「久遠様……私、少し休みたいです。だから、今すぐ自室に帰りませんか?」

「……そうだな。そうしよう」

 久遠は自分の我が儘の所為で傷ついてしまった白蓮の願いを断れる筈などなかった。

「次こそは、殺を手に入れてみせる。髪が黒色に戻るそのとき……戦争を起こそう。だが……」

 ザシュッ!!

 肉が斬れる音が響いた。
 殺の腕に切り傷が刻まれる。

「くっ!!」

「それは俺様のものという証だ。じゃあな」

「絶対にすぐに治してやる!!」

 言いたいことだけ言って彼らは嵐のように去っていった。

「陽!!大丈夫でしたか!?」

「ああ、大丈夫だ……。それよりも……」

「それよりも?」

「僕の為に戦ってくれてありがとう。まさか二度も助けられるとは……」

「……」

 殺は静かに陽を抱き締める。
 陽も殺の背中に腕をまわして抱き締め返す。
 きっと陽は怖かったのだろう。
 腕が若干震えている。

「もう大丈夫ですからね、一緒に帰りましょう」

「ああ、帰ろう」

 さあ、一緒に帰ろう。
 今はみんなが揃っているんだ。
 どうせなら辛いことを仲間と共に壊していこう。
 そうしたらきっと楽しいことも待っている筈だから……。
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