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天界の煉獄の姫

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「私たちは真剣勝負でいきましょう」

 殺は姫の放つ威圧に恐れを抱いていた。
 殺気にも似たようなそれは生き物や神をも恐れさすには充分であった。
 菖蒲姫はにこりと笑う。
 笑っただけなら良い、問題はその後だ。
 姫は準備運動と言わんばかりに刀を振り回し始めたのである。
 これには流石の殺も苦笑いだ。

「危ない目にはあわせたくないのですが……」

 殺は出来るだけ事を穏便に済ませたいと思っていた。
 だが姫は殺の言葉に反応して更に殺気のようなものを研ぎ澄ます。

「危ない目にあうのは貴方ですよ。貴方には少し痛い目をみてもらいます」

 この言葉でこの後に起こるだろう惨状が避けられないと殺は知った。
 戦いは避けられない、それならば生きる為に戦うだけ。
 そう殺は決意を固める。
 菖蒲姫はそんな殺の様子を見て少し安心した。
 自分の中の殺は変わってないと。
 姫は安堵を覚え言葉を口に出す。

「終わらない戦いの中、敗者を踏んで見たのです。強く儚い、昔も今も自分が恋い焦がれ、死に物狂いで捜し求めてきた。紅く美しい一筋の光。その光が貴方だったのです。ですが今の貴方は闇だ。殺、戻りましょう。闇から光へと……」

 それが戦闘の合図だった。
 菖蒲姫は刀を前に突き出す。
 するとそこに凝縮された炎の塊が現れたのだ。
 炎はだんだん形を変えていく。
 そうして力を溜めに溜めた炎は殺へと降り注いでいった。

 殺は炎を走って避ける。
 避ければ床が燃えて真っ黒焦げになっていた。
 これは当たれば重症は免れないといったところか。

「あっはははは!殺!避けてますね!」

「狂ってる!」

 殺が叫ぶなか姫は笑う。
 炎に照らされた顔は不気味に歪み皆に恐怖を与えた。
 菖蒲姫は更に炎を出しては殺に向ける。
 それを殺は避けて速く走って姫に近づいていった。
 だが刀の先の炎は更に大きくなる。

「これは如何です!?」

 そう菖蒲姫が叫ぶと炎は道場の中に瞬く間に広がっていく。
 そして殺に向かって飛んで襲っていった。

「熱いな……」

 そう言いながら殺は刀を構えてから襲ってくる炎を冷静に斬っていった。
 炎が斬れることは精神力が強い証拠、殺は己の激動の人生に少し感謝する。

 姫は更に炎を出して殺を近づけまいとした。
 だが殺はどんどん炎を薙ぎ払って行く。
 そうして、いつの間にか菖蒲姫の目の前まで近づいていた。

「姫様!お覚悟を!」

「まだ始まったばかりですよ!」

「何っ!?」

 そう言って姫は地面を見る。
 すると地面から巨大な火柱が上がり殺を襲う。
 だが間一髪で殺は身体をそらし、炎から免れた。
 本当に一瞬の判断でこの勝負は決まるものだ。

「殺!炎を纏った刀に勝てますか?!」

 姫は刀に炎を纏わせて殺へと突き立てる。
 だがそれを殺は受け流し、姫を殴ろうとした。
 菖蒲姫の腹に殺の拳がはいる。
 姫は少し油断をしたかと悔しがる。
 悔しがりながら口から血を流した。

 斬り合いは続いていく。
 姫は刀を振り回しながら殺を女に戻したら如何しようかと考えていた。
 殺が女に戻ったらまずはお茶会をして親睦を深める。
 そして可愛い服を選んで着せよう、そう考えていた。
 まさに油断を現在進行系でしている。
 そんな姫の一瞬の隙を殺が突き、姫を弾き飛ばす。

「がっ!……くっ、これなら如何です!?」

 姫は沢山の一つ一つが小さな炎の塊を出していった。
 だが先程までとは色が違う。
 真っ黒で、近づいてもいないのに熱さが伝わっていく。
 それは先程までの炎より明らかに熱いとわかった。

 炎が殺を襲う。
 近づくだけで傷を受けるものだ。
 避けねば致命傷となるだろう。
 殺は炎を避ける、すると煉獄の炎を纏った菖蒲姫が殺のもとへと一っ飛びしてきた。
 姫は先程の仕返しと言わんばかりに殺の腹をめがけて拳をいれようとする。

 だが殺は煉獄の炎に恐れを抱くことなく菖蒲姫の拳をその手で受け止めた。

「なっ!?」

「姫様、もう貴方の負けです」

 そう言って殺は姫を壁まで投げ飛ばす。
 菖蒲姫は壁へと埋まり、血を流した。
 血を流した姫を見て殺は己の勝利を確信する。
 焼け焦げた己の手を見て終わりかと安堵した。
 だがこれだけでは終わらなかった。

「殺!!まだまだこれからですよ!」

 そう言う姫は炎で足場を作り天井近くまで飛んでいった。
 そうして炎を殺に降り注いでいく。
 まだ終わらないのかと殺は思いながら空を蹴って菖蒲姫に近づく。

 空中戦、まさにその言葉が似合うだろう。
 二人は空中で刀を交える。

「姫!負けを認めなさい!」

 そう言って殺が足蹴りで姫の攻撃を弾いた時だった。
 菖蒲姫が炎の足場で体勢を崩してしまったのである。

「姫様ぁぁぁぁぁぁ!!」

 野菊が叫んで菖蒲姫のもとへ向かおうとする。
 だがそれを御影が阻んだ。

「何を!?」

「儂らの弟を信じよ」

 野菊と御影がそのようなやりとりをしている間にも菖蒲姫は体勢を崩して頭から落下しようとしている。
 姫は突然のことに対応が出来ずにそのまま落下していった。
 菖蒲姫はこれから受けるだろう痛みに身構える。
 だが痛みなど何一つなかった。
 それに誰かに支えられている気がする。

 否、気がするではない。
 本当に支えられていた。
 それも敵であった殺に。

「何故です!?何故助けた!」

「貴方に怪我をしてもらいたくなかったからです。さあ、勝負はつきました。貴方の負けです」

 負けという言葉に姫は頭の血管を切らすことになる。
 頭に血が上り、怒りに身を任せてしまう。

「いいえ、まだ負けてません!敵を救うということは同時にその敵に殺される可能性があることを示します!すなわち私は実戦ならまだ貴方を殺せる!さあ、勝負の続きを!」

 姫は諦めなかった。
 諦めずに勝負の続きを促す。
 それが自分を傷つけていると知らずに。

「もうやめましょう、姫様。これ以上は貴方が傷つくだけだ。それに男のどこが悪いのです?」

 菖蒲姫は憎きものを想像しながら語る。

「それは女を常に見下しているからですよ。そんな奴らは害悪だ!」

 そんな姫を見て殺は少し悲しそうにする。
 この姫はいったいどれ程の人生を歩んできたのかと思いながら。

「それは一部の男性だけです。それなら女を守ろうと奮闘している男性は如何なる?」

「うぐぐ、それは……」

 姫は苦虫を噛み潰したような表情になる。
 そんな姫に向かって殺は淡々と言葉を投げかけていく。

「男とは常に馬鹿だ。ちっぽけなプライドを持って無茶をし、一日を必死に戦って泥臭く生きる。それも良いのではないですか?姫様、男を害悪と一方的に決めつけるのはもうやめましょう」

 菖蒲姫は少しだけ黙る。
 だが少しだけ泣いているのか鼻水をすする音が聞こえてくる。

「……貴方の発言を認めたら私の人生は無駄になってしまう。それだけは避けないとならない……。私の為に」

 殺は人生が無駄になると泣く姫にそんなことはないんだよという言葉をかける。

「努力はなかったことにはなりませんよ。貴方は女性の為に必死に生きた。生きた証は誰にも消せない。変えられない歴史です」

 そう穏やかに語る殺を姫は少し見つめる。
 変えられない歴史、それならば殺にも変えられない歴史があるじゃないかと菖蒲姫は一人で思った。
 生きた証を捻じ曲げることは出来ない。
 ならば認めるしかない。

「男でいて良いですよ……。私の負けです」

「姫様……!」

 変えられない歴史、生きた証。
 それは殺が男になったことも殺の歴史と証に含まれる。
 だから認めるしかなかった。

「やったな!殺!」

 殺の周りにMとサトリ、陽と御影が集まる。
 勝利を皆が喜び殺の無事を誰もが安堵していた。
 だがその時、殺はあることを話題に出す。
 この勝負を受けるきっかけとなったことを。

「そういえば……私が勝ったら天界の姫は地獄に忠誠を誓うのでしたよね?」

 その一言に姫君たちは固まる。
 口をあんぐりと開けている野菊、苦笑いの百合、挙動不審の桜と葵。
 そこで真っ先に口を開いたのは菖蒲姫だった。

「結局……それかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 この日の姫の叫び声は天界中に響き渡ったそうな……。



~~~~



「凄いよ!殺ちゃん!天界の姫たちに忠誠を誓わすなんて!」

「これ位は楽勝です」

 そう言いながら殺は閻魔からのご褒美の饅頭を一口食べる。
 閻魔はこれで天界の姫たちに振り回されなくてすむとご機嫌だ。
 いつも天界の姫の気紛れに付き合わされてきた殺たちはこれからは楽になると思っていた。
 だが現実は無情という言葉が似合う状況が起こる。

「殺!!」

「菖蒲姫様?」

 姫の代表の菖蒲姫が現れる。
 すると姫は仕事中の殺を何処かへ連れて行こうとする。

「ちょ!姫様?!」

 殺は菖蒲姫に腕を掴まれて身動きが取れずにいる。

「殺、私は貴方と友達になりたかったのです。今からでも遅くないです。遊びに行きましょう!」

「ですが仕事が!」

「あ?」

「何でもないです」

 拒否権はないといった声に負ける。
 こうして殺は厄介な友人を作ることになってしまった。
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