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一年
勉強会
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「いらっしゃい、二人とも…?」
「あ~…言いたいことはわかるけどな、とりあえず受け入れてもらってもええか?」
「すまない、大和。この部屋の前でこいつらと出会してしまってな。俺たちがこの部屋に呼ばれたって言ったら俺も俺もってうるさくてうるさくて。勉強道具が無いならダメだって言ったら、こいつだけが残った」
「あすかちゃ~ん、遊びに来たよ~」
ベルが鳴ったから玄関まで出迎えると、呼んでいたセイヤとケイタ、あと呼んでないはずの織田がそこにいた。
疑問をぶつける前にケイタが全部説明してくれたから理由はわかったけれど、何でこいつだけ残ったんだ?
勉強道具は持ってないみたいだが…。
まぁいい、とりあえず、
「遊びに来たなら帰れ。俺たちは勉強するんだ、邪魔するなよ」
帰ってもらおう。
「はぁ?俺も勉強しに来たんだよ、そもそもお前に用はないんだ」
「そうか、ここは俺の部屋でもあるからな。入れる入れないは俺の気分で決めても問題ないよな?」
「あすかちゃんの部屋でもあるんだろ!いいから中に入れろよ!」
「どうしたの、ヤマト?」
「あ、あすかちゃん!」
玄関で押し問答していると、俺がなかなか戻ってこなかったからアスカが部屋の扉を開けて顔を見せてきた。
その瞬間の織田の表情ときたら…さっきまで鬼の形相で中に押し入ろうとしていたのに、姿勢を正してアスカを見つめている。
なんだ、こいつ?
「ヤマト、どうしたの?」
「俺の目の前ですごく軽い不幸にならないかなって祈ってた」
「?」
「大和、気持ちはわかるけど落ち着け」
「せやな、とりあえずどうするん?」
「セイヤとケイタは中に入っていいよ。織田、勉強道具は?」
「そんなもの、なくても勉強くらいできる。あすかちゃんも、俺と勉強したいよね?中学生の時も毎日一緒に勉強してたでしょ?」
「ん~…どうする、ヤマト?」
織田に声をかけられて少し困惑しているアスカが俺に助けを求めてきた。
中学生のときについては今は置いておこう。
後で機会があれば織田にとことん問い詰めればいい。
そんなことより興味を持ったのが…。
「勉強道具がなくてどうやって勉強するんだ?参考書なら貸すつもりはないぞ」
「あすかちゃんの隣で同じ参考書を使うに決まってるだろ。お前じゃ話にならない、あすかちゃん、よろしく」
「そうか、悪いな織田。この部屋は四人用なんだ。帰ってくれ」
人様に迷惑をかける勉強方法は許さない。
自習は集中して取り組むべきと俺は思っている、それを妨げるつもりなら容赦はしない。
決して中学生の時の織田に嫉妬しているわけではない、断じてない。
これは俺たちの自習を守るために邪魔者を追い出してるだけだ。
「何するんだ!俺も勉強に来たんだぞ!あすかちゃんもこいつに言ってやってくれ!」
「ごめんね、織田くん。僕も勉強に集中したいからお断りするね」
「そんな…っ!わかった、勉強道具を持ってくるから!それならいいだろ!」
「何もよくないっての。この部屋は四人用だって言ったろ。それ以上は受け入れるつもりはない。勉強したけりゃ一人でしろよ。じゃないと…いつまでも俺にテストで勝てないぞ?」
「っ!あすかちゃん!待っててね!」
最後までしつこかった織田を玄関から追い出し、深いため息を吐く。
何で勉強する前からこんなに消耗してるんだ、俺。
その元凶のうちの一人に目をやると、わざとらしく視線をそらす。
まったく、セイヤたちがいなけりゃ拷問…もとい、性的嫌がらせを行うのに。
まぁ、アスカのことだから嬉々として受け入れそうな気がするけれど。
「ほら、部屋に戻るぞ。勉強しないとな」
「うん、お疲れ様。ソファの長テーブルでいいんだよね」
「あぁ、自習用の机じゃ四人は無理だろ。俺たちも自習するんだから」
部屋に戻ると、部屋を見渡しながら呆然としている二人と目が合った。
わかる、わかるよ。俺たちも初日はそうだったんだから。
「さて、気を取り直して勉強するぞ。俺たちも自習するけど、質問はしていいから。教える方も勉強になるから遠慮はするなよ?」
「サンキュー、助かるわ。全部質問したるから覚悟しといてや」
「数学は自信ないから助かるよ、二人ともよろしくお願いします」
「うん、僕も頑張るよ」
念のためにベルの音を消音にして、集中できる環境を作っておく。
集中度合いがわかりやすいよう、BGMとしてオーケストラ調の音楽も流す。
これも環境作りのためであり、玄関の扉を叩く音が万が一漏れても聞こえないようにするためではない。
あくまで集中できる環境作りのためである。
「まずは数学から始めようか。参考書はどんなものを持ってきた?」
「先生が推奨していた参考書かな。まだあまり手をつけてないからとりあえず始めてみるよ」
「俺も同じやつや。参考書とか使うたことないからケイタ任せで買ったやつしか持ってないで。あと、自習って言っても普段勉強せぇへんから効率的な方法も教えてもらえる?」
「俺がしている方法でいいなら構わないけど、効率いいかどうかはわからないぞ?………ん、ちょっと待って、電話だ」
部屋に取り付けられてる電話機にかかってくるなんて、誰だろう。
「もしもし、武蔵ですが?………あぁ、今から自習しようと音を消してまして………今ですか?………わかりました、向かいます」
「誰から?」
「寮監の先生から。ベルを鳴らしても音沙汰無かったから電話したんだって。とりあえず要件聞いてくるよ、先に自習してていいから」
「わかった、待ってるね」
三人を残して玄関へと向かい…嫌な予感がしたからドアロックをしてから扉を開けると、勢いよく扉を開けようとした奴がいた。
ドアロックしてたから少ししか開くことはなかったが、乱暴な奴だ。
犯人は今予想外の衝撃で手を痛めたらしく、大げさに床にうずくまっている。
………ざまぁ。
「何をしてるんだ、あいつは」
「さぁ?俺には何とも…とりあえずドアロック外しますね」
一度扉を閉めてからドアロックを外し改めて扉を開けると、呆れた表情の寮監の先生と手を痛めてる織田がいた。
まぁ、予想通りだ。
寮監の先生に泣きついたのは予想外だったけれど。
説明を求めるために寮監の先生を視線を送る。
「あ~…こいつがな、この部屋に忘れ物をしたらしいんだが、「ベルを鳴らしても音沙汰がない、何かあったに違いない」って俺のところに来たんだ。こいつのことだから、適当なことを言ってるのだろうと思ったんだが、念には念をってことでな」
「お疲れ様です、忘れ物云々というのは間違いなく言いがかりなので。わざわざ対応してもらってすみません」
「構わんよ、これも寮監の仕事だ。自習してるところ悪かったな。こいつはどうする?」
「追い返します」
「ちょ、ちょっと待て武蔵!俺の話をちゃんと聞け!」
聞く耳持たんよ、お前の話なんて。
まぁ、寮監の先生には申し訳ないから聞くだけ聞くけれどさ。
「ほら見ろ、筆記用具とノート!勉強道具はちゃんと持って来てるんだ!俺も自習に参加させろ!」
「論外だ、帰れ。それだけで何の勉強をするつもりなんだ、美術か?参考書の一つくらい持って来たら入れてやってもいいが…」
「参考書…そんなもの持ってない。俺には必要ないからな。中学生のときからあすかちゃんと一緒に勉強してたんだ、俺なりの勉強方法があるんだよ」
「じゃあ帰れ。集中して自習しないと身につかないんだよ。俺たちは高校生、一年とはいえ受験に備える必要があるんだ。人様に迷惑かけるつもりならこの部屋には入れるつもりはない。では先生、失礼しま…」
「織田さん!参考書持ってきました!これを使ってください!」
やっと閉め出せると思ったら、エレベーターから織田の取り巻きが参考書を掲げて降りてきた。
しかも、数学の参考書。
ちぃ、余分なことを…。
「はい、では自習を始めます。さっきも言ったけど、わからないところがあれば聞いてください」
「ヤマト、棒読みすぎるよ」
この部屋には今、すでにいた三人の他に織田も加わった五人が長机に勉強道具を置いて座っている。
俺の横にアスカ、アスカの向かいの席にセイヤ、アスカとセイヤの間にケイタ、そして俺の隣に織田が座っている。
初めは文句を言っていたが、「邪魔するなら帰れ」と本気で言うと大人しく参考書を開いていた。
散々バカにしているが、織田は学年三位の実力を持っている。
セイヤたちにとっては面白い展開ではあるが、すごく贅沢な自習時間となっているだろう。
とりあえず、アスカや織田には自由に自習をしてもらおう。
「セイヤ、ケイタ。参考書を使った効率的な自習方法についてだが…」
「大和直伝か?」
「直伝…ってわけでもないけどな。多分他にもしている人はいるだろうし。まぁいいや、数学の参考書を使う場合は…身につくまで何回も繰り返す。そんなところか」
数学は計算問題だから暗記は必要ない、そういう風に考えている人もいるだろう。
ところがどっこい、数学は暗記科目だ。
問われる内容と適した解き方を覚えれば、いくらでも応用が効く。
模試や試験でも教科書通りの問題文が出るわけがない、ただ、解き方を覚えていれば対応できる。
そのための基本となるのが参考書だ。
参考書には、都合よくまとまって問題が掲載されている。
問1から何度も何度も繰り返して解いていけば、自然と身につく…はずだ。
少なくとも俺は身についている。
「同じ問題を繰り返し…それでほんまに大丈夫なん?繰り返してたら答えも覚えるで?」
「覚えていいんだよ、答えを覚えるということは解き方も覚えるということだからな。解き方を覚えてなくても、答えを覚えていれば、『何でこの答えになったんだ?』って違う方面から問題を見ることができる。そうなれば、解き方もしっかりと身につくよ。論より証拠、やってみなよ」
「そうだな、とりあえず自習してみよう」
俺の説明を聞いた二人は、参考書の初めのページから解き始める。
アスカは俺の自習方法を初日に伝えているため、まだ授業で学んでないところを始めている…フリをして二人をじっと見つめている。
まぁ、俺もアスカも十分に自習をしているから、今日は二人の家庭教師として頑張りますか。
織田は…俺の話を聞いていたのか、一心不乱に参考書の問題を解いていっている。
腐っても学年三位、実力はしっかりと身につけているようだ。
この場はアスカに任せて、俺は…。
「………あかん、集中力が途切れてもうた」
「口に出すなよ、心の中で呟いてくれ」
「せやかて、集中ができんくなったんやもん。仕方ないやん」
「二人ともうるさいぞ…あすかちゃん、ここを教えてもらえるかな?」
「んん?織田くん、そこは解けるよね?前の問題が解けてるから、同じようにすればいいよ?」
「いやいや、俺にはここが限界みたいなんだ。と、隣に行っても…」
「ダメだ、席移動は禁止。そう言っただろう。ケイタも、そこまでにして一旦休憩にしよう。集中できないまま勉強しても身に付かないよ」
昼前になったところで皆の集中力が続かなくなったところで、台所で調理していた昼ごはん、俺流ハンバーグ定食が完成したのでお盆に乗せて四人の前に置いていく。
ご飯と沢庵、ハンバーグにほうれん草のお浸し、味噌汁といった、少し手を抜いた定食だ。
ハンバーグは冷凍していたものをレンジで解凍したやつだ。
…だって、ハンバーグを焼いたら皆の集中力がすぐに途切れると思ったんだもん。
「お前の手作りかよ、どうせならあすかちゃんの手作りを食べてみたいなぁ」
「織田…お前勇者だな。アスカ、織田が食べてくれると言ってるから作っていいぞ。何を作るかは任せる」
「え?いいの?本当に?ヤマトも食べる?」
「いや、俺はハンバーグを食べる。織田の分だけでいいぞ」
「うん、わかった。また今度ヤマトも食べてね?」
そう言うとアスカは嬉しそうに台所へと向かった。
以前一度だけ料理を作ってもらったことがあるが、それ以降何を言われても台所に立たせることはなかったので、久しぶりに料理ができるから喜んでいるのだろう。
俺とアスカのやりとりを見ていた三人が、何かを言いたそうに俺を見ているが…あえて何も言わないでおこう。
犠牲となるのは織田だけで十分だ。
数分後、本当に数分後。
十分も経ってないが、アスカが一品だけ作ったものを持ってきた。
見た目は豚バラ肉の野菜炒めだ。
漫画でよくある黒焦げの物体Xや真っ赤で火を噴くような辛い物体Xではなく、普通の野菜炒め。
俺とのやりとりから上記のものを想像していた三人は安堵のため息を吐いているが、そうは問屋が卸さない。
「ありがとうあすかちゃん、俺のために作ってくれて…すごく美味しそうだよ!」
「僕も久しぶりに料理ができて嬉しかったよ、ヤマトってば僕に作らせてくれないんだもん」
「酷いやつだな武蔵は。俺だったら毎日あすかちゃんにご飯を作って欲しいくらいだよ。あすかちゃんの愛情がこもった料理を毎日食べられるのなら、俺は何だってできるよ!」
心の中で、織田に手を合わせておく。
無事に済みますように…。
「じゃあ…いただきまーす!……んん、美味しい…よ、あすかちゃん。この野菜炒め…うん、美味しい…」
「良かった、僕の野菜の甘煮、そんなに気に入ってくれたなんて」
「あ、甘煮…?うん、美味しいよ…おかわりが欲しいくらい………うん…」
「おかわりならあるよ!ヤマトたちもどう?」
「悪いなアスカ、俺は満腹なんだ。ケイタたちなら…」
「ごめん、飛鳥さん。俺もお腹いっぱいなんだよ」
「俺もや、気持ちだけ受け取っとくわ」
野菜の甘煮…か。
今回はまだまともな方かな、塩胡椒の代わりに砂糖を満遍なくまぶしたところか。
それだけじゃないな…蜂蜜の香りが微かにするから、水に混ぜたものを使ったのだろう。
甘煮ってことは煮詰めたってことだ。
しかも数分間だけ。
………織田、あとで塩せんべいを用意しておくから、今は頑張ってくれ。
さっき「俺の目の前ですごく軽い不幸にならないかな」なんて言ってすまなかった。
おかわりだけは阻止してやるから、生きろ、織田。
何とか無事に完食した織田が復活するまで一時間ほどかかり、俺たちは再度自習を始めることにした。
………完食した織田の男気に免じて、俺とアスカの席を交換しているが、今日だけだ。
昼からは30分自習して気分転換に漫画読んだり雑談したり、自由に過ごしてからまた30分自習して気分転換して…と俺流の勉強方法をしてもらった。
勉強の合間に遊ぶのはどうか、と心配されたのだが、長時間集中できない俺としては気分転換を挟まないとやってられないだけであり、アスカみたいに集中し続けることができるのならできるところまでやればいいと思っている。
セイヤは俺と同じタイプらしく、集中力が続かないため、今後はこの勉強方法を取り入れていくらしい。
ケイタと織田はアスカタイプなので、勉強している三人をよそに、俺とセイヤがゲームをしようとしたところ、アスカに怒られた。
さすがにそれはダメだ、とのことだった。
それもそうか、仕方ない。
この日は日が沈むまで五人で自習をしてから、三人は自分の部屋へと帰っていった。
「お疲れ様、ヤマト………何してるの?」
「ん?織田が何度もトイレに行ってたのが気になってな。ところどころ物の配置が変わってるから…あった、監視カメラ。それに盗聴器かな、これは」
三人を見送ってからトイレや風呂場、玄関など、微妙に配置がずれてるところをよくよく調べてみると、わかりやすいように隠しカメラや盗聴器が設置されていた。
これはもしかすると囮か?と疑ってみたが、わかりやすいところ以外には設置されてなかったので、単に織田が馬鹿だった、という結論に至った。
これは…表沙汰にすればすごくめんどくさい気がするなぁ…。
気づかなかったことにしておこう、アスカにも何も知らなかったということにしてもらおう。
監視カメラ?翌日リサイクルショップに売りに行きましたが、何か?
「あ~…言いたいことはわかるけどな、とりあえず受け入れてもらってもええか?」
「すまない、大和。この部屋の前でこいつらと出会してしまってな。俺たちがこの部屋に呼ばれたって言ったら俺も俺もってうるさくてうるさくて。勉強道具が無いならダメだって言ったら、こいつだけが残った」
「あすかちゃ~ん、遊びに来たよ~」
ベルが鳴ったから玄関まで出迎えると、呼んでいたセイヤとケイタ、あと呼んでないはずの織田がそこにいた。
疑問をぶつける前にケイタが全部説明してくれたから理由はわかったけれど、何でこいつだけ残ったんだ?
勉強道具は持ってないみたいだが…。
まぁいい、とりあえず、
「遊びに来たなら帰れ。俺たちは勉強するんだ、邪魔するなよ」
帰ってもらおう。
「はぁ?俺も勉強しに来たんだよ、そもそもお前に用はないんだ」
「そうか、ここは俺の部屋でもあるからな。入れる入れないは俺の気分で決めても問題ないよな?」
「あすかちゃんの部屋でもあるんだろ!いいから中に入れろよ!」
「どうしたの、ヤマト?」
「あ、あすかちゃん!」
玄関で押し問答していると、俺がなかなか戻ってこなかったからアスカが部屋の扉を開けて顔を見せてきた。
その瞬間の織田の表情ときたら…さっきまで鬼の形相で中に押し入ろうとしていたのに、姿勢を正してアスカを見つめている。
なんだ、こいつ?
「ヤマト、どうしたの?」
「俺の目の前ですごく軽い不幸にならないかなって祈ってた」
「?」
「大和、気持ちはわかるけど落ち着け」
「せやな、とりあえずどうするん?」
「セイヤとケイタは中に入っていいよ。織田、勉強道具は?」
「そんなもの、なくても勉強くらいできる。あすかちゃんも、俺と勉強したいよね?中学生の時も毎日一緒に勉強してたでしょ?」
「ん~…どうする、ヤマト?」
織田に声をかけられて少し困惑しているアスカが俺に助けを求めてきた。
中学生のときについては今は置いておこう。
後で機会があれば織田にとことん問い詰めればいい。
そんなことより興味を持ったのが…。
「勉強道具がなくてどうやって勉強するんだ?参考書なら貸すつもりはないぞ」
「あすかちゃんの隣で同じ参考書を使うに決まってるだろ。お前じゃ話にならない、あすかちゃん、よろしく」
「そうか、悪いな織田。この部屋は四人用なんだ。帰ってくれ」
人様に迷惑をかける勉強方法は許さない。
自習は集中して取り組むべきと俺は思っている、それを妨げるつもりなら容赦はしない。
決して中学生の時の織田に嫉妬しているわけではない、断じてない。
これは俺たちの自習を守るために邪魔者を追い出してるだけだ。
「何するんだ!俺も勉強に来たんだぞ!あすかちゃんもこいつに言ってやってくれ!」
「ごめんね、織田くん。僕も勉強に集中したいからお断りするね」
「そんな…っ!わかった、勉強道具を持ってくるから!それならいいだろ!」
「何もよくないっての。この部屋は四人用だって言ったろ。それ以上は受け入れるつもりはない。勉強したけりゃ一人でしろよ。じゃないと…いつまでも俺にテストで勝てないぞ?」
「っ!あすかちゃん!待っててね!」
最後までしつこかった織田を玄関から追い出し、深いため息を吐く。
何で勉強する前からこんなに消耗してるんだ、俺。
その元凶のうちの一人に目をやると、わざとらしく視線をそらす。
まったく、セイヤたちがいなけりゃ拷問…もとい、性的嫌がらせを行うのに。
まぁ、アスカのことだから嬉々として受け入れそうな気がするけれど。
「ほら、部屋に戻るぞ。勉強しないとな」
「うん、お疲れ様。ソファの長テーブルでいいんだよね」
「あぁ、自習用の机じゃ四人は無理だろ。俺たちも自習するんだから」
部屋に戻ると、部屋を見渡しながら呆然としている二人と目が合った。
わかる、わかるよ。俺たちも初日はそうだったんだから。
「さて、気を取り直して勉強するぞ。俺たちも自習するけど、質問はしていいから。教える方も勉強になるから遠慮はするなよ?」
「サンキュー、助かるわ。全部質問したるから覚悟しといてや」
「数学は自信ないから助かるよ、二人ともよろしくお願いします」
「うん、僕も頑張るよ」
念のためにベルの音を消音にして、集中できる環境を作っておく。
集中度合いがわかりやすいよう、BGMとしてオーケストラ調の音楽も流す。
これも環境作りのためであり、玄関の扉を叩く音が万が一漏れても聞こえないようにするためではない。
あくまで集中できる環境作りのためである。
「まずは数学から始めようか。参考書はどんなものを持ってきた?」
「先生が推奨していた参考書かな。まだあまり手をつけてないからとりあえず始めてみるよ」
「俺も同じやつや。参考書とか使うたことないからケイタ任せで買ったやつしか持ってないで。あと、自習って言っても普段勉強せぇへんから効率的な方法も教えてもらえる?」
「俺がしている方法でいいなら構わないけど、効率いいかどうかはわからないぞ?………ん、ちょっと待って、電話だ」
部屋に取り付けられてる電話機にかかってくるなんて、誰だろう。
「もしもし、武蔵ですが?………あぁ、今から自習しようと音を消してまして………今ですか?………わかりました、向かいます」
「誰から?」
「寮監の先生から。ベルを鳴らしても音沙汰無かったから電話したんだって。とりあえず要件聞いてくるよ、先に自習してていいから」
「わかった、待ってるね」
三人を残して玄関へと向かい…嫌な予感がしたからドアロックをしてから扉を開けると、勢いよく扉を開けようとした奴がいた。
ドアロックしてたから少ししか開くことはなかったが、乱暴な奴だ。
犯人は今予想外の衝撃で手を痛めたらしく、大げさに床にうずくまっている。
………ざまぁ。
「何をしてるんだ、あいつは」
「さぁ?俺には何とも…とりあえずドアロック外しますね」
一度扉を閉めてからドアロックを外し改めて扉を開けると、呆れた表情の寮監の先生と手を痛めてる織田がいた。
まぁ、予想通りだ。
寮監の先生に泣きついたのは予想外だったけれど。
説明を求めるために寮監の先生を視線を送る。
「あ~…こいつがな、この部屋に忘れ物をしたらしいんだが、「ベルを鳴らしても音沙汰がない、何かあったに違いない」って俺のところに来たんだ。こいつのことだから、適当なことを言ってるのだろうと思ったんだが、念には念をってことでな」
「お疲れ様です、忘れ物云々というのは間違いなく言いがかりなので。わざわざ対応してもらってすみません」
「構わんよ、これも寮監の仕事だ。自習してるところ悪かったな。こいつはどうする?」
「追い返します」
「ちょ、ちょっと待て武蔵!俺の話をちゃんと聞け!」
聞く耳持たんよ、お前の話なんて。
まぁ、寮監の先生には申し訳ないから聞くだけ聞くけれどさ。
「ほら見ろ、筆記用具とノート!勉強道具はちゃんと持って来てるんだ!俺も自習に参加させろ!」
「論外だ、帰れ。それだけで何の勉強をするつもりなんだ、美術か?参考書の一つくらい持って来たら入れてやってもいいが…」
「参考書…そんなもの持ってない。俺には必要ないからな。中学生のときからあすかちゃんと一緒に勉強してたんだ、俺なりの勉強方法があるんだよ」
「じゃあ帰れ。集中して自習しないと身につかないんだよ。俺たちは高校生、一年とはいえ受験に備える必要があるんだ。人様に迷惑かけるつもりならこの部屋には入れるつもりはない。では先生、失礼しま…」
「織田さん!参考書持ってきました!これを使ってください!」
やっと閉め出せると思ったら、エレベーターから織田の取り巻きが参考書を掲げて降りてきた。
しかも、数学の参考書。
ちぃ、余分なことを…。
「はい、では自習を始めます。さっきも言ったけど、わからないところがあれば聞いてください」
「ヤマト、棒読みすぎるよ」
この部屋には今、すでにいた三人の他に織田も加わった五人が長机に勉強道具を置いて座っている。
俺の横にアスカ、アスカの向かいの席にセイヤ、アスカとセイヤの間にケイタ、そして俺の隣に織田が座っている。
初めは文句を言っていたが、「邪魔するなら帰れ」と本気で言うと大人しく参考書を開いていた。
散々バカにしているが、織田は学年三位の実力を持っている。
セイヤたちにとっては面白い展開ではあるが、すごく贅沢な自習時間となっているだろう。
とりあえず、アスカや織田には自由に自習をしてもらおう。
「セイヤ、ケイタ。参考書を使った効率的な自習方法についてだが…」
「大和直伝か?」
「直伝…ってわけでもないけどな。多分他にもしている人はいるだろうし。まぁいいや、数学の参考書を使う場合は…身につくまで何回も繰り返す。そんなところか」
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ところがどっこい、数学は暗記科目だ。
問われる内容と適した解き方を覚えれば、いくらでも応用が効く。
模試や試験でも教科書通りの問題文が出るわけがない、ただ、解き方を覚えていれば対応できる。
そのための基本となるのが参考書だ。
参考書には、都合よくまとまって問題が掲載されている。
問1から何度も何度も繰り返して解いていけば、自然と身につく…はずだ。
少なくとも俺は身についている。
「同じ問題を繰り返し…それでほんまに大丈夫なん?繰り返してたら答えも覚えるで?」
「覚えていいんだよ、答えを覚えるということは解き方も覚えるということだからな。解き方を覚えてなくても、答えを覚えていれば、『何でこの答えになったんだ?』って違う方面から問題を見ることができる。そうなれば、解き方もしっかりと身につくよ。論より証拠、やってみなよ」
「そうだな、とりあえず自習してみよう」
俺の説明を聞いた二人は、参考書の初めのページから解き始める。
アスカは俺の自習方法を初日に伝えているため、まだ授業で学んでないところを始めている…フリをして二人をじっと見つめている。
まぁ、俺もアスカも十分に自習をしているから、今日は二人の家庭教師として頑張りますか。
織田は…俺の話を聞いていたのか、一心不乱に参考書の問題を解いていっている。
腐っても学年三位、実力はしっかりと身につけているようだ。
この場はアスカに任せて、俺は…。
「………あかん、集中力が途切れてもうた」
「口に出すなよ、心の中で呟いてくれ」
「せやかて、集中ができんくなったんやもん。仕方ないやん」
「二人ともうるさいぞ…あすかちゃん、ここを教えてもらえるかな?」
「んん?織田くん、そこは解けるよね?前の問題が解けてるから、同じようにすればいいよ?」
「いやいや、俺にはここが限界みたいなんだ。と、隣に行っても…」
「ダメだ、席移動は禁止。そう言っただろう。ケイタも、そこまでにして一旦休憩にしよう。集中できないまま勉強しても身に付かないよ」
昼前になったところで皆の集中力が続かなくなったところで、台所で調理していた昼ごはん、俺流ハンバーグ定食が完成したのでお盆に乗せて四人の前に置いていく。
ご飯と沢庵、ハンバーグにほうれん草のお浸し、味噌汁といった、少し手を抜いた定食だ。
ハンバーグは冷凍していたものをレンジで解凍したやつだ。
…だって、ハンバーグを焼いたら皆の集中力がすぐに途切れると思ったんだもん。
「お前の手作りかよ、どうせならあすかちゃんの手作りを食べてみたいなぁ」
「織田…お前勇者だな。アスカ、織田が食べてくれると言ってるから作っていいぞ。何を作るかは任せる」
「え?いいの?本当に?ヤマトも食べる?」
「いや、俺はハンバーグを食べる。織田の分だけでいいぞ」
「うん、わかった。また今度ヤマトも食べてね?」
そう言うとアスカは嬉しそうに台所へと向かった。
以前一度だけ料理を作ってもらったことがあるが、それ以降何を言われても台所に立たせることはなかったので、久しぶりに料理ができるから喜んでいるのだろう。
俺とアスカのやりとりを見ていた三人が、何かを言いたそうに俺を見ているが…あえて何も言わないでおこう。
犠牲となるのは織田だけで十分だ。
数分後、本当に数分後。
十分も経ってないが、アスカが一品だけ作ったものを持ってきた。
見た目は豚バラ肉の野菜炒めだ。
漫画でよくある黒焦げの物体Xや真っ赤で火を噴くような辛い物体Xではなく、普通の野菜炒め。
俺とのやりとりから上記のものを想像していた三人は安堵のため息を吐いているが、そうは問屋が卸さない。
「ありがとうあすかちゃん、俺のために作ってくれて…すごく美味しそうだよ!」
「僕も久しぶりに料理ができて嬉しかったよ、ヤマトってば僕に作らせてくれないんだもん」
「酷いやつだな武蔵は。俺だったら毎日あすかちゃんにご飯を作って欲しいくらいだよ。あすかちゃんの愛情がこもった料理を毎日食べられるのなら、俺は何だってできるよ!」
心の中で、織田に手を合わせておく。
無事に済みますように…。
「じゃあ…いただきまーす!……んん、美味しい…よ、あすかちゃん。この野菜炒め…うん、美味しい…」
「良かった、僕の野菜の甘煮、そんなに気に入ってくれたなんて」
「あ、甘煮…?うん、美味しいよ…おかわりが欲しいくらい………うん…」
「おかわりならあるよ!ヤマトたちもどう?」
「悪いなアスカ、俺は満腹なんだ。ケイタたちなら…」
「ごめん、飛鳥さん。俺もお腹いっぱいなんだよ」
「俺もや、気持ちだけ受け取っとくわ」
野菜の甘煮…か。
今回はまだまともな方かな、塩胡椒の代わりに砂糖を満遍なくまぶしたところか。
それだけじゃないな…蜂蜜の香りが微かにするから、水に混ぜたものを使ったのだろう。
甘煮ってことは煮詰めたってことだ。
しかも数分間だけ。
………織田、あとで塩せんべいを用意しておくから、今は頑張ってくれ。
さっき「俺の目の前ですごく軽い不幸にならないかな」なんて言ってすまなかった。
おかわりだけは阻止してやるから、生きろ、織田。
何とか無事に完食した織田が復活するまで一時間ほどかかり、俺たちは再度自習を始めることにした。
………完食した織田の男気に免じて、俺とアスカの席を交換しているが、今日だけだ。
昼からは30分自習して気分転換に漫画読んだり雑談したり、自由に過ごしてからまた30分自習して気分転換して…と俺流の勉強方法をしてもらった。
勉強の合間に遊ぶのはどうか、と心配されたのだが、長時間集中できない俺としては気分転換を挟まないとやってられないだけであり、アスカみたいに集中し続けることができるのならできるところまでやればいいと思っている。
セイヤは俺と同じタイプらしく、集中力が続かないため、今後はこの勉強方法を取り入れていくらしい。
ケイタと織田はアスカタイプなので、勉強している三人をよそに、俺とセイヤがゲームをしようとしたところ、アスカに怒られた。
さすがにそれはダメだ、とのことだった。
それもそうか、仕方ない。
この日は日が沈むまで五人で自習をしてから、三人は自分の部屋へと帰っていった。
「お疲れ様、ヤマト………何してるの?」
「ん?織田が何度もトイレに行ってたのが気になってな。ところどころ物の配置が変わってるから…あった、監視カメラ。それに盗聴器かな、これは」
三人を見送ってからトイレや風呂場、玄関など、微妙に配置がずれてるところをよくよく調べてみると、わかりやすいように隠しカメラや盗聴器が設置されていた。
これはもしかすると囮か?と疑ってみたが、わかりやすいところ以外には設置されてなかったので、単に織田が馬鹿だった、という結論に至った。
これは…表沙汰にすればすごくめんどくさい気がするなぁ…。
気づかなかったことにしておこう、アスカにも何も知らなかったということにしてもらおう。
監視カメラ?翌日リサイクルショップに売りに行きましたが、何か?
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※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。
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しかしまだ問題が残っていた。
その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。
果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか?
また、恋の行方は如何に。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

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