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春爛漫
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あれから――。
秋は終わり、冬が過ぎ、季節は春を迎えていた。
私、平尾沙貴恵は、まだあのコンビニで働いている。
秋の終わり、店長さんに辞めなくてよくなったと伝えたら、思いの外喜んでもらえた。
ほっとした表情の店長さんを見て、胸が痛んだ。
自分勝手の偽りで、余計な心配をかけてしまった申し訳なさが、働く意欲を強くしたのは本当。
畑中くんも、まだここで働いている。
シフトも変わらないまま。
私たちの爛れた関係も続いてる。
ふたりきりの際、お客が退けている時にレジで並んでいれば、そっと手を出してくるのは日常。
以前のように手を握るなんてかわいい真似ではなく、私のお尻を撫で揉みしだいてくる。
時にはスラックスの中に手を差し込んでくることも。
棚の補充で背を向けていたら、後ろから抱きつかれたときなど、外から見られるんじゃないかと、冷や冷やしたこともあった。
店内カメラだってあるのに、まったく。
もちろん、そんなことをした後はきっちりと叱っている。
……私も彼も、この際どい関係を愉しんでいるも確か。
外で会うのは月に一、二度。
少ないから、その時はとても燃える。
畑中くんの若さについていくのは大変で、自分の年齢を実感することも。
けれど私は、彼の望むことのすべてを受けいれている。
夫が求めても許さなかった後ろでの行為も、畑中くんになら喜んで。
彼から向けられる情欲、求められているという気持ちが、自分が女だという悦びを与えてくれるから。
今はそれが、なによりも嬉しい。
この関係が、いつまでも続くなんて思ってはいない。
所詮は許されない火遊び。
いつかきっと、畑中くんは私の元から去って行くだろう。
彼をずっと引き留めておけるだけの魅力が自分にあるとか、そこまでの自惚れはない。
私よりもずっと若い、彼に相応しい娘が現れるはず。
捨てられるのか、身を退くのか、どちらになるかはわからないけれど、その時は必ず来る。
別れの時が来ても、畑中くんを恨んだりはしないことはハッキリ言える。
むしろ感謝の気持ちしかない。
私の中で消えかかっていた "女" の存在を認めてくれたのは、彼だから。
いつか来るだろうその日を、笑って迎えたいと思う。
それまでは、たくさん楽しもう。
夫と涼香の仲も変わらない。
週末にそれぞれが出かける日は、外で睦みあっているのは間違いないだろう。
私が出かけた日には、悟志がいなければ家の中で励んでいる様子。
最近は後始末が雑になったのか、いたした後の残滓を家の中のあちこちで見つけられた。
あれでバレていないと思っているのなら、私も見くびられたものね。
私に向ける涼香の目に、わずかな憐憫が見え隠れすることがある。
夫を奪われたことに気付いていない妻への憐れみ、それと、娘としての母親へ対する、申し訳なさなのかもしれない。
けれどそんなものを向けられたところで、父娘で交わる禁忌が許される訳ではないが。
――ま、人の道を踏み外しているのは、私も同じだけれども。
自分たちの関係を悟られないためなのか、それとも何か感づいたのか。
涼香は以前にも増して、私の変化を家族団欒での話題にするようになった。
若く見える、元気そう、綺麗になった、そして色気が出てきたなどなど。
そのどれもが畑中くんのおかげだが、女は女に対して鋭いものだ。
探り来ているのを、大人の余裕でかわす。
涼香と私。
お互い秘密にしていることがある、脛に傷持つ同士。
本音は見せず、軽口で交し合うだけ。
夫の、もうひとりの妻となった涼香を、もう娘とは呼べない。
私たちはもう家族ではない。
ふりをして、体裁を整えているだけ。
滑稽ですらある。
……もう既に壊れてしまっているのだから、もっと壊してしまおうか。
そんな破滅願望に似たものが、今の私には生まれている。
春を迎える少し前から、悟志が私や涼香に向けるまなざしに "男" が見えることがある。
恐らく涼香も、それを感じているのだろう。
前は自分から仕掛けていた姉弟のスキンシップを、避けているのがわかる。
あるいは、夫以外の男には触れられたくないという思いからかもしれない。
私はと言えば、息子がそんな年頃になったのだと思うと同時に、腹の底で疼くものを感じる。
成長期を迎え、大きくなった我が子。
いつの間にか背の丈は私を追い越し、身体つきもすっかり大人に近づいて。
部屋の掃除をすれば、ゴミ箱を埋めるティッシュから、濃くて青臭い匂いが漂う。
ベッドとマットレスの間には、どうやって手に入れたのか、裸の女でいっぱいの成人図書。
極めつけは、洗濯前の私や涼香の下着が妙な汚れ方をしていたり、とか。
青い性欲を持て余す、可愛い可愛い我が子。
――そうだ、私が "男" にしてやろうかな?
娘を父親が女にしたのなら、母親が息子の筆卸しをしても、いいんじゃないかしら?
うん、きっとこれは嫉妬。
溢れるような若さで夫を虜にした、涼香に対するジェラシー。
……だから、悟志は涼香に、絶対渡したくない。
熟女の魅力で、悟志を蕩けさせてやろう。
お母さんにメロメロにしてやるんだ。
さて、どうやってその気にさせてしまおうか?
わざと隙を作って、下着を見せつける?
なんとか理由をつけて、一緒に風呂場に入るとか?
眠ったふりをして、無防備な姿をさらす?
あぁ、考えるだけで "女" が潤む。
禁忌を犯そうとしていることを喜ぶなんて、すっかり壊れているな、私。
愉しげに口元に笑みを浮かべながら、私は家事に取り掛かる。
ひび割れた母親の仮面で、淫らな女の貌を隠して。
秋は終わり、冬が過ぎ、季節は春を迎えていた。
私、平尾沙貴恵は、まだあのコンビニで働いている。
秋の終わり、店長さんに辞めなくてよくなったと伝えたら、思いの外喜んでもらえた。
ほっとした表情の店長さんを見て、胸が痛んだ。
自分勝手の偽りで、余計な心配をかけてしまった申し訳なさが、働く意欲を強くしたのは本当。
畑中くんも、まだここで働いている。
シフトも変わらないまま。
私たちの爛れた関係も続いてる。
ふたりきりの際、お客が退けている時にレジで並んでいれば、そっと手を出してくるのは日常。
以前のように手を握るなんてかわいい真似ではなく、私のお尻を撫で揉みしだいてくる。
時にはスラックスの中に手を差し込んでくることも。
棚の補充で背を向けていたら、後ろから抱きつかれたときなど、外から見られるんじゃないかと、冷や冷やしたこともあった。
店内カメラだってあるのに、まったく。
もちろん、そんなことをした後はきっちりと叱っている。
……私も彼も、この際どい関係を愉しんでいるも確か。
外で会うのは月に一、二度。
少ないから、その時はとても燃える。
畑中くんの若さについていくのは大変で、自分の年齢を実感することも。
けれど私は、彼の望むことのすべてを受けいれている。
夫が求めても許さなかった後ろでの行為も、畑中くんになら喜んで。
彼から向けられる情欲、求められているという気持ちが、自分が女だという悦びを与えてくれるから。
今はそれが、なによりも嬉しい。
この関係が、いつまでも続くなんて思ってはいない。
所詮は許されない火遊び。
いつかきっと、畑中くんは私の元から去って行くだろう。
彼をずっと引き留めておけるだけの魅力が自分にあるとか、そこまでの自惚れはない。
私よりもずっと若い、彼に相応しい娘が現れるはず。
捨てられるのか、身を退くのか、どちらになるかはわからないけれど、その時は必ず来る。
別れの時が来ても、畑中くんを恨んだりはしないことはハッキリ言える。
むしろ感謝の気持ちしかない。
私の中で消えかかっていた "女" の存在を認めてくれたのは、彼だから。
いつか来るだろうその日を、笑って迎えたいと思う。
それまでは、たくさん楽しもう。
夫と涼香の仲も変わらない。
週末にそれぞれが出かける日は、外で睦みあっているのは間違いないだろう。
私が出かけた日には、悟志がいなければ家の中で励んでいる様子。
最近は後始末が雑になったのか、いたした後の残滓を家の中のあちこちで見つけられた。
あれでバレていないと思っているのなら、私も見くびられたものね。
私に向ける涼香の目に、わずかな憐憫が見え隠れすることがある。
夫を奪われたことに気付いていない妻への憐れみ、それと、娘としての母親へ対する、申し訳なさなのかもしれない。
けれどそんなものを向けられたところで、父娘で交わる禁忌が許される訳ではないが。
――ま、人の道を踏み外しているのは、私も同じだけれども。
自分たちの関係を悟られないためなのか、それとも何か感づいたのか。
涼香は以前にも増して、私の変化を家族団欒での話題にするようになった。
若く見える、元気そう、綺麗になった、そして色気が出てきたなどなど。
そのどれもが畑中くんのおかげだが、女は女に対して鋭いものだ。
探り来ているのを、大人の余裕でかわす。
涼香と私。
お互い秘密にしていることがある、脛に傷持つ同士。
本音は見せず、軽口で交し合うだけ。
夫の、もうひとりの妻となった涼香を、もう娘とは呼べない。
私たちはもう家族ではない。
ふりをして、体裁を整えているだけ。
滑稽ですらある。
……もう既に壊れてしまっているのだから、もっと壊してしまおうか。
そんな破滅願望に似たものが、今の私には生まれている。
春を迎える少し前から、悟志が私や涼香に向けるまなざしに "男" が見えることがある。
恐らく涼香も、それを感じているのだろう。
前は自分から仕掛けていた姉弟のスキンシップを、避けているのがわかる。
あるいは、夫以外の男には触れられたくないという思いからかもしれない。
私はと言えば、息子がそんな年頃になったのだと思うと同時に、腹の底で疼くものを感じる。
成長期を迎え、大きくなった我が子。
いつの間にか背の丈は私を追い越し、身体つきもすっかり大人に近づいて。
部屋の掃除をすれば、ゴミ箱を埋めるティッシュから、濃くて青臭い匂いが漂う。
ベッドとマットレスの間には、どうやって手に入れたのか、裸の女でいっぱいの成人図書。
極めつけは、洗濯前の私や涼香の下着が妙な汚れ方をしていたり、とか。
青い性欲を持て余す、可愛い可愛い我が子。
――そうだ、私が "男" にしてやろうかな?
娘を父親が女にしたのなら、母親が息子の筆卸しをしても、いいんじゃないかしら?
うん、きっとこれは嫉妬。
溢れるような若さで夫を虜にした、涼香に対するジェラシー。
……だから、悟志は涼香に、絶対渡したくない。
熟女の魅力で、悟志を蕩けさせてやろう。
お母さんにメロメロにしてやるんだ。
さて、どうやってその気にさせてしまおうか?
わざと隙を作って、下着を見せつける?
なんとか理由をつけて、一緒に風呂場に入るとか?
眠ったふりをして、無防備な姿をさらす?
あぁ、考えるだけで "女" が潤む。
禁忌を犯そうとしていることを喜ぶなんて、すっかり壊れているな、私。
愉しげに口元に笑みを浮かべながら、私は家事に取り掛かる。
ひび割れた母親の仮面で、淫らな女の貌を隠して。
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