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やお君。
しおりを挟む朝のテレビニュースで「出生率が数年ぶりに上昇。ベビーブーム到来です。少子化対策の効果が現れましたね。」と話すアナウンサーに対して「嘘でしょ!?」と独り言を言ってしまったこの日。
少なくとも私の周辺で生まれた子供達ではない事を確信しながら、心から『おめでとう。』と祝福し出社した。
タチネコにゃんと踊った次の日である今日は朝から忙しかった。朝一の会議が終わってからここ最近で一番のダッシュをしたから。
だけどエレベーターを降りてから屋上へ行くには一階分の階段を上らなければいけない。
足痛いけど少しだけ我慢!
…
ガチャン…ギィ
…
「そんな事って有ります!?」
ヘトヘトで夜の屋上に10円を返しに訪れると、目の前にはタチネコにゃんにキリリとした眉毛を追加したようなシュッとした体型の着ぐるみがあった。
「富士吉さんのジンクスすごいにゃぁ~、イケメン彼氏ができたにゃぁ~。」
「まさかこんな形でも発揮するジンクスとは思いませんでした。中の人も決まってるんですか?」
「それは未定なんだにゃぁ~。」
こういうのってアルバイトとか雇うものなんじゃない?社内で受けてくれる人がいるなら信頼も出来るし手っ取り早いけどね?
「お名前とか有るんですか?」
「やおい君って言ってたにゃぁ~。」
「ぶはっ!!」
おいおい、やっちゃったなぁ担当者!!タチネコにゃんでも「おっ?」って思ってたのに「やおい君」は…色々と。しかし…同性愛への理解も深海並みのこの世界で意義申し立てるには反感買いそうというか何というか。
う~ん、と唸っているとタチネコにゃんがやおい君を持ち上げてこちらに見せてきた。
「富士吉さん、中の人やってみないかにゃぁ~?」
「私ですか?」
私は広報部では無いけれど…と思ったけれどタチネコにゃんが更に驚く説明をくれた。
「昨日、富士吉さんはボクにドキッとしたって言ったにゃぁ~。だけど富士吉さんがドキッとした相手にはイケメン彼氏が出来るというジンクスがあるのに『仮の姿』にではなく『タチネコにゃん』のボクに彼氏ができたにゃぁ。」
タチネコにゃんはモフモフのお手々で社用スマホを持ち、私に見せて更に説明を続けた。
「昨日の話では婚活アプリも会うまでは問題ないと聞いたにゃぁ。それは、何かを介した場合は向こう側までジンクスの効果が無いという訳にゃぁ~。」
「おお!!」
身を乗りだして食い付いた私に、表情が変わらない筈の瞳がキラッと光った気がした。
「富士吉さんが着ぐるみを着れば、相手にときめいても普通に親睦を深められるかも知れないにゃぁ~。やおい君の中の人をやればそれも社内では自然にゃぁ~。」
「やってみる価値はアリアリじゃないですか!!」
タチネコにゃんさん凄い!!タチネコにゃん様と呼ぶべきですか?
早速やおい君の着ぐるみを受け取り、袖を通してみる。視界が狭く、暑い。だけどこの先には希望が詰まっている!!
「タチネコにゃんさん、私のジンクスの話を信じてくれて、考察してくれたんですね。優しすぎて泣けてきます。」
「信じきれてもいないにゃぁ~。だけど悩んでるならその気持ちを軽くしてあげたいとは思うにゃぁ~。」
イケメンかよ!!やめて!!恋人持ち&既婚者かも知れない人にも惚れたくないから!!その先は泥沼だから!!
深呼吸してからタチネコにゃんの癒し系フェイスに集中して心を落ち着けた。
「富士吉さん高いヒールの靴履いているにゃぁ~」
着ぐるみを着るのに脱いだ靴が目に止まったのか首を傾げて見るタチネコにゃんの姿は可愛い。キャラ作りが徹底されていて凄くあざとくて良い。
「朝一の会議が海外からのお客様で、舐められたらいけないなって高いヒールの靴を履いたんです。背丈くらいは増しておこうと思いまして。だけど、軽く話し合ったらすぐ帰ってしまって…観光目的の海外出張ですね、あれは。」
「この靴履いて走ったにゃぁ?」
…
「あははっ、もしかして見てました?私が走ってたの。緊急事態だったんです。」
あの鬼の形相で走ってたの見られたのか…辛い。
昔、友人にお嫁に行けない顔してる!と言われた顔で走っていた事だろう。推しカプの1人である弟が可愛すぎて、弟を邪な目で見る男の目線に敏感になった結果、変な男から弟を守る事が体に染み付いていて男の邪な視線や不振な動きを見るとつい対象を守らなくては!と防衛本能が働いてしまう。
友人に言わせるとあの顔だけで不審者は逃げて行くそう。弟を守れるならそれでいいんだけど、会社ではヤバい。鬼ダッシュとかあだ名付けられてしまう。
やおい君の着心地も確かめられた所で、脱ぎ始めるとタチネコにゃんも手伝ってくれた。
「足を見せてにゃぁ~。」
「え!?臭いと嫌ですから無理です。」
「ボクは鼻が効かないから気にしないにゃぁ~」
足元に座られて早く見せろ、とでも言いたげに動かないタチネコにゃん。渋々目の前で体育座りをしてから膝の後ろでスカートを抑えて足を出すと着ぐるみの可愛い手が足にやわやわ触れる。
ふにふにきゅっきゅっ。
見た目からそんな効果音が付きそうな可愛いマッサージで凄く気持ちいい。
「気持ちいい~。」
「それは良かったにゃぁ~。」
テクニシャンなタチネコにゃん。手の長さの問題で片手で揉みほぐされているのに気持ちよさが半端ない。
「両手だったらもっとやりやすいんだけどにゃぁ~、富士吉さん目瞑ってられるにゃぁ~?絶対ボクを見ないって約束出来るならもっと疲労回復出来るにゃぁ~。」
助けた覚えのない鶴が恩返しに来た!!そんな気分になった。鬼の形相見られただけなのにいいのかな?とてもやって欲しい。だけど疲れないかな…でもやってくれるって言うし。
「じゃあ…少しだけお言葉に甘えても良いですか?絶対目は開けないので。」
欲に負けてギュッと目を瞑ると暫くの沈黙の後、ジジジッとファスナーが下がる音が離れた場所から聞こえた。無意識にゴクリと唾を飲む。
何故かな、ファスナー下ろす音ってエロい。私だけですか?
…
大丈夫かな、目を瞑ったまま放置されてない?と心配になった時、足に何かが触れてピクッと反応してしまう。
「っ……す、すみません…。急に何かが当たってビックリしただけですから…ホントすみません…。」
「…」
無言のタチネコにゃん。
多分だけど、タチネコにゃんの着ぐるみを脱いでいるから裏声で話すのが嫌なのだろう。遮る物も無くて声で誰なのか分かってしまうかも知れないし。
今度はしっかりと足を持たれもう片方の手で揉みほぐす。
ふにふにふに
私の足に触れる指先は確かに男の人の手という感じで大きいししっかりした指。女性みたいに細くはないけれど鍛えている男性よりは固くない手だと思う。
「ふぁ~…、疲れた足が生き返ります。」
足を丁寧に誰かに触られているってくすぐったい。目を閉じているから何かのプレイみたいだし…そんな経験無いから分からないけれど。
膝から下を揉みほぐされて気持ちよくなっていると、手が膝から上に伸びてくる。
え、え!?まっ、え!?
「あの。上は…少し、その。あっ。」
変な声が出て、恥ずかしくて口を抑えても時既に遅し。手がパッと離れると人の気配が遠ざかるのが分かる。軽くなった足をゆらゆら動かすと重かったのが嘘の様に軽い。
ジジジ。
着ぐるみの中に戻ったのかファスナーを上げる音がする。一応オッケー出るまで目を瞑って羞恥心と戦いながら待機。
「もう目を開けて良いにゃぁ~。富士吉さん足がなかなかお疲れにゃぁ~。」
「ははっ」
恥ずかしすぎて乾いた笑いが出た。
本当にごめんなさい、善意でやっているのに気まずい空気にさせました。
「色々ごめんなさい。」
「気にしなくて良いにゃぁ~。でもスカートの方は今後も気にしてね、嫁入り前の乙女は油断禁物にゃぁ。」
ハッ!!として座る自分の姿を見直せば、スカートで体育座りしていたのに手は後ろについていた。
「重ね重ね申し訳なく思います。とても気持ちよくてリラックスしてました。」
「今度からはボクの彼氏になるにゃぁ、動きやすい服装を心がけるにゃぁ~。そうしたらまたマッサージがやりやすいにゃぁ~。」
動きやすい服装でならまたマッサージしてもらえると!?タチネコにゃんの彼氏になった特典が豪華過ぎる。
「良いんですか!?次は中学のジャージ持ってきます。」
「中学のジャージ持ってるの物持ち良いにゃぁ?」
タチネコにゃんの彼氏「やおい君」の中の人となった私は仕事が増えたデメリットはあるものの、着ぐるみを着て心置きなく恋愛に挑める環境と素晴らしいテクニックのマッサージをしてもらえる権利を手にいれた。
「とりあえず、やおい君を呼ぶ場合は『やお君』と呼んで下さい。」
「確かにその方が仲良さそうで良いにゃぁ~。わかったにゃぁ~。」
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