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タチネコにゃんは設定を守る。
しおりを挟むタチネコにゃん体操を踊っていると、妙に体の緊張が抜けていく。ふにゃふにゃ~と気持ちいい。本当にさっき悩んでた事もどうでも良くなってくる緩い体操だった。動きも子供受けを狙ってかなかなか奇抜で人前では踊りたくない振り付け。だけど目の前に居るのはタチネコにゃんの着ぐるみを着た誰かで顔も知らない。失恋したばかりの私はヤケクソで真面目に踊ったのだけど凄く楽しかった。
「ふふふっ、可笑しいですね。この振り付け考えた人天才ですか。」
ゆるゆる~っと体を動かしながら前を見ると同じくゆるゆる~っと体を動かすタチネコにゃんはとても可愛い。
「ボクは体が丸いから大した動きできないにゃん。けど、これを真面目に踊る富士吉さんは噂と違って案外真面目な人にゃぁ~。」
「噂?私の噂なんてあるんですか?」
白くて丸いタチネコにゃんの動きは元からぎこちないのだけど私の質問で更に動きを固くした。
「え~、気になる?聞くにゃぁ~?」
「何か噂があるって知ったらそりゃあ気になります。失恋して自暴自棄になってますし、後で耳にして落ち込むよりは落ち込みついでに今聞いとこうって気分です。」
ちょうど体操が終わり音楽を止めた所でタチネコにゃんがコチラを見た。ポカポカに暖まった体を伸ばして夜空を見上げると思いの外気持ちが良い。
夜風が優しくて慰めてくれている気がする。
「富士吉 美得留さんは美人で有名にゃ~。だけど隣に立つ男性がすぐに変わるから遊び人なんじゃないかって話があるにゃ~。」
「噂の癖に結構そのまんまの私が知れ渡ってますね。だけど私は毎回本気ですから、毎回フラれてるだけですから。」
「悲しい事実を知ったにゃぁ~。」
タチネコにゃんが自分で用意したらしい荷物や飲み物の置かれる所へ行くとポテンッと座って背中のファスナーがジジジッと開く音がした。
見てはいけない気がして背中を向けて遠くの夜景を見た。
「どうしたら恋人が出来るんでしょう。誰かと愛を育み結婚したいです。」
「…性格に難ありにゃぁ~?」
「心えぐってきますね。確かに気がついてないだけで私の性格が悪いって言う可能性も大いにありますよね。」
今まで相手に好きな人が現れて取られるとばかり考えていたけど、結局私に魅力がないから取られる訳で…。
自分自身に難があると考えると更にずしりと体が重くなった気がする。
とりあえず喉が乾いたな、と思いタチネコにゃんに背を向けたまま自販機へヨロヨロと歩くとポケットにあった110円を取り出した。値段を確認すると120円からの飲み物しか無い。ギュッと小銭を握るとワナワナと震えてくる。
電子カードもデスクに置いてきてしまった…
「君も私を見捨てるのかぁ~。10円くらい失恋割引して下さいよ~自販機君~。」
人肌恋しさに両手を広げて自販機に抱いてしくしく泣いた。もう私のHPは0です。自販機のほんのり温かい温もりに癒しを求めつつ腹立たしさも有り軽くゆする。
「酔っぱらいみたいにゃぁ~」
そんな私の後ろから声がしたかと思うとカチャンと小銭が自販機へ入った音がした。
自販機の投入金額を確認すると10円の文字。ハッとして後ろを向けばファスナーのしっかり閉まったタチネコにゃん。自販機とタチネコにゃんを交互に見てから、何て聞けばいいか困っていると。「10円の失恋割引にゃ~」と短い手を上げて言う。
「タチネコにゃん~~~。ありがとうございます!!見た目可愛いのに心がイケメン過ぎます!!」
「照れるにゃぁ~。」
タチネコにゃんの短くて丸い手を両手で握ると軽く上下に動かす。こんな事がサラッと出来るのだから中の人は大層おモテになるだろう。感謝の気持ちで溢れながら残りのお金を入れて飲み物を買う事が出来た。
急いで開封し、飲み物に口をつけると喉を通過するシュワシュワの甘い飲み物にも感謝の嵐が体を駆け巡る。
「くぅ~美味しい。そうだ、貴方は恋人居ますか?」
「ボクの恋人は皆の笑顔にゃぁ~。」
設定がしっかりしているマスコットキャラクターの反応だ。こういう風に言うって事は私に脈は無いし既婚者か恋人持ちなのだろう。
顔は見えないけれど話しはしっかり聞いてくれるし、キャラ作りや練習もしっかりする真面目な人だと思う。良い人は既にパートナーがいるのは当たり前の事だ。
「笑顔が恋人なら笑えば私もタチネコにゃんの恋人になれますね。」
無理に笑顔を作り、丸くて白い大きな体をナデナデすると撫でやすい様にただじっとしていてくれる。
毛並みはふわふわで案外さわり心地が良い。
「無理に笑う必要は無いにゃぁ~、踊った時みたいに自然に笑えるようになったらいつでも心の恋人になるにゃぁ~。」
可愛い見た目してなかなか小悪魔なタチネコにゃん。
「さっきドキッとしちゃったのでタチネコにゃんにもイケメンが現れて迫られるかもしれませんね。昔からドキッとときめいちゃうと相手にイケメンとの恋愛イベント起こるんですよ。」
「イケメンとの恋愛イベントにゃぁ~?ボク男の子だけど相手はイケメンにゃぁ~?」
男の子だよ?って疑問に思うと言う事は中の人は女性が好きなのだろうか、それとも設定?
だけどもそう思っていられるのも今のうちだ。私は、タチネコにゃんに少しだけドキッとした。きっと彼にもイケメンが迫ってくるだろう。
注意してもらう為に、悲しみに浸りながらも先輩にBLの呪いとまで言われている現状を話した。
タチネコにゃんは着ぐるみだからその話を聞いてるのか聞いてないのか表情から伺えないけれど話し終えるまで一緒に座って相槌をうってくれる。
「凄く可哀想な人に出会って衝撃を受けているにゃぁ~。だけど想い人側からしたら良縁の神様にゃぁ~。富士吉さんに見向きもしない程の出合いがあるなんて夢があるにゃぁ~」
「婚活中の私には夢も希望もありません。」
はぁ~、とため息をついてから時計を見る。
時間を確認してから缶に残ったジュースを一気に飲み干すと程よい疲労感のある体でスッと立ちあがる。
「一度戻って10円返しに来ても良いですか?」
「この後はすぐにタチネコにゃんワールドに帰るにゃぁ~。10円は失恋割引にゃぁ~。だけど明日も同じ時間に許可貰ってるから気が向いたら一緒に体操して行くと良いにゃぁ~。」
「良いんですか?」
「せっかくだし良いにゃぁ~。富士吉さんはボクの仮の姿を覗こうとしないから良いにゃぁ。」
中の人を仮の姿と呼んでいるのか。気になると言えば気になるけども裏声でにゃぁにゃぁ話し、変な体操踊らされているのだからバレたくない気持ちは分かる。見たいけどさ。とても見たいけどさ。
とりあえず長居すると上司が何か言ってきそうなのでオフィスに戻りますか。
ポンポンとスカートの埃を払ってから、運動部並みの声量と気迫でありがとうございました!とお礼を言ってから屋上を後にした。
来た時とは違い、軽い足取りで今度はエレベーターを使う。
少しだけ元気出たなぁ。ほんの少し。
先輩の手伝いもあって大した残業も無く仕事を終える事が出来たし、先輩にはいつか一杯奢らせて貰おう。
失恋の痛みは残るけど、ただ泣いて終わる日にはならずに済んだ。
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