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恋が始まらない。
しおりを挟む「先輩が好きなんです。この気持ち、もう抑えるなんてできません!」
「は!?待て、ここ会社だぞ。そんな、急に言われても。こまっ…」
ガタンッ!
会社の人気のない資料室前を通りかかると案の定これ。
何度こんな密会に遭遇したことか。もう慣れてしまった。
チラリとほんの少し開いた扉から中を覗けば、後輩男性に迫られ拒みきれず口付けを受け入れる私の意中の男性の姿が…。一瞬にして体温が下がり指先が震える。
押しに弱いというよりは満更でも無いという雰囲気で互いに息を荒くして頬を赤らめていてっ…て!?
またアプローチしてた男性が男に取られてるんですけど!?
◇◇◇◇
気がつけば大好きなBL漫画の世界に居た私ですが、婚活は超ハードモードでした。
◇◇◇◇
最初は喜んだ。それはもう有頂天でした。
大好きなBL漫画の主人公の姉になっていて、身近で推しである彼らを応援しながら観察できたのだから。だけど漫画の最終回を過ぎ、自分の人生を考えて生活を始めたら自分の恋愛はハードモードという現実に心が折れそう。
好きになる男性はことごとく男性と恋愛関係に発展する。
幼馴染み、同級生、先輩、後輩…。「好きです!」って告白された事もあった。だけど全く知らない人に付き合いましょう!なんて言えなくて「まずはお互いを知ってから。」とデートを重ねると相手にイケメンが現れ付き合ってもないのにフラれる。
就職してもそれは変わらず、私は誰とも付き合えず27歳になりました。そして今、漫画の世界にしては地味な同期男性にアプローチをしていて良い関係を築けていたのに「地味な俺にイケメンな後輩が迫ってくる。」という構図が出来上がっているなんて…。
とぼとぼ歩き、自分のデスクまでたどり着くと椅子に力無くストンと座る。視線の先には『富士吉 美得留さん、会議が朝一に変更になりました。必要資料は本日中に仕上げて下さい。』と私宛のメモ書きが残されていた。
自分の名前に慣れない…
何、美得瑠って。両親は私の名付けに失敗した事に気がついたのか弟にはまともな名前を付けているし。漫画の世界なだけあってか変な名前とは言われなかったけれど、同性婚も出来る近未来?な日本を舞台にこの名前は違和感が凄いよ。
「はぁぁ~~~~~~。」
「そのため息、もしかしてまた?」
「…はい。」
「あちゃ~。BLの呪い再び。」
「呪いなんてやめて下さいよ…。やっとトキメキを感じた矢先にこんなのあんまりです…。」
「トキメキがあったからこそなんじゃない?」
私がドキッとトキメキを感じた男性は皆、同性である男性とお付き合いする事から先輩に『BLの呪い』と言われている。
先輩含め、私以外の人は夫と幸せそうで…妬みたくなるのを押さえるのに必死。邪心よ去れ!!とまるで修行僧の様に気合いを入れてから出社する毎日。
同性を好む素質のある男性に惹かれるのか…それとも私が好意を寄せたから私を当て馬にしてBL漫画展開に発展するのか。その辺は27年生きていてもよく分からない。先輩はそんな私を気にかけて慰めてくれる優しい大人の女性で妬みの対象になんてしたくない。
「先輩と飲みに行きたいです…愚痴聞いて欲しいのに残業確定ですよ。」
「どんまい。また婚活アプリで誰かと会う約束してみたら?ビーちゃん美人だし、アプリには多くの可能性が秘められてるよ…それを励みにさ。」
BL漫画主役の姉なだけあって見た目は整っていると思う。それなのに27年彼氏が出来た事すら無い。婚活アプリなら異性愛者がいるはず!…と始めたら、デートの約束までは案外簡単にたどり着ける。それなのにこの前は会って話しながら歩いている時に颯爽と現れたイケメンによって「ごめん!こいつ俺のだから!」とデート相手をかっさらって行かれた。
「励みに、ねぇ。なれば良いんですけど。」
むしろ落ち込んでいく。更にその前なんて「美得留さんみたいな美人に会っても心が動かないなんて…やっぱり俺、自分の気持ちに嘘はつけない。あいつじゃなきゃダメみたいだ。ごめん美得留さん!」と何も始まってないのに勝手にフラれた。
漫画の世界なだけあって一般モブもそこそこイケメン。悪者も居ない癒し系漫画だったから世界は平和そのもで皆、個性豊かで性格の良いイケメンや住人達。それなのに手の届かないこの状況は天国なのか地獄なのかと言われたら地獄なのかも知れない。いや、人間関係良好なら天国?天国と地獄が隣り合わせなのが世の中というものか…。
「チョコあげる。」
「ありがとうございます。仕事に集中してさっさと終わらせます。残業すると上司が煩いですし。」
「それが良いよ。」
ただひたすらデスクで仕事に向き合い、時間が過ぎていく。
嫌な事を忘れる為に没頭したからか、残業せずに業務が終わるかもしれない希望が見えてきた。そしたら先輩と飲みに行って愚痴大会開催決定だ!!と自身を鼓舞する。そうやって少しだけ気持ちが前向きになった所で同僚二人がデスクに戻って来るのがチラリと見えてしまった。
「君達、二人揃って何処へ行っていたんだ。会議時間変更になって探してたんだよ。」
さっき資料室でイチャイチャしていた二人が何食わぬ顔で席に戻ろうとして上司に捕まったようだ。イチャイチャしてました、なんて言えないよね…。
フッと浅く息を吐くと席を立ち、申し訳無いという表情を作ってからその上司へ声をかける。
「二人は先ほど資料室で過去の資料を探していたみたいですよ。今回の会議には過去のデータか特に参考になりますから。探しているのを知っていたら私が呼びに行けたのですが気がつかず申し訳ありません。」
「そうなのか、あそこは電波悪いから仕方ないね。富士吉君は気にしないで、急遽時間を変えてくる先方が悪いんだからね。」
二人揃って資料で~なんて本人が話してもサボってたんじゃないか?と思われ兼ねない。こういうのは第三者が言うと信憑性が増すものだ。
そして彼らをアシストすると共に「知ってるんだからな?」という無言の圧をかける。
気まずそうに私に視線を向けるとペコリと頭を下げる二人。
「助けなくたって良かったんじゃない?あいつビーと良い雰囲気だったのに秒で乗り換えてさ。」
「まだ付き合ってはいませんから何も言える立場じゃありません。」
助けた訳じゃない。
私は君らの関係知ってるんだから余計な気を使ってくるなよって思った。この後、良い雰囲気だったヤツに「ごめん」とか少しでも言われたら腹が立つし、砕かれた私の恋愛ハートが痛むから。
…
…私、傷付いてるのか。
傷付いた心を自覚して再び泣きたくなる衝動がやってくる。
ぼんやりモニターを見た時、トントンと肩を叩かれて先輩の方を向くと可愛いハンカチを握らされた。
「少し外の空気吸ってきたら?定時には帰るけどそれまで特別に仕事手伝うからさ。この調査結果を分かりやすく纏めれば良いんでしょ?」
その言葉に涙腺が一気に崩壊寸前まで来た。震える声で「ありがとうございます。」と小さく言葉を絞り出すと長い階段を上り会社の屋上へフラフラと向う。
今の時間なら皆仕事をしているから人が居ないはず。そう思っていた。
ガチャ…ギィ。
少し重い扉に手を掛けた瞬間、失恋の悲しみが頬を伝い流れ始める。
優しい人だけど、つい最近までトキメキは無かった、それでも良い雰囲気だったからこそ恋人が出来るのではないかという期待が膨らんで…期待してしまったからこそ叶わなかった事への悲しみがより深い。回りに人が居ないからもう大丈夫…と、思っていたのに扉の向こうから軽快な音楽が聞こえた。
~♪~~♪~♪
さぁ!体操が始まるにゃぁ~♪まずは手を上に~♪
~♪~~♪~♪
音楽に合わせて幼稚なダンスを踊る着ぐるみが視界に飛び込んできた。
「わ、びっくり。申し訳なにゃぁ~!今、屋上貸し切り許可貰ってるにゃぁ…」
扉の音に気がついたのか一旦体操を止めて話しかけてきたのは会社のPRマスコット『タチネコにゃん』。頭に猫を乗せた白くて丸っこい三頭身くらいのキャラクターだった。
男性社員が裏声で頑張って話している努力が伝わる声をしているけれど、その声はなんだか可愛い。
子供が描きやすい丸い体と短い手足が何処にでも居そうな見た目でいつか何処からか訴えられないか心配になる程個性の無い見た目。
「そうでしたか…すみません。練習大変ですね、お疲れ様です。」
そう言って来た道を戻ろうと彼に背を向けると。
「泣いてるのかにゃぁ?何かあったにゃぁ?」
キャラを壊さないままだけど彼から話しかけられた事に驚いた。
泣き顔は見られたくなかったのだけれどバレてしまったし、急には止められない涙が落ち着くまで、ここに居させて貰えないかと聞くだけ聞いてみようかな…と考えて『タチネコにゃん』に向き直る。
「さぁ!一緒に踊りながらなら何があったか話してみるといいにゃぁ。」
…踊りながらなのか。
短い手をパタパタさせて体操の動きを諭すタチネコにゃん。
「この踊りを踊ると全てがどうでも良くなってくるにゃぁ~!」
踊った結果、元気になるような表現じゃない。だけど気分転換にはとても良さそう。体操で気分が良くなるかも知れないと一緒に踊ってみる事にした。
泣き顔のままオフィスに戻れないし、このまま居て良いのならお言葉に甘えたい。
「少しだけ宜しくお願いします。」
タチネコにゃんが掛け忘れたという『屋上貸し切り練習中』の札をドアノブに掛けた後、私達は二人で動画を見ながら体操の練習を始めたのだった。
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