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約束した日の朝。【エミル視点】
しおりを挟む朝。
とは言っても夜が明けたばかりで薄暗い。
ギルド職員の宿舎で目を覚ますと窓を開けて静かな外の風景を眺めた。
あまり眠れなくて、何度も夜中に起きては現実を確認していた。
机の上にある愛用の手帳はページが開かれたままで「ルシアとデート」の一文が記されていて、その一文には普段の僕ではやらない様な二重線での強調や「!!」のマーク。
この一文を見るだけで胸は弾み、はぁと溜め息が漏れる。何の意味もないのにその文字にそっと触れた。
絶望の縁から救ってくれた彼女に下手なデートを披露したくは無いのだけれど、書籍で読んだくらいの知識しかない。デートの知識だってその程度なのにあの時は・・・と淫らな姿の彼女を思い出し、いけないと頭を振る。
あの出来事からウッカリ思い出してしまえば体の熱を発散するのに一苦労で困ってしまう。
慌てて鏡を見れば成人を過ぎた良い大人なのに体毛も薄く筋肉も少ないみすぼらしい自分が映る。これだけで何とか抑えられる様にコツを掴んだ。
はぁ。
里では23歳で子供の様なこの容姿はみすぼらしいと散々言われてきた。体を覆う体毛と筋肉は男らしさの象徴、そして自身の作った自慢の一品を身につけて職人としての能力を女性にアピールするのが定番の魅せ方。
髪が長いくらいでどれも持ち合わせていない僕は見向きもされないし「あら可愛らしい。笑」なんて言われる。
そんな僕を支えてくれた両親の為にと役に立てる事を探して頑張ったけど周囲には認めては貰えなくて。
両親が同じ病に倒れた時は終わりを悟っていた。せめて僕の身を売ってお金にと思ったけれど最悪の場合、加虐趣味の変態に買われて地獄の日々を過ごすのだろうと希望など何もかも捨てていて。
里の長は僕を気遣って色々な所を旅する冒険者に知恵を借りるといいと言ってくれたけれど多分変わらないだろう。
たった1人の人間に知恵を貰った所で・・・。
そう思っていた。
「ではお客様、こちらに。」
目の前に現れたS級冒険者。
分厚い上着を脱いだ中から現れたのは眩しい程美しく色気のある女性。
白く整列した歯。大人の色気があるのに人懐っこい笑顔を見せる彼女は里の男なら一度は憧れる見目の良い女性だった。
そして見た目だけでなく彼女は優しい。そんな彼女の気遣いに触れ自分の醜さをどんどん浮き彫りにしていた。
お金を払えないかも知れないのに荷馬車へ乗った僕は犯罪者の様なもの。彼女とは対照的な存在。
焚き火がパチパチ静かに弾ける中、そんな僕に彼女はスープを分けてくれて話を聞いてくれた。
「私と結婚する?」
その瞬間は柄にもなく無条件に提案に飛び付きたい衝動にかられた。
表面上は警戒した言葉を並べたけれど心臓はバクバクと音を立てる。地獄の日々を想定していた自分にとって、そこに愛が無かったとしても希望のある提案だった。仮に彼女に加虐趣味が有ったとしても少しはマシに思える。
その後は眠くなるまで依頼書の事で盛り上がり純粋に楽しかった。女性とこんなに長時間話した事なんて母親ぐらいしか経験がない。
隣には肩がくっつく距離に彼女がいて良い香りがするし胸の谷間が強調されたそれを見ない様に・・・少し依頼書を見せるフリをして見たが極力見ない様にした。
ルシアは僕の話を興味深いと言わんばかりに質問を次々と繰り出して目をキラキラさせる。僕の事を大人なのに子供の様だと笑った里の人達とは違う、1人の人として凄い凄いと褒めてくれる彼女に一瞬で心を奪われた。
応援ありがとうございます!
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