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アリスとオパール【オパール視点】
しおりを挟む大嫌いなアイツに後ろから抱き締められて、甘い香りが漂う。
嫌い。
大嫌い。
だけど、とても甘くてくらくらする香り。ベッドの上での事が頭に浮かび、体は早くもむずむずと疼きだす。
「マーリット、君の姿を見るのは3年ぶりかな?更に美しく、」
「殿下、マーリットを変な目で見るのは止めてください。」
「スヴァインは失礼だね。」
「殿下とオパールは仲が良いのですね?オパールも嫌がってないみたいですし。」
え?ボクが嫌がってないって?
どこをどう見たらそうなるのさ?マーリットよく見てよ。
「そうだよ、オパールは私の妃にすると決めたんだ。」
「オパールお姫様?すごいねー」
「そんな話になっていたんですか!?凄いねヴァンリット。オパールはヴァンリットが大きくなったら結婚したいとか言い出すかと思ってたけど勘違いでしたね。」
バレてるバレてる。
そして怖い騎士の視線が鋭く突き刺さる。
「クルル!クルル!(そんな事ないよ!王子様が好き。)」
そう言っても伝わらないから、今だに後ろから抱き締めて来るアイツの腕に手を添えてスリスリと分かりやすく主張する。すると誤魔化せたのか怖い騎士の視線はヴァンリットに移った。
(危うくやられる所だった・・・)
ホッとしているとクスクスと声を殺して笑うアイツの動きを感じる。
嫌な奴、と視線を向けると「ん?何?」とこちらを見る。
トクンッ
心臓が跳ねて気がつく自分の異変。
おかしい、絶対におかしい。
アイツを見てドキドキするとか・・・もしかすると・・・ボクは何かの病気なのか?
騒がしい心臓に今までに無い苦しさを感じる。
「クルル・・・(おかしい、病気だきっとそうだ。)」
「オパール?」
アイツが私に顔を寄せて覗き込むと再びドキリとして胸を抑える。何か心配そうなマーリットが紙とペンを差し出すから、ここは素直に伝える事にした。
「何だか体がおかしい。病気かも知れないから部屋で休む。・・・て、オパール!?大丈夫ですか!?」
それを読んだマーリットが顔を青ざめて慌てだした。ヴァンリットも大丈夫?と心配そうに見てくる。
(こんなに大事にするつもりはなくて。少し休むだけって伝えなきゃ!)
「大変だ、すぐに王都へ戻りアリスに視て貰わなくては!」
「クル?(え?)」
「会談も終わった、急ぎ戻る準備を整えてくれ。」
アイツの一言で途端に忙しく動き出す周囲の人々。まだこの国で休暇を楽しむんじゃ無かったの!?と急な変更に慌て出していた。
「ク、クルル・・・(皆、ごめん。)」
◆◆◆
「オパールさん、だよね?」
「クルル・・・(はい。)」
ボクが体調不良だと伝えたばかりに、急ぎ帰ってきた王都。王都に着いたのは次の日で、まだ日の高い頃。帰ってきたエロ王子達を迎え入れる為に警備の厳重な道を通り帰ってきた。
そして今までに無い程、至近距離にアリスが居た。
「殿下と結婚って話は本当?」
「ク、クルル。(そう、みたいで。)」
コクりと頷き言うと悲しそうな顔をする。求め続けたアリスと話ができると言うのに何も感じない。これは妖精王にかけられた魔法のせいだろうか。
いや、でも、マーリットやヴァンリットにはそれなりに大切にしたい感情はあった・・・今はアリスに何の魅力も感じないと言う事?まさか・・・何度も求めた彼女を?
いや、何も感じない訳ではない、今はとにかく怖い。
「殿下は私と恋をするはずなのに・・・どうして言葉もままならないこの人と・・・。」
ぶつぶつと失礼な事を言う。何故かクルルしか発音できない舌なのだから許せ。
「この世界はおかしいの・・・私と愛し合った記憶があるはずなのに、私を愛し寄り添うのは二人だけ。妖精王には出会えてすらいない。殿下だって私を思っていると・・・感じていたのに。」
目の前で一人語るアリス。アリスは今となっては何度も繰り返した記憶を全て思い出しているみたいだ。多くの魅力ある異性に愛された、だから皆は自分を好きだろうと言う事なのだろう。
目の前の女性、アリスは可愛い。だけど、変わってしまった。こんな愛に溺れる子では無かった。積極的に人を助け、トラブルにも前向きで輝いていた。
ボクが変えてしまったのか。
自分のせいで光を失った彼女。
ボクがボクの欲しかった宝物を壊したのか・・・。
「貴方は初めて見る存在なの。貴方がこの世界を変えたの?貴方は殿下が好きで世界を変えてしまったの?」
「クルル!(んなわけあるか!)」
「貴方にそんな力があるなら、お願いがあるの。」
・・・何か嫌な予感しかしない。
「スヴァイン様と初めて会った時に思ったの。とても素敵なひとだって。あの人と私の縁を取り持って欲しいの。」
(はぁ!?あの怖い騎士!?一直線に首を狙ってくる騎士だよ!?)
自分で考えておきながら、目が見えないにも関わらず首を取りに来た怖い騎士を思い出してブルブル震えた。
とりあえず、ペンと紙で筆談を試みる。
「(ボクは君を求めたドラゴンだよ。ボクが何度も君を手に入れる為に時間を繰り返してしまったからそんな記憶がある。・・・っと書けた。)」
「・・・あの時の朽ちたドラゴン?」
何やら半信半疑なアリス。証明になるかはわからないけれど彼女の前に立ち、くるりと回ると妖精の小さなドラゴンに姿を変えてみる。あの時みたいに朽ちてはいないし小さいけれど、だいたいは同じ見た目。
その姿を見てアリスも驚いていた。そして「可愛い。」と一言漏らす。
(アリスがボクを可愛いって言った!)
胸にぽかぽかする何かが溢れ、気をよくしたボクはくるりと回って彼女の好きそうな美男子に姿を変えてみる。
「凄いね、ドラゴンさん!」
「クルルッ!(アリスに褒められた!)」
アリスと楽しく話せるなんて夢みたいだ。もしかしたらこのまま・・・
「ねぇ、ドラゴンさん。時間を戻せると言うならスヴァイン様と出会った頃に戻せない?3年と少し前くらい。いいえもっと前かな?見えない妖精さんと出会う前がいいよね?」
「・・・」
「今度は私が彼を支えるよ、そしたら仲良く暮らせると思うんだ。趣味も凄く合ってね、話していて楽しいの。そうだ、ドラゴンさんも一緒に仲良く暮らそう?その姿、とても格好いいよ?」
・・・
ボクの中の血がサァッと抜かれるような、指先から冷たくなる様な感覚が訪れた。
指先が震える。唯一発音できる「クルル」さえも出てこない。
再び巻き戻せば、アリスと仲良く暮らせる。きっと巻き戻した所で怖い騎士とアリスは上手く行かない。そうしたらボクとアリスの二人だけだ。
だけど、ボクの頭に浮かんだのはヴァンリットとマーリットの顔。
もし、巻き戻したら、そこに二人は居ない。
あの二人は今回の巻き戻しで起こった奇跡だから。
そして、今のアリスはボクの大切なものにトラブルを招く要因になりかねない。そうさせてしまったのもボク。
「・・・クルル、クルル(・・・アリス。ごめんね。)」
「ドラゴンさん?どうしたの?」
ボクは彼女の額に優しく触れる。温かくすべすべの綺麗な額。
「・・・クルル。(ごめんね。)」
彼女は何も抵抗しないでボクを見ていた。そしてふにゃっと笑って見せる。
「いいよ、ドラゴンさん。」
ただ謝るボクの言葉が分かった様に微笑む彼女。彼女にも記憶の混乱がある様だ。いいよ、と笑う彼女はボクの大好きだった何度も求めた彼女の笑顔。
ボクが指先をするすると動かすと魔法が発動する。
それは妖精王がボクに使った魔法。
あの憎たらしい妖精王はどこまで予測していたのか、ボクにこの魔法式を見せながら魔法をかけた意味を理解した。
マーリットとヴァンリット達とこのまま平和に暮らしたいならボク自らの手で、ボクを好きになれないアリスにしろと言う。自分の手で終わらせろと。
それとも巻き戻して、マーリットとヴァンリットの居ない世界で壊れたアリスと暮らすのか。
(残念だったね妖精王。ボクの悩む顔が見たかったのだろうけど、そうはいかないよ。ついさっきまで巻き戻す選択を忘れていたボクなんだからね。)
指先を動かして迷わず魔法式を書き上げる。妖精王がボクに使った魔法を応用して相手は・・・あの眼鏡の魔法使い。この子の今の夫。
ついでに少しだけ記憶を消した。
さっきまでボクと話していた記憶。
アリスは静かに目を閉じて、綺麗な輝く瞳が再び見えた時。
「・・・あれ?ああ、ごめんね。何だかボーっとしてたね。貴方の病気視よう、すぐ元気にしちゃうから!」
「クルル(ありがとう。)」
ボクと仲良く暮らそうと話した彼女はもう居ない。ボクを愛してはくれないボクの求める輝きを取り戻した彼女がそこに居る。
ボクの使った魔法で、あの眼鏡の魔法使いしか最愛と出来ない魔法。1人をただ純粋に愛する輝きを取り戻した彼女。とても眩しく輝いて宝石の様だ。
◆◆◆
「殿下、病気では無さそうでしたが一応全治の魔法を使っておきました。これで安心ですよ。」
元気に言うアリス。そしてホッとした様子のエロ王子。ボクはボクでエロ王子の好みにされた胸もお尻もプニプニな姿に戻っていた。
二人で護衛を連れて王宮をコツコツと歩いてから寝室に連れていかれる。エロ王子の事だから、またする事するのかな?と思ったのだけど静かにボクだけ寝かし付けられていた。
「問題ないと聞いたけれど今日は休むといい。」
頭を撫でる手が赤子を撫でる様にとても優しい。発情したフェロモンの香りも感じない。ただボクを心配している。妖精であり、ドラゴンであるボクはとても丈夫だ。こんなに心配する必要はないのにと笑えてしまう。
・・・ボクに唯一愛を与えると言ったエロ王子。
そして本当にどろどろに愛したエロ王子。
ボクに唯一伴侶として求める愛をくれた。
「エイリーク」
「何かな?・・・・・・」
「・・・」
「・・・あれ?オパール、話せる様になった?」
「・・・」
何となくコイツの名前を呼んで見たくなった。どうせ「クルル」しか発音出来ないのだから分からないだろうと思って。だから軽い気持ちで言ってみたら言えてしまった。ボク自身も驚いて震えている。
「オパール?」
「・・・」
「オパール。」
言葉を発せられた驚きと、コイツの名前を呼んだ事がバレてしまった事への羞恥心。ボクはお腹が空くまでベッドに潜り込んで出て来れなかった。
そして出てくるのをずっと今か今かと側で待ち続けたアイツの顔はキラキラと輝いて見えた。
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