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見知らぬ場所と小さな命。
しおりを挟むドラゴンが私と共に転移した場所。そこは何処の国かも分からない山の中。
見渡す限り木・木・木・・・・あと川。
空は暗くなり、豊かな枝に付く葉によって敷き詰められた天井の隙間から僅かに月と星が顔を覗かせる。
マーリットの人生としては初めて見る植物をいくつか見つけたので多分遠く離れた国に来たんだと思う。
『よいしょっ。』
倒れた朽ちたドラゴンの首からスヴァインさんの剣を引き抜き丁寧に川で洗いスカートの裾で拭く。
『これで大丈夫でしょうか、剣の手入れなんてした事がないので錆びないか心配です。』
この朽ちたドラゴン。転移先に着いた頃にはだいぶ弱っていて、今も小さく息をするだけ。ドラゴンの首や目に刺さっていた剣が致命傷となったのでしょう。私に与えられた妖精王の力を食べて、また時を巻き戻そうとしたのだろうけど、私をモグモグする力も残っていないみたいで口からすると抜け出せた。
重いけれど、首に刺さっていた剣はスヴァインさんの剣なので、お守りにしようとスカートの裏地を少し切り、巻き付けると大切に抱えて持っていく。これでヨシ!とその場を離れようとするとドラゴンがギュルルと最後の力を振り絞って鳴く。
ギュルル・・・
ギュル
悲しそうに、このまま死にたくないとでも言いたげに。・・・そんな風にされたら助けなくてはと思ってしまうじゃないか・・・。人の良心に付け入るつもりか。
背中を向けたと言うのにチラリとドラゴンを見れば真っ黒な瞳から雫が溢れていた。
・・・
この子は悪いドラゴン。
さっき見た記憶からして、アリスちゃん欲しさに何度も同じ時を巻き戻していた。
無茶な巻き戻しで、私やリヴの魂も巻き込んでこんな事になっている。悪役令嬢転生できたのは嬉しいけれどね?
この子は愛されたかった人に愛されなかったドラゴン。
昔のマーリットと同じ。
・・・
『貴方も、私と共に生まれ変わりますか?無茶な巻き戻しでたまたま異世界の記憶を持つ私が混ざってしまったみたいですが・・・幸せですよ。過去に求めていた相手で無くとも愛してくれる人を見つけられました。』
お祭りの為に換金していっぱい楽しもう!と大量に持ってきた妖精結晶を一掴みドラゴンに差し出す。この片手に握る分だけでも一年は何もしないで暮らせる価値がある。
『私は、愛してくれる人を見つける事が出来ました。貴方も探してみますか?アリスちゃんじゃなくても貴方を愛してくれる人を。』
ギュルル
塗りつぶした様な瞳に光が現れた気がする。ふっと姿が灰になりボロボロと崩れて行った。その灰はフワリと吹いた風に飛ばされて星の輝く空へ消えていく。
他の者の愛ではダメだ、と消える事を選んだのだろうか・・・。
そう思った時。手の中にあった妖精結晶が形を変えた。夜なのに周辺から光の粒が集まり何かを助けるように舞う。
クルルッ
妖精結晶は奇跡を起こす貴重なアイテム。このドラゴンに奇跡を与えて新しく妖精として生まれ変わった様だ。見た目は両手に乗る程の小さなドラゴン。だけど妖精結晶の様に七色の鱗を持つ綺麗なドラゴンだ。
ドラゴンを撫でるとクルルと鳴いて可愛い。さっきまで大暴れした上に私をどっかに転移させた嫌なヤツではあるけれど、この子の思いを知ってしまったら他人事には思えなかった。過去のマーリットを見捨てるみたいで。
『君の幸せも見つけましょう。』
クルルッ
『貴方はオパールって宝石によく似ていますね。異世界の宝石なんです。貴方をオパールと呼んでも良いですか?』
クルルッ!
こうして、私とドラゴンの旅は見知らぬ土地から始まりました。
◆◆◆
最初に到着した小さな村では人が少なく、誰かに当たる心配も無く過ごす事が出来ました。
オパールは聞けば何でも知っていた。
人の少ない村に行きたい、飲んでも大丈夫な水のある場所を知りたい、歩き安い道を通りたい等々、私の我が儘を「クルルッ」と鳴いては案内してくれる。
優秀なナビ過ぎる。
優秀なナビと共にとある村で情報収集をすると、案の定とんでもなく遠くに飛ばされた事を知りクルルッ!と鳴くドラゴンの額を人差し指でグリグリする。
『まぁ、なんとかなるでしょう。人の多い大都市は避けて小さな町を通って進みます。優秀な道案内も居ますし、地道に進みましょう。お金は十分にありますし。』
お金になる大量の妖精結晶とナビ役の妖精が居る上に私は見えませんから犯罪に巻き込まれる心配も無し。そんな私は特に不安も無く元居た国をオパールと目指しました。
◆◆◆
『え!?妊娠!?』
転移してから1ヶ月くらいした辺りだろうか、お金もナビもあり、見えないから犯罪とも無縁・・・楽々♪そう思っていた。私は原因不明の体調不良でダウンしていました。
『うっ、気持ち悪い・・・。』
見えない私は医者に見てもらう事も出来ず、小さな図書館を訪れる。この世界の知識を豊富に持つのだろうドラゴンのオパール。言葉の会話が出来ない為、図書館の医療書を見せ、何処が悪いのか見て貰い、悪い場所や病名を指差して貰う作戦に出た。
そうして医療書を手に取った私にオパールが持って来たのは『初めての妊娠生活・子育てパーフェクトブック』と言う本。
静かにしなくてはいけない図書館で、私はつい声を上げていた。その声に反応してスタスタと来た司書さんだけど・・・。
「誰も、いない?ひぃっ!」
そう呟いて走っていった。驚かせてごめんなさい。
◆◆◆
妊娠。
それが分かってから昨日までの様に不用意に歩けなくなる。何かあったら、もし転びでもしたら・・・。人の少ない町なのに、一歩外を出るのも怖い。
(今はこの命を私が守らなければいけない。)
その日は図書館に泊まり、妊娠・育児本を熟読する。オパールも一緒に隣でフムフムと読むのが可愛かった。そんなオパールに『お腹の子は元気ですか?』と聞けば、お腹に額をあてて何かを確かめてから親指を立ててクルルッ♪と鳴く。
『良かった・・・ありがとうございます、オパール。』
(一旦、帰る事を諦めて、安全に出産する事を考えなければ行けませんね。)
頭ではそう考えるけれど心細かった。住む場所も野宿は考えられない。今の状況は心細く一番側にいて欲しい人の顔が思い浮かぶ。
『スヴァインさんに、会いたい。』
見知らぬ土地で、言葉を出せば怖がられて。普通に生活も出来ない。妖精結晶を握り『私の姿を他の人に見えるように戻して』と願ってみたけれど黒い何かに遮られて、それが出来るイメージがわかない。
『はぁぁぁ。』
クルル・・・
ごめんなさい。と言う様にションボリと頭を垂れるその姿に『過ぎた事だから、これからどうするか考えよう?』と小さく言ってポンっと頭を撫でる。
何をするにも味方が必要だ。味方が・・・
ぐぅぅ。
味方が居るとすれば、このお腹を鳴らすオパールくらい。
『ねぇ、オパール。人の姿に化ける事は出来ませんか?一般人にも見える姿で。』
妖精には、人の子と遊ぶのが好きな者もいる。一定時間、人間の姿で遊んで魔力が切れると人に見えない妖精に戻るという者なのだけど。
クルル・・・
本人的には無理っぽい?・・・と、思っていたら。
手の中で輝く妖精結晶があった。
『オパール・・・私にはどうしても協力してくれる人が必要です。この子を守るために。』
まだ大きくなっていないお腹に手をあて、真剣にオパールへ問う。妖精が人に化ける。それは色々な面で私の代わりをする、と言う事。こんな状況になったのはこの子のせいだとしても、やりたくない事はあるだろう。
クルル!
しかし、しっかりとした目でこちらを見て答えてくれたオパール。
『ありがとう。』
一粒の妖精結晶をオパールへ差し出すとパクり!と元気に食べた。オパールって妖精結晶食べれるんだ?と少し戸惑う。
クルル!
元気に一鳴きするとパァァァ!!と光を集め人の形に姿を変えていく。それは光の加減によって七色に輝く髪を持つ、美しくも中性的な見た目の美人が現れた。妖精だから性別は無いのだけれど、女とも男とも思える不思議な見た目で美しい。妖精王みたいだ。
『オパール、ここまでの美人は想定外です。絶対男女共に狙われます。』
「クルル!?」
頑張ったのに!?みたいにクルルと言われる。言葉はまだ無理そうだ。滑舌の問題なのだろうか?
『だけど、人に見えるこの見た目なら妖精相手だけでなく、人間との恋も探せるかも知れないですね。』
「クルル!」
恋の言葉に目をキラキラとさせる。楽しみを見つけられて喜んでいるオパール。アリスちゃんが好きだったのもあって人間の造形が好みなのだろうか?
その日から人と話す事が必要な場面で、オパールに表に立って貰い私が腹話術状態で会話をするかオパールが字を書き筆談する方法で人間との交流に成功した。
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