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思い出の屋敷【スヴァイン視点】
しおりを挟む祖母との大切な思い出があり、思い出が有るからこそ立ち入る事が出来なかった屋敷。
踏みしめた時に感じる足の感覚、そして香りから微かに思い出させる記憶があるけれど見えない事を少し残念に思う。
しかし思わぬ所から昔を思い出せた。
カタンッ
『ひゃぁっ!!』
歩く人を脅かす仕掛け。それに大袈裟に反応するマーリット。仕掛けの音と、彼女の驚く声で屋敷であった思い出を感じる事ができた。
(この仕掛け、俺も最初は驚いたな。)
怖くても俺を守ろうと振る舞うマーリットを抱き締めたくなる。
俺にそんな権利は無いけれど。
そんな彼女の事をもっと知りたくて、握る手から彼女の感情が読み取れる気がして、少しでも離したくないと思ってしまっていた。
そろそろ目的地の客室に着くか?と言う頃。何かの仕掛けが発動した。彼女なりに全速力で走っただろう速度は簡単に追い付ける速度でそれが何故か心を温かくする。
(誰かが驚く反応を見るのは結構面白い。祖母もこんな気持ちだったのだろうか。)
推理小説のトリックを試していたはずなのに、ソレを利用して人がビックリする仕掛けが多くなったこの屋敷。祖母は変な趣味をしていると思ったけれど少しだけ気持ちが分かってしまった。
考えていると何処かに押し込もうとする彼女に大人しく従い、座ると頭を両手で抱えられ柔らかい何かが頭に当たる。
柔らかい・・・何か。
少しパニックになっている彼女には申し訳ないけれど、包まれている彼女の香りと柔らかい感触に胸が騒がしくなる。
(場所が悪い。)
そう思って柔らかいソレが当たらない様に頭を動かすと動かない様にと更に力が強くなり押し付けられる。
(まずい。)
マーリットとは違う意味で心臓がバクバクと煩くて仕方ない。確かこの辺は薄暗いはず・・・とその事に感謝しながら体の熱を紛らわす事に集中する羽目になった。
◆◆◆
客室に入るとホッとした吐息が彼女から聞こえた。無事に着くことが出来たみたいだ。
マーリットは俺を守る事は当たり前だと言う。
当たり前に守られる事が俺には新鮮で、怖いのに守ろうと必死な彼女が可愛くてたまらない。
怖いからと言う理由で同室を提案されるものだから、俺はそれなりに信頼されているのだろうと嬉しくなる。
信頼関係さえ築く事が出来れば長く共に生活ができる。それは俺にとって有益だ。
(何か彼女の為に出来る事は有るだろうか。)
そんな思いが頭に浮かんで自分の事なのに驚いてしまった。
マーリットの為なら何かしたいと思える事。
何もしたくない、終わりにしたい。そう思っていた俺に現れた変化。
まだ俺にも何か出来るかもしれない、という希望が生まれていた。
(国王陛下と話が出来ればきっとマーリットの環境は変わるはず。)
その結果、彼女との生活が終わり、再び何も出来ない己になったとしても、きっと後悔は無い。その時はこの屋敷と土地を売り、遠く離れた田舎でクローと暮らすのも良い。
『早く帰ってきて下さいね。一人だと怖いので。』
彼女の口からその言葉を聞いた時、魔物の討伐に向かう仲間に伴侶が言っていた「早く帰って来てね。」の言葉を思い出した。
醜くなった俺にも帰ってきて欲しいと思ってくれる存在がいる。
(嬉しい。ここに帰ってきたいと思える。)
それからは、マーリットが待っている屋敷に早く帰りたいとばかり考えて殆どの人間の言葉を聞かずに必要事項だけ進めていった。
ちょうど居合わせた騎士見習いに先導を任せたが、さぞ居心地が悪かった事だろう。
「おい、スヴァイン。騎士を辞めるなんて正気なのか?新しい立場を国王陛下が与えてくださると言うのに。」
「・・・」
やたらと今日は面倒な人に絡まれる、なので必要無い問いかけはほぼ無視して歩みを進めた。そんな態度に「やはり悪霊に魅入られて・・・」などぼやかれる。
無駄な会話はしなかったのに、やけに色々と時間がかかり、終わったのは夜。クローを買う話も「待ってくれ、上に確認を。」とやたら待たされた挙げ句、まだ分からないと言われる。
「俺は何のために来たんだ。」
クローの買取の話も進まず、騎士も辞められていない。代わりに休暇と国王陛下との謁見の申請だけ出すことが出来た。
「早く帰ろう。」
急ぎ帰って見れば、招待もしていない客人が来ていて色々あった。
それよりもマーリットの作ってくれた料理だ。
香りから、まさかと思い食べてみれば思っていたままのソレ。懐かしい味。
祖母が生きていた頃、専属の料理人が作っていた料理。俺の食生活を心配し、祖母と料理人が相談して作った料理だった。
健康を考えての料理だから味の濃い調味料も控えているもので凄く美味しい訳ではない。だけど優しい味。
◇◇◇
「ほら、スヴァイン。野菜もしっかり食べるのよ?貴方が元気なら私も元気になれるわ。」
「そんな子供扱いしないでくれ。」
「あら、私からしたら子供よ?大切な大切な孫だもの。」
◇◇◇
体が弱っていた祖母がそんな事を言うものだから、元気になるならと目の前で沢山これを食べた。
味見して、そんな昔の事を思いだし「悲しい」と思う前に嬉しい気持ちが溢れる。
嬉しいのはきっとマーリットのせい。
(これを食べるのは俺だけがいい。)
下らない理由から「こうしたらもっと美味しくなるのに。」と前から思っていた調味料を追加して貰った。
(これで、マーリットの料理じゃない。俺とマーリットの料理だ。)
そんな自己満足をした後で気がついた。
(他人の料理に口出しするなんて、悪い事をしたかも知れない。)
ヒヤリとした瞬間、マーリットの『美味しい!』と喜ぶ声が聞こえ安堵した。
(マーリットには嫌われたくない・・・。これから気を付けよう。)
そう思ったのに。
・・・
「それにマーリット様はスヴァイン様の顔にある醜い傷は気にならないのですか?
それとも自分が見えなくなったから唯一それが気にならない男で妥協でもしているのでしょうか。」
この魔法使いの言葉が心に突き刺さった。
俺で妥協している。俺と居ると、そんな風にマーリットが見られてしまうのだろうか。
お互いに利害が一致しているとは言え、彼女の行動には善意で行われるものが多いと感じる。姿が見えない彼女を人混みから結果的に助ける形にはなったけれど、以降の彼女の行動はその恩を上回るものだ。
俺の異変を察し、逃げ道を作ってくれた。
妖精の世界で心を癒す時間をくれた。
醜い俺に「早く帰ってきてほしい。」と言ってくれる。
こうして住める環境を整え、この料理を食べる事が出来て・・・
彼女との記憶は全て、俺の心を軽くしていく。
それなのに、俺と共に居てくれる彼女が「妥協して俺の側に居る。」そんな風に思われ続けるとしたら。それは本意ではない。
離れるべきなのだろうか。
婚約もしていない。恋心も向けていない相手とそんな噂になるのは不快だろう。
もし、俺じゃない理解ある誰かに彼女を託すとするなら。きっとこの魔法使い。
この魔法使いは若いのに国一番と言われる実力を持つ人物だったはず。
それに。
顔も良く女性から人気だと聞いた覚えがある。
その方がいいと分かっているのに昔見た彼の姿と妖精の世界で見た可愛いマーリットの姿、二人が並ぶ姿を想像しただけで心に闇が広がる。
『醜いって何ですか、国王陛下をお守りして出来た名誉ある傷ですよ!?ロマンしか無いでしょう!どこをどう見ても格好いいじゃないですか!』
その言葉に耳を疑った。
信じがたい言葉なのに、マーリットの言葉は力強く。
まるで昔の俺を語る新人騎士の様に今の俺を格好いいと言う。
(格好いい・・・今の俺が?)
ただの社交辞令かもしれない。だけど彼女は出会った時から独自のロマンを持っている。
もしかすると本当にそう思ってくれているのかもしれない。そんな説得力があった。
彼女は得難い人だ。
彼女に、
マーリットに好意を持っても許されるのだろうか。
醜くなった俺でも気味悪がられたりしないだろうか。
『スヴァインさん。明日の計画にこのお屋敷使っても大丈夫でしょうか?もし、何か壊れても必ず直すと約束します。』
何かの計画を話していた彼女達から急に許可を求められる。考え込んでいて何も聞いて無かったが「構わない。」と一言返した。
『本当ですか!?ありがとうございます!』
とても嬉しそうな声色で喜ぶ彼女に心から思う。
彼女が喜ぶのであれば、何をどうされようと構わない。
俺の物ならいくらでも差し出す。
だから、少しでも長く共にいたい。
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