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頼れる場所
しおりを挟む「マーリット様は既に私の一部の様な存在だ。彼女に何かしようものなら容赦はしない。」
この人、全力でヤバい人を演じてるぞ!?
ノリノリのスヴァイン様である。働きたくないという思いがまさかのパワーを彼に与えました。一時的にハイになっているのでしょう。
「マーリット様、私の剣をこちらに。」
これは乗った方がいいんだろうな。ソレが何だったにせよ、せっかく見せた彼のやる気を無下にしてはいけない気がします!
部屋を見渡して、騎士達の横を走り抜け壁に立て掛けてある剣を手に持つと彼の手に握らせました。
すると剣と共に差し出した手ごと捕まり、腰を引き寄せられる。
ワンコ騎士達からすれば、自分たちの側を何かが通った気配とスヴァイン様の元に飛んで行く剣に見える事だろう。ニコニコの彼を前にしてのホラー展開。
「な!!」
「スヴァイン様!?」
二人が青ざめてガタガタと震えるのが分かる。
そうそう!ワンコ騎士はお化け苦手だった!怯えている姿可愛い!・・・ここに来たのも半信半疑で来たのかな??そんな思いに浸っていると塩の痛みで涙の溢れる目元に温かい指先が触れる。
「あぁ、マーリット様。可哀想に、怖かっただろう。」
見えて無いせいか顔が近い!!
ぐいっと寄せられる美しい顔のお陰で推しに塩を掛けられた傷がぶっ飛んで行った。
ついさっき刻んだ傷の事も忘れてバクバクと荒ぶる私の心臓。本当に単純な人間です、私は。得した気分にすらなっています。
「スヴァイン様!!悪霊に心を許してはなりません。昔の貴方を思い出して下さい、強くて弱き者に手を差しのべる僕の尊敬する騎士です!」
これはまずい。
彼の私に触れる手が微かに震え冷たくなる。
この言葉が確実に彼を追い詰めて行っている。彼自身だって分かっている。何故昔の様に動けないんだと戸惑いと情けない気持ちと・・・それでも全てを捨てて逃げ出したい気持ち。
ん?この展開どこかで・・・
・・・
(そうだ!謎のザワザワする気持ちを感じていたけれど、これは私の推しが話していた過去話の展開!!)
やっと思い出しました。
ワンコ騎士の後悔。
尊敬していた騎士にどんなに素晴らしい人だったか、どんなに自分が尊敬しているかを必死で伝えたかったのに目の前で自死してしまったと。僕があの人を知らず追い詰めて殺してしまったと後悔する過去の話。
思い出すと今の状況に背筋が凍る。ワンコ騎士と一緒に来た先輩騎士のスヴァイン様に対する尊敬の念が今も語られる中。私の手と共に握られた剣からカタカタと小刻みに揺れた。
この剣を離してしまったらきっと彼は・・・。
不穏な空気に絶対に剣を話さない!と強く握り込み、彼の顔を見れば何もかも諦めた様な表情をしている。
なんとかしなくては・・・
「今のスヴァイン様は、本当のスヴァイン様じゃないんです!思い出して下さい!」
余計な事を言うんじゃない!!ワンコ騎士!
どうしよう!どうしよう!!
焦り考えるうちに、剣を持つ手に力が入り剣を抜こうとする。
(くっ!力、強っ。)
それに抵抗して、がっちりと剣を離さない私を鬱陶しそうに見る視線がやってくる。だけど断固として負けられない。
『ダメです。』
兎に角この場から離れなくては。
だから悪霊として精一杯の色気を絞り出して演じてみた。
『スヴァイン様、もっと良い事しましょう?私を抱き締めて。』
「「「!?」」」
この場の動きを止めるインパクトあるフレーズがコレしか思い付きませんでした。
「こ、声が!?確かにマーリット様に似た声が!?」
「ひぃ!!」
騎士二人の過去のスヴァイン様最高!な演説が私の声によりピタリと止まった。
背の高い彼の首に腕を回すと引き寄せて耳元に口を寄せる。
『私を抱き締めたら共に姿が消えます。ここから私と逃げましょう。そうしたら静かな田舎暮らしは目の前です。』
「・・・」
『それに彼らの目の前で消えて見せたら推理小説のワンシーンみたいで盛り上がりませんか?』
わーわー騒ぐ二人には聞こえない様に小声で言うと暫く唖然とした様に首に抱きつく私に目を向けながら腕を伝い肩に彼の手がやって来る。
推理も何も消える魔法と同様にタネも仕掛けもない話ですけれどね。
「それは、魅力的だな。」
「スヴァイン様!?だめです!」
「やめてくださいスヴァイン様!!」
制止の声も聞かず、そのまま私を正面から抱き締めてくれた。これがイケメン、動作がスムーズです。
何かを抱き寄せる姿勢にワンコ騎士達はスヴァイン様の腕を掴み引きはなそうとする。目の前で消えていく尊敬する騎士の姿に二人の騎士は焦りを見せました。
「消えて・・・そんな!?」
「スヴァイン様ー!!」
焦り戸惑う騎士達を尻目に、そこから彼の行動はどんなアトラクションよりも怖いスピーディー逃亡でした。
お姫様抱っこされて『おっ』と喜んだのも束の間。
窓から飛び降りたかと思えばスヴァイン様の魔法でビュンと飛び降り、着地成功。安堵していると目の前に大きな黒馬が走り込んできて、ブルンと荒い鼻息を掛けられたかと思えば大きなその馬の背に乗せられて疾走しているのです。
『ーーーーーー!!』
後ろからしっかり抱えられているものの、怖くて怖くて仕方ありませんでした。
馬にしがみつき高速で流れる景色。何が通ったとか何が有るかも目で追える余裕はなく、ただ強く吹き抜ける風と振り落とされない様に耐える時間。
◆◆◆
トントン
『は!!』
暫くして背中をトントンと優しく叩かれた事に気がつく。必死にしがみつく事ばかりを考えていたのでパカパカと足並みがゆっくりになっている事にも気がつかず、ガタガタと震えながら様子を伺う。
(怖かった。)
「宝石を盗む怪盗にでもなった気分だった。」
『そ、そう、すか。うっ。あの、行くあては有るんですか?』
「無い。今、クローが何処を走り何処に居るのかも知らない。クローは人や物に当たる様な馬ではないからクロー任せに走りたい所まで走ってもらった。」
この人は突然何処か遠くに行きたくなって新幹線に飛び乗るタイプの人なのでしょうか。
私は予定を立てても旅行日に近づくと行きたくなくなる人なのでタイプが違いますね?
それと、馬の名前がクローって黒いからクローだったり?
『もし、行き先が無いのでしたら明日は妖精王の所へ行っても良いでしょうか?』
「それは、俺も共に行けるのか?」
恐怖でヘロヘロの私からそう聞くと、彼の瞳には少しの輝きが宿り聞き返してきた。
『はい、【妖精の仲介人】が一緒なら付き添いは問題ありません。しかし空気の澄んだ早朝しか行けませんけど大丈夫でしょうか?』
「もちろん。こんな機会が有るとは思わなかった。君と居ると刺激的だな。」
騎士の生活より刺激的なものも無い様な気もしますが、きっと別の種類の刺激なのでしょう。
そのままクローがパカパカと楽しむような足取りで進むと小さな町が見えてきた。
ゲームなら始まりの村と命名されるだろう小さく穏やかに見える町。レンガで作られた壁に赤い屋根が可愛い町並みだった。ここは私達の居た王都からだいぶ離れた町だと分かる。
『小さな町が見えます、ここは確か・・・』
何も知らないスヴァイン様に代わって周囲をよく観察しここがどこなのか推測を試みると。
『あぁ!思い出しました。騎士達の騎乗する馬の訓練が行われる村です。村人は馬の調教に秀でているとか。凄いわ、こんなに遠くまで走れるなんて。クローさんは主人の為に頑張ったのですね。』
私の言葉にブルンと返事をしてくれる。この子は本当に賢い子だ。
もしかするとクローの母校みたいなものかも知れません。クローなりに自分の頼れる場所を探したのでしょう。
(健気で可愛すぎます。)
馬に対して可愛いと言う気持ちを噛み締めながらグッと自分の手を握った。
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