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落ち着いて話せる場所。
しおりを挟む私を離したスヴァイン様は、程なくして戻ってきた若い騎士によって発見されました。
「スヴァイン様!?探しましたよ。」
「ずっとここに居たが。」
「え!?そう、でしかた?失礼いたしました。宿舎へ向かいましょう。」
隠す気も無く投げやりなやり取りをヒヤヒヤしながら見ていると若い騎士の肩に手を乗せて誘導されて歩き出す。
「マーリット様。必ず付いて来て下さい。」
『はい!』
不意に確認され良い返事を返すとスヴァイン様の口元が弧を描く。それに反して、私の声に驚いた若い騎士がビクリと体を揺らした。
(しまった。咄嗟に声が・・・。それに私の事は秘密にして欲しいと言うのを忘れてました。)
騎士の口は固いでしょうか?
存在を認識して貰えて嬉しい気持ちと、隣でガタガタと震えだす若い騎士に申し訳なく思う気持ちで複雑です。
「マーリット、様、ですか?」
「あぁ、連れ帰り事情を聞くことにした。」
「ふぁっ!!ま、マーリット様が、こ、ここ、ここに!?ですか!!悪霊になったと聞きましたマーリット様が!?」
「悪霊ではない、ここに居る。」
この、スヴァイン様の当たり前の様な態度が恐怖感を更に与えているんだと思う。
自分には見えない者の気配を察した目の見えないスヴァイン様相手に逆らえないけれど怖いのは怖いですよね。
震えながら時折背後を確認する若い騎士と「いるな?」と訪ねられては『はい』と素直に答える私。存在を隠す前に言われてしまったし・・・私の覚悟はなんだったんだと思いながらも樽の上からは救われた。
騎士二人の周辺は人が寄り付かなくて、ピッタリと二人の後ろを歩けばぶつかって来る人も居なかった。
それに私の爪先がスヴァイン様の足にコツンと当たると後ろから来ている事を確認できるからか声かけも暫く無くなる。これは若い騎士の心労軽減になりました。
「もう少し歩く速度を下げてくれないか、マーリット様がはぐれてしまう。」
「ひぃっ!ぁっはい!!」
若い騎士が可哀想。
そうして王城の敷地内にある騎士宿舎のスヴァイン様の部屋まで来ると「それではココで失礼いたします!!」と脱兎のごとく走り去って行く。
「騒がしい騎士だな。」
『悪霊だと騒がれる私を連れて来たと言うのですから、普通の反応だと思います。ここまで連れて来て下さっただけでも感謝しなくてはいけません。』
私の言葉に「そうか。」と一言だけ呟くと部屋の扉を開けたスヴァイン様。
室内はしっかりと整頓されていて他の騎士達より良い部屋が与えられて居る様子。
掃除もきっと王城で働く者が請け負っているんでしょう、ベッドのシーツにはシワ1つ無く綺麗過ぎます。
スヴァイン様は自室だからか手助けが無くても慣れた様子でスタスタと・・・
ゴン!!
「いたっ。」
慣れては居なかった。
『お手をどうぞ。どちらに向かわれますか?』
「助かる、手洗い場に。」
『畏まりました。』
部屋の構造はシンプルなものなので手洗い場はすぐに見つけられた。手洗いや浴室、トイレもある部屋で構造や設備は前世と遜色無い様に思える。
(乙女ゲークオリティに感謝。)
『私も手を洗って良いですか?』
「あぁ。」
二人で並んで水で手を洗う。
『石鹸どうぞ。』
「ありがとう。」
あわあわ。
一通り洗い終わると水を出し、スヴァイン様の手を軽く握ると水の方へと誘導する。泡が残る所は手を沿わせて洗いながら自分の泡も流した。タオルで手をポンポンと拭うと部屋へ戻る。
「凄いな、母親でも部屋に来ているみたいだ。」
『母親・・・ですか。スヴァイン様の手伝いをする侍女は居ないんですか?』
「いない。自分の事は自分でできると意地になってしまったんだ。結果はこの通り。」
スヴァイン様は私の声がする方向を探してこちらに顔を向けようとしてくれているけれど視線は合わない。それでも光を失った瞳は私を見ようとしてくれる。それがとても嬉しかった。
『情けない事などありません。貴方は国王陛下を救った英雄ですから。それに私を見つけあの場から救って下さいました。』
「困っていたのか?」
『はい、とても。酒樽の上で動けなくなっていました。』
ははっ、と笑いながら情けない状態に至った経緯を話す。それが約束でもあったから。
他人の部屋ではあるけれど、落ち着いて話の出来る部屋に居られる安心感から、何時もよりお喋りになっていた。
◆◆◆
「なるほど。それであの場に居たのか。」
『はい。どうですか?スヴァイン様の推理とどのくらい合っていましたか?』
「・・・全く違ったよ。君が消えてすぐに殿下が君の妹と婚約したものだから、てっきり妹と殿下の関係に気がついて身を引いたのかと・・・。まさか姿が見えなくなっているとはな。本物の推理となると難しい。」
はぁ、と残念そうにソファへ沈むスヴァイン様。紅茶のおかわりを入れながら苦笑いが出た。身を引いた・・・きっとそう思う人はそれなりに居るのでしょうね。
『私はそんな優しい人ではありません。』
「そうだろうか。」
『そうです。』
ここに来て2杯目の紅茶を差し出すと、手に触れてカップルの場所を彼に教えてから座っていたソファに戻る。ちゃっかりクッキーも見つけて了承を得てからテーブルに並べた。そしてもりもり食べた。
「君は気安く俺に触れるんだな。」
『申し訳ございません、嫌でしたか?見えない分、手助けが必要かと思いまして。』
「いや、いい。ただ心配になっただけだ。こうして俺の部屋にも一人で訪れるし警戒心が少し薄いのではないかと。」
『っふ、ふふふ。』
誰にも見えない私に警戒心の話をするなんて、と少し面白かった。真面目な人だ。そんな真面目なスヴァイン様も好奇心で私を部屋に入れたのだろうけど。
『私は今や誰にも見えないですから。そんな心配は不要なんですよ?』
「本当にそう思うなら考えを改めた方がいい、全てが見えない俺からしたら他人と何も変わらないのだから。」
スヴァイン様の立場からすると他の人と何も変わらない・・・。そうなのか・・・なんだかとても嬉しい。
『確かにスヴァイン様からしたら何も変わらないのかも知れませんね。しかし、貴方に関してでしたら一度護衛して頂いてますから信頼しています。真面目で仕事に誇りを持つ人だと。それに美人な婚約者もいらっしゃいます。貴方なら不誠実な事はしないでしょう?』
婚約者が居るのに自室に女性を入れるのはどうなんだ?と問いたい所。とても美人な女性で天真爛漫な明るい女性だったと思う。スヴァイン様と婚約とあり、きっと嫉妬や妬みも凄かった事だろう。
婚約者の苦労を考えていると、スヴァイン様のお体から力が抜けてソファに深く背を預ける。まるで溶けついく様にだらりと手足に力が入って居ない。
「それも過去の話しだ。今はあの時の欠片も面影がない自分が居る。」
遠くを見て、無表情ながらも何か懐かしむ表情を作る。
「国王陛下をお護りし、俺は職務を全うした。私の役目は終わった、とあの瞬間そう感じたんだ。
正直な気持ちを言えば、もう働きたくない。可能なら今回の報償金でのんびり田舎で暮らしたい。それなのに国王陛下が私を信頼しているとかで、今後も相談役として側に付くように言われている。目が見えない私に何ができる。」
悲しいと言うよりも終電に乗るサラリーマンの様なお姿。やっと仕事が終わり、ただ早く帰りたい、少しでも疲れを癒したい、そんな雰囲気に見えます。
彼の気力を感じない瞳はこの事だったのか・・・と納得しました。
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