上 下
11 / 44

無計画なプロポーズ

しおりを挟む
 
 数時間前に誠人が店に入った時、客入りはまばらだったが、昼を過ぎたせいか結構な賑わいを見せていた。
 バーの端から端まで視線を滑らせて、特に目新しい子もいなければ、好みの子もいない。誠人まことは仕方なくカウンターに腰を下し、軽く何か注文することにした。

「水割り、薄目にして」
「え、珍しいですね? 昼間から飲むなんて、何かあったんですか?」

 聞かれた誠人は「何もない」と返事を返した。
 こちらの返事を聞き、バーテンは軽い微笑を浮かべて「そうですか」と誠人の注文の品を作り始める。出てきた水割りに口を付け、これを飲み終わるまでに好みの相手が現れなかったら帰ろうと思っていると、カタンと店の入り口が開き、徹が入って来るのが見えた。
 その後ろに海翔の姿が見えて「はあ?」と顔面が崩れそうになるが、平常心を心掛けた。
 誠人を見つけた徹がニヤ付いた顔を見せ、こちらへと近付いて来ると。

「バイト、丁度あがりだって言うから、取りあえず、何か御馳走しようかと思ってさ」

 そう言って後ろへと親指を投げる。徹の肩越しにピョコっと海翔が「さっきぶりだね」と手をふりふりと振り、誠人に笑顔を見せた。
 普通に可愛い挨拶も出来るんだな……、と年相応の仕草をする海翔を見つめながら、以前、言い寄られた誘い顔を思い出した。
 あの日、誘われた顔を忘れることが難しく、しばらくの間、悶々とさせられた。ふと見せる表情は艶っぽいし、何と言っても海翔の熱っぽい視線は男をソワソワさせる。

「あ、誠人さん昼間っから飲んでるの?」

 海翔に尋ねられ、持っていたグラスを誠人は自分の目線まで上げると「かな?」と間の抜けた返事をして見せた。
 口を緩めた海翔が「ふうん」と言って誠人の隣に座ろうとするが、徹に阻止される。

「君の席はこっち」
「うん?」

 徹が誠人の隣に座り、徹の横に海翔が座った。
「この子に軽い物でも用意してあげてよ」と言う声が聞え、まあ、酒を絡ませ誘うのは男も女も同じだし、それに関してとやかく云う心算つもりも無いが、見え見えの誘い方に、海翔がそれで乗って来るとは思えないが、と思ってしまう。
 海翔は、ずいっと前のめりになると、こちらへ顔を傾け「誠人さんと、二人はそういう関係なの?」と徹との関係を聞いて来る。

「ちょっ、……気持ちの悪い聞き方は、やめてくれ」

 誠人は思いっきり否定した。

「なんだ違うの……」
「見れば分かるだろ」
「分からないよ。俺は誠人さんに思いっきり拒まれたから、ちゃんとした相手がいるのかと思って当然でしょ?」

 海翔の言い分を聞き、それもそうか、と納得しかけ、いやいや、と頭を振った。自分と徹の関係がそう見えていたなら、今後は二人で行動はしたくないとせつに思う。
 軽く落ち込んでいる誠人を置き去りに、海翔は店内を物珍しそうに見回していた。
 
「ゲイバーとか初めてなのか?」
「うん、初めて」

 素直に返事をする海翔を見て、ふと思い出す。

「あれ、そういえば、お前……未成年……」
「保護者がいるならいいんじゃないの?」
「そんな法律あるか」

 誠人はマスターに酒じゃなくてジュースに切り替えるように伝えた。

「ほんと、おじさんは真面目だなぁ……」
「お兄さんだって言ってるだろ」
「ねえ、ところで、ここって会員制なの?」
「いや、会員制じゃない。けど、知り合いに連れて来てもらわないと、この外観はバーだって分からないからな、知らずに入って来る客は殆どいないよ」

 ふうん、と海翔は口を尖らせた。
 まだまだ、世間知らずな部分も多いようで、ゲイバーに来るのが初体験だと言い、目を輝かせる姿は可愛らしく映った。徹が割って入るように視界を遮り「で、海翔くんはゲイなの?」と聞く。

「そうだよ。今まで男しか相手したことない、って誠人さんに聞いてないの? 知ってて連れてきたと思った」
「まあ、一応確認だよ。今日はどうする予定?」

 マスターから差し出されたオレンジジュースを海翔は口にしながら「ンー、別に、何する予定も無いかな」と返事をした。すかさず「セックスも?」と徹に聞かれ、少し間を空けて「うん」と答える。

「あらら、今日は駄目か」
「そのつもりで、俺を連れてきたの……?」
「そりゃあ、ねぇ……、まあ、それとは別で、誰かさんの反応も見たかった」

 ちろっと誠人を見る徹の目には、揶揄も含まれていたが無視した。
 それにしても、駆け引きも何も無い海翔の反応は新鮮だった。このバーに限らず、普通、誘われた相手は、その気にさせて欲しい意味を込めて、うん、ではなく、そうかも? とか、相手次第? とか、駆け引きを含んだ言葉が多い。それに誘われる側も、誘った側も、手探りを楽しむ傾向がある。最終的にはヤルだけなのに変な話だ。
 海翔はオレンジジュースを全て飲み干すと「じゃあ、帰るね」と手を振り帰って行った。隣にいる徹が「一筋縄ではいかないなぁ……」と、ぼやくのを聞き、誠人も大きく頷くと助言をした。
 
「あの手のタイプは、手を出さない方が賢明だ」
「そんな牽制しなくても、別に本気で誘ったわけじゃないから安心しな」
「誰が……牽制を」
「いやいや、手を出すな、って言っただろ?」
「だから、痛い目を見るから気を付けろっていう意味で言ったんだ」
「そのセリフ、自分で言ってて気が付かないのか?」

 呆れた顔で徹は話を続けた。

「遠回しに手を出すなって言ってるのと一緒だろ? 俺が酷い目に遭ったとしても、お前は痛くもかゆくもないのに」

 言いながらニターと、徹にいやらしい笑みを浮かべられて苛っとする。
 けれど、そう言われると、そうだと思う。別に徹が痛い目に遭おうが誠人には一切関係ない、下手すれば、そんな目に遭う徹を面白がるだろう。

「確かに、変だな、ヨシ、手を出せ」
「ホントお前って馬鹿だな……、あの子、俺が誘ってもここへ来るのは嫌だって言ったんだよ。誠人が待ってるって言ったから付いて来たのに」
「……あ?」
「誰でもいい見たいな素振りしてるけど、意外と人を選んでるんじゃないの?」

 それに関しては、この間、酷い目に遭ったことを教訓にして、徹を警戒しただけだろう。誠人は海翔の怪我を治療したのだから、一緒だと聞かされて警戒を解くのも当然だ。

「知り合いがいると聞かされて安心しただけだろ」
「それだけとは思えないけどね」

 結局、しばらく店にいたが、好みの子も現れることなく、誠人は大人しく家へ帰った――。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人

花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。 そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。 森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。 孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。 初投稿です。よろしくお願いします。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

処理中です...