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チノちゃんと新しい友達

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――――ある日の昼下がり。正午頃に一気に増えた客足も徐々に落ち着き、ローランは皿洗いを、チノは彼を手伝ってキッチンでお皿拭きをしていた頃だ。

  ふと、カララン、とドアベルが鳴り、新しい客が入ってきた。

「いらっしゃい――――――っ!?」

その客人を見た瞬間、ローランは思わず驚いて目を見開く。

ローランよりもひょろりと背が高く、金髪に綺麗な緑の瞳が印象的なその客は、ローランを見るとニッと口角を上げてこう言った。

「久方振りだなァ、ダチ公!」

突然やってきたその客人の発言に、キッチンから何事かしらとやって来たチノが、文字通り目を点にして固まっていると、ローランはカウンターから出て、親しげにその男の肩を叩いた。

「アレンじゃないか!いやぁ、魔法学校振りか?相変わらず背ぇ高いなお前!」

「ハハッ、ローランこそ、何処かでくたばってなくて何よりだぜ。学校を辞めた後、喫茶店を開いたとは風の噂で聞いていたが、まさか本当にやっているとは…………」

と、魔術師二人が久々の再会を喜んでいると、暫くしてようやくフリーズが溶けたチノが、恐る恐る二人に近づいて来た。そうして、そんな彼女を金髪緑眼の男が目ざとく見つける。

「おや?そちらの可愛いお嬢ちゃんは――――――あ!ローランてめぇ、まさかもう身ぃ固めて子供まで出来たのかよ!?」

「な、訳あるか!よーく見ろよ、この子はチノ、今の俺の使い魔だよ。 ………まあもっとも、今では娘同然に大切に思っている子だから、間違ってはない…………のか?」

ローランはそんなことを言いながら、チノを見下ろすと

「コイツはアレン。父さんの……まあ、学生時代の友人だ。父さんと同じ魔法使いさんだよ。ほら、ご挨拶は出来るな?」

と優しく声を掛けて娘に挨拶を促した。

「う、うん……。 は、はじめましてでし!チノはチノでし。パパのむすめでし!よろしくお願いしますでしー」

そう言ってチノが丁寧にお辞儀をすると、目の前のアレンはチノの目線の高さにしゃがみ込む。ニコニコと頷きながら、アレンはローランよりもやや大きな手でチノを撫でた。

「うんうん、よろしくなーチノちゃん。あ、そうだ。じゃあ、ウチのチビとも仲良くしてやってくれ。おーい、テマー」

アレンがそう呼ぶと、喫茶店の入り口から、何かが風のようにこちらに走り込んでくるのが見えた。弾丸のように飛んできたその黒い毛むくじゃらのかたまりは、チノとローランの前に来ると

「にゃん!」

そう一声鳴いて、みるみる人間の――――チノと同じくらいの背格好の少年の姿に変化した。

チノとは違い、渋茶色の綺麗なストレートの短髪に、主人であるアレンとそっくりの、エメラルドを思わせる綺麗な瞳。パリッとした白いシャツの上からは紺色のサスペンダーが掛かっており、それを黒い短ズボンと繋げている。極めつけに、渋茶色の頭の上には黒い猫の耳、お尻からはチノと同じように、黒い尻尾が二尾、ひょろりと顔を覗かせていた。

「おお、お前の使い魔も猫だったのか……!あぁ、俺はローラン・オーヴェンス。こっちは娘のチノ。よろしくな」

「て、テマです。よろしくね、チノちゃん」

「テマくん、こっちこそよろしくでしー!」

チノもテマも、同種族・同年代の友達が出来たことが嬉しいのか、お互い直ぐに打ち解けた。

「ねぇチノちゃん、もし良かったら一緒に遊ぼうよ!」

「うん!もちろんいいでし!」

そうして、数分後にはカフェの庭で追いかけっこや花摘みをしたり、店の中に帰ってきたかと思えば、テーブルに白い画用紙を広げて、クレヨンで絵を描いて遊びだしたのだった。

――――――一方その頃、保護者である魔術師達は。

「…………しっかしお前も、すっかり良い父親じゃないか。えぇ?」

楽しそうに遊ぶチノとテマの様子を見ていたローランに、アレンは横からそう声を掛ける。ニヤニヤとしたり顔で頷きながら自分を見る彼に、ローランは少しだけ眉根を下げてからため息を吐いた。

「…………そんなんじゃないさ。今だって、カフェの運営にアイツの世話に、日々必死だよ。 …………まぁ、あの子のお陰で得るものも大きいんだがな」

「…………そうか」

そう返すとアレンはローランに断りを入れて、薄い水色のシャツの胸ポケットから、タバコとライターを取り出して、それにジッと火を付けた。

「…………アイツ、チノちゃん?お前が拾ったんだろ? …………確か元は、妖獣や聖獣の雑技団で――――」

「ストップ。その話を今はするな。あの子達に聞こえるかもしれないだろ。 ――――それに、チノは昔の記憶を“意図的に“無くしている」

ローランの口から飛び出たその話に、アレンは思わずその翡翠色の瞳を、スッと細めた。

「お前それ……相手の記憶や意識を操作するのは、高等魔術の範疇だぞ!?」

「分かってるよ。学校もまともに出ていない俺がそんなもの使えるわけない。だからあの子に……チノに掛けたのは簡単な暗示魔法だけ。にも関わらず、あの子が昔の事を殆ど覚えていないのは、その施設に居たときのショックで、精神的なものだろうよ」

「……そうか」

広いカフェのテーブルで、楽しそうにおしゃべりしながら、すいすいと画用紙にクレヨンを走らせていくチノとテマ。そんな二匹の猫又とは対照的に、片方のご主人はいつの間にか入れてきたブラックコーヒーをちびちびと啜り、もう片方のご主人は、唯無言でタバコを燻らせている。

「なぁローラン」

「なんだよ、 アレン」

ふと、アレンがローランに声を掛ける。その声は先程の明るさとは打って変わって、確かに心配の色が滲んでいた。

「…………後悔だけはするなよ」

「…………分かってるさ」

喫茶店に常備された灰皿に、タバコの灰が積もって、崩れ落ちていった―――――
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