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第九幕
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「うん。いいんじゃない?」
「ありがとうございます!」
歌を覚えてこいと言われてから約束の3日後。
今日は事務所で借りているスタジオへ日暮貴文に呼び出された。
着いて早々防音室へ誘導されて「じゃ、歌って」とガラスの向こう側で日暮が音源を流す。
イントロが流れ始めて、俺は目の前にあるヘッドホンを耳に当てて困惑したまま歌う。
歌い終わり「うん。じゃあ次」とだけ言う日暮。流石に水分補給はさせてくれたが、その後ほぼノンストップで15曲歌わされた。
必死に覚えた歌の披露に不安もあったが、日暮の柔和な笑みを見て安心する。
紙にメモをしている日暮が、自身の前にあるマイクを通して俺に話しかけてくる。
「よし、一旦休憩挟もう。食いに行くよ。」
「はい!あ、でも俺遊星に弁当貰ってて……」
ヘッドホンを外し、元の場所に戻しながらそう答えるが、日暮は聞く耳を持たない。
「俺だけ外で食べさせる気?付き合ってよ。」
有無を言わさないという強引な言葉と瞳に圧されて、心の中で遊星に謝りながら日暮に付いて建物を出る。
「さて、どこにしよっかな。」
マスクとサングラスを付けた日暮だが、スラリとしたスタイルの良さは隠せておらず、道行く人々がチラチラと視線を向けてきているのが分かる。
一応俺もマスクつけたけど、意味なんてほとんどない。
周囲の視線を無視して目的地が決まっているような足取りの日暮。その後ろをただ付いて行く。
会話などなく、何か話した方がいいのかなと思うが特に思いつかない。
頭の中でぐるぐる考えていると、前を歩く日暮がピタリと立ち止まり、店の表にある看板のメニュー表を眺める。
カフェのようなその店は、大人っぽい落ち着いた雰囲気で、普段だとおしゃれすぎて入るのを躊躇うレベルの店だった。
「いらっしゃいませ、2名様でよろしいでしょうか?」
「はい。それと店長いますか?」
「え?あ、かしこまりました。座ってお待ちください。」
慣れた様子で近くの席に座る日暮を真似して、前の席にお邪魔する。店員さんが離れてすぐ、店の奥からオールバックのイケメンが現れた。
めんどくさそうな顔を隠そうともせず、シャツに緑のエプロンを着た男は日暮に向けて溜息を吐く。
「らっしゃっせぇ…奥の部屋だろ。今回だけだぞ。お連れさんがいるみたいだからな。」
視線を向けられて思わず背筋を正す。
気怠げな瞳の奥にギラリと光る獣の本性。
こいつαだ。
「いつも奥の部屋にしてくれよ。俺ほどお前の店に貢献してる客いないだろ?」
「どこが。お前なんかテラス席で十分だ。」
「ごちゃごちゃ言ってないで案内しろ。腹減ってんだ。」
「はいはい。悪いな吉良さん。」
2人の会話に入れず黙っていると、急に名前を呼ばれて「あ、お構いなく」なんて言ってしまった。
目を見開く男が、そのまま日暮の顔を見て、またも大きな溜息を。
その後案内された店の奥の個室。向かい合わせで座り、メニューを見ようとしたらすでに決まっていたらしい。
メニュー表を取り上げられて、日暮が店員に注文するのを横で聞いていた。
「では、しばらくお待ちください。」
2人きりになり、店内のBGMがなんとか間を持たせてくれている。
出してもらったレモン水が入ったコップを手に、視線を机の上に彷徨わせる。
日暮貴文とは3日前に会ったきり会話も顔合わせも何もしてなかった。
リーダーだからグループ存続に手を回してくれてるとかじゃなくて、単純にグループで1番売れているからだそう。ドラマの助演やバラエティ番組にも引っ張りだこだとか。
そんな忙しいスケジュールの最中、俺の歌聞いてくれるなんて、案外いい奴?
カタンッ…と座り直す音に反応して、視線を上げると目の前の男と目が合う。
「やっと顔上げた。」
「す、すみません!」
反射的に謝るが、何故日暮が俺を見ていたのか分からず困惑だけが残る。
「謝らないで。それより潤太さ……本当に何も覚えてないんだよね?」
「はい…すみません……」
「だから謝るな、うざいから。」
冷めた目で水の入ったコップをゆらゆら揺らしながら、飲むこともなく手遊びを始める日暮。
はっきり言われた嫌悪の言葉は心にぐさりと刺さる。
そんな俺を気にも留めず、日暮の視線が下から上へ移動するのを静かに耐える。
「何かなぁ……ミリも知らねぇ潤太って感じ。遊星は元々信者だし?綾人は潤太のこと嫌いだったのに、今じゃ何かにつけて潤太潤太だし。俺も興味あるんだよね、ニュー潤太の魅力、的な?」
ごくりと生唾を飲み込み、なんて答えようかと考えていると、さっきと同じ店員がやってきてトレーにパスタが乗っている。
「おまちどーさん。うは嫌な空気……喧嘩なら他所でしてくれよ。」
「そんなんじゃないよ。ね、潤太?」
「はい。」
それならいいけどと呟く店員が離れて、再び日暮が俺の目をじっと見て口を開く。
「バース性も覚えてなかったんだよね。さっきの店員、αなのは分かったでしょ?」
「……はい。」
「それが本能。機能不全とかならなくてよかった。Ωと間違いでもあればうちのグループは即終わり、事件沙汰待った無しだからね。」
強姦とかラット状態になってしまうことを危惧してるんだろうというのは容易に想像できた。
だけどなんか引っかかる。
リーダーだからって、そこまでグループを大事にしているようには思えない。1人でも十分人気があるし現に売れてるこいつが、何故拘ってるのか。
聞いたら怒られるんだろうな……
「今後のスケジュール、明後日バラエティ番組にOperaとして呼ばれてる。潤太が復帰して初の公の場だ。」
「え?!」
「芸能界はαとβがほとんどだが、稀にΩがいる。そいつらは決まってクソみたいな事務所に所属してるから枕営業とかの闇営業が当たり前だし、所属タレントに強制している。」
優雅にパスタを食べながら下品な言葉を連発する。その姿に圧倒され、手にフォークを持ったまま固まってしまってる。
「そんな連中の絶好のカモはお前だ。前と違って隙が多いし、常識さえもどっかにいった。間違いなく暗闇に連れ込まれるか、既成事実を作られる。」
お構いなしに食べ進めながら話す日暮と、ようやく言葉の意味を噛み締め話の意図を理解できた俺も、手を動かすことを思い出し、目の前のクリームパスタに手をつける。
「前々からOperaはαが4人揃っているという異例のアイドルグループだと目をつけられていた。良い方にも、悪い方にもな。前の潤太はその辺りを弁えていたが、今のお前は絶対1人になるなよ。遊星でいいから離れるな。返事は?」
「はい!……ありがとうございます日暮さん。」
感謝の言葉を伝えると、最後の一口を食べようとした日暮が、ピタッとその手を止めた。
ギギギッと錆びついたロボットのように首を動かして目を合わせてくる日暮が、初めて間抜け面を晒してくれて、少し悪戯心に火がついた俺はもう一度感謝の言葉を伝える。
「忠告ありがと日暮さん。あんたって言葉キツいけど優しいな!」
「んん"ッ!……変なこと言ってないでさっさと食べなよ。まだ半分歌ってないでしょ。」
顔を逸らして水を飲む日暮。髪から覗く耳が少し赤く染まっている。
言い方は本当にキツいけど、わざわざ忠告をしてくれるくらい、潤太のことを大事に思ってるんだろう。
本当、言い方はキツいけど。
奢ってくれた日暮に感謝すると、敬語は外していいと言われた。
遠慮なく、タメ口で話させてもらうことになり、スタジオに戻り、残っていた曲をまたひたすら歌うだけを繰り返す。
歌い終わった後、赤ペンが入った歌詞表を渡された。今日一日書き込んでくれていたんだろう。走り書きだが読みやすい字で、俺がつまづくとこの注意点を書いてくれている。
流石歌担当。
「及第点だね。でもファンの前で歌うにはまだだめだ。今度のテレビはバラエティだからって油断するなよ。記憶喪失の発表はしてないんだからな。」
「了解!頑張る!」
「ははっ!張り切りすぎてやらかさないでくれよ。」
お、初めてかも。日暮の素っぽい表情見たの……
年相応の悪ガキっぽい笑顔。
伸びてきた手が俺の頭をぐしゃぐしゃに掻き乱し、満足そうに離れていく。
「んじゃ解散な。お前の迎えも来たみたいだし。」
日暮の視線の先、スタジオの入り口へズンズンと向かってくる黒い影。
黒いマスクに黒縁のメガネ、チェック柄のマフラーを外しながら近づいてくる青髪の男。
「遊星。どうした?」
「お迎えに決まってるじゃん♡お弁当どうだった?今日はいつもより多く愛情を込めてみたんだけど……」
「悪い、食べれてないんだ。夜に食べるよ。」
外したマフラーを俺に巻きつけながら、日暮など視界に入っていないかのように話を進める遊星にお弁当の件を素直に謝罪する。
「……そっか!いいよ夕飯はもう作ってるから、出来立ての方食べて!弁当は俺が食うよ。」
「いやでも……分かった。ごめんな遊星。」
そんなやりとりをしている遊星の背後で、戸締りを終えた日暮が横を通り抜けて出口に向かっていることに気づき、慌ててお疲れ様ですとその背中に声をかける。
軽く手を挙げて振るその背中を見ていると、遊星が何かを呟いた気がした。
「何か言ったか?」
「ううん何も!さ、帰ろ。」
いい笑顔で俺の肩を抱き、外のパーキングへとエスコートする遊星に、何かはぐらかされた気はするが、これでようやくメンバー全員と関わることができた。
薄らだけどそれぞれの性格も知れたし、テレビ出演も控えている。
やるぞ!と意気込んでいたその時、ふといい匂いが鼻を撫でる。
反射で振り返るが人混みであの匂いはすぐに消えた。
心臓がバクバクしてる。顔が熱い。
「この匂い……テロかよマジでうざいな…薬飲んどけっての……気持ち悪い。」
隣の遊星がそんなことを呟いていたのを俺は気づいてない。
あのいい匂いが一体なんだったのか、そのことだけで頭がいっぱいだったから。
また会える。
根拠はないけど、本能がそう言ってる気がした。
「ありがとうございます!」
歌を覚えてこいと言われてから約束の3日後。
今日は事務所で借りているスタジオへ日暮貴文に呼び出された。
着いて早々防音室へ誘導されて「じゃ、歌って」とガラスの向こう側で日暮が音源を流す。
イントロが流れ始めて、俺は目の前にあるヘッドホンを耳に当てて困惑したまま歌う。
歌い終わり「うん。じゃあ次」とだけ言う日暮。流石に水分補給はさせてくれたが、その後ほぼノンストップで15曲歌わされた。
必死に覚えた歌の披露に不安もあったが、日暮の柔和な笑みを見て安心する。
紙にメモをしている日暮が、自身の前にあるマイクを通して俺に話しかけてくる。
「よし、一旦休憩挟もう。食いに行くよ。」
「はい!あ、でも俺遊星に弁当貰ってて……」
ヘッドホンを外し、元の場所に戻しながらそう答えるが、日暮は聞く耳を持たない。
「俺だけ外で食べさせる気?付き合ってよ。」
有無を言わさないという強引な言葉と瞳に圧されて、心の中で遊星に謝りながら日暮に付いて建物を出る。
「さて、どこにしよっかな。」
マスクとサングラスを付けた日暮だが、スラリとしたスタイルの良さは隠せておらず、道行く人々がチラチラと視線を向けてきているのが分かる。
一応俺もマスクつけたけど、意味なんてほとんどない。
周囲の視線を無視して目的地が決まっているような足取りの日暮。その後ろをただ付いて行く。
会話などなく、何か話した方がいいのかなと思うが特に思いつかない。
頭の中でぐるぐる考えていると、前を歩く日暮がピタリと立ち止まり、店の表にある看板のメニュー表を眺める。
カフェのようなその店は、大人っぽい落ち着いた雰囲気で、普段だとおしゃれすぎて入るのを躊躇うレベルの店だった。
「いらっしゃいませ、2名様でよろしいでしょうか?」
「はい。それと店長いますか?」
「え?あ、かしこまりました。座ってお待ちください。」
慣れた様子で近くの席に座る日暮を真似して、前の席にお邪魔する。店員さんが離れてすぐ、店の奥からオールバックのイケメンが現れた。
めんどくさそうな顔を隠そうともせず、シャツに緑のエプロンを着た男は日暮に向けて溜息を吐く。
「らっしゃっせぇ…奥の部屋だろ。今回だけだぞ。お連れさんがいるみたいだからな。」
視線を向けられて思わず背筋を正す。
気怠げな瞳の奥にギラリと光る獣の本性。
こいつαだ。
「いつも奥の部屋にしてくれよ。俺ほどお前の店に貢献してる客いないだろ?」
「どこが。お前なんかテラス席で十分だ。」
「ごちゃごちゃ言ってないで案内しろ。腹減ってんだ。」
「はいはい。悪いな吉良さん。」
2人の会話に入れず黙っていると、急に名前を呼ばれて「あ、お構いなく」なんて言ってしまった。
目を見開く男が、そのまま日暮の顔を見て、またも大きな溜息を。
その後案内された店の奥の個室。向かい合わせで座り、メニューを見ようとしたらすでに決まっていたらしい。
メニュー表を取り上げられて、日暮が店員に注文するのを横で聞いていた。
「では、しばらくお待ちください。」
2人きりになり、店内のBGMがなんとか間を持たせてくれている。
出してもらったレモン水が入ったコップを手に、視線を机の上に彷徨わせる。
日暮貴文とは3日前に会ったきり会話も顔合わせも何もしてなかった。
リーダーだからグループ存続に手を回してくれてるとかじゃなくて、単純にグループで1番売れているからだそう。ドラマの助演やバラエティ番組にも引っ張りだこだとか。
そんな忙しいスケジュールの最中、俺の歌聞いてくれるなんて、案外いい奴?
カタンッ…と座り直す音に反応して、視線を上げると目の前の男と目が合う。
「やっと顔上げた。」
「す、すみません!」
反射的に謝るが、何故日暮が俺を見ていたのか分からず困惑だけが残る。
「謝らないで。それより潤太さ……本当に何も覚えてないんだよね?」
「はい…すみません……」
「だから謝るな、うざいから。」
冷めた目で水の入ったコップをゆらゆら揺らしながら、飲むこともなく手遊びを始める日暮。
はっきり言われた嫌悪の言葉は心にぐさりと刺さる。
そんな俺を気にも留めず、日暮の視線が下から上へ移動するのを静かに耐える。
「何かなぁ……ミリも知らねぇ潤太って感じ。遊星は元々信者だし?綾人は潤太のこと嫌いだったのに、今じゃ何かにつけて潤太潤太だし。俺も興味あるんだよね、ニュー潤太の魅力、的な?」
ごくりと生唾を飲み込み、なんて答えようかと考えていると、さっきと同じ店員がやってきてトレーにパスタが乗っている。
「おまちどーさん。うは嫌な空気……喧嘩なら他所でしてくれよ。」
「そんなんじゃないよ。ね、潤太?」
「はい。」
それならいいけどと呟く店員が離れて、再び日暮が俺の目をじっと見て口を開く。
「バース性も覚えてなかったんだよね。さっきの店員、αなのは分かったでしょ?」
「……はい。」
「それが本能。機能不全とかならなくてよかった。Ωと間違いでもあればうちのグループは即終わり、事件沙汰待った無しだからね。」
強姦とかラット状態になってしまうことを危惧してるんだろうというのは容易に想像できた。
だけどなんか引っかかる。
リーダーだからって、そこまでグループを大事にしているようには思えない。1人でも十分人気があるし現に売れてるこいつが、何故拘ってるのか。
聞いたら怒られるんだろうな……
「今後のスケジュール、明後日バラエティ番組にOperaとして呼ばれてる。潤太が復帰して初の公の場だ。」
「え?!」
「芸能界はαとβがほとんどだが、稀にΩがいる。そいつらは決まってクソみたいな事務所に所属してるから枕営業とかの闇営業が当たり前だし、所属タレントに強制している。」
優雅にパスタを食べながら下品な言葉を連発する。その姿に圧倒され、手にフォークを持ったまま固まってしまってる。
「そんな連中の絶好のカモはお前だ。前と違って隙が多いし、常識さえもどっかにいった。間違いなく暗闇に連れ込まれるか、既成事実を作られる。」
お構いなしに食べ進めながら話す日暮と、ようやく言葉の意味を噛み締め話の意図を理解できた俺も、手を動かすことを思い出し、目の前のクリームパスタに手をつける。
「前々からOperaはαが4人揃っているという異例のアイドルグループだと目をつけられていた。良い方にも、悪い方にもな。前の潤太はその辺りを弁えていたが、今のお前は絶対1人になるなよ。遊星でいいから離れるな。返事は?」
「はい!……ありがとうございます日暮さん。」
感謝の言葉を伝えると、最後の一口を食べようとした日暮が、ピタッとその手を止めた。
ギギギッと錆びついたロボットのように首を動かして目を合わせてくる日暮が、初めて間抜け面を晒してくれて、少し悪戯心に火がついた俺はもう一度感謝の言葉を伝える。
「忠告ありがと日暮さん。あんたって言葉キツいけど優しいな!」
「んん"ッ!……変なこと言ってないでさっさと食べなよ。まだ半分歌ってないでしょ。」
顔を逸らして水を飲む日暮。髪から覗く耳が少し赤く染まっている。
言い方は本当にキツいけど、わざわざ忠告をしてくれるくらい、潤太のことを大事に思ってるんだろう。
本当、言い方はキツいけど。
奢ってくれた日暮に感謝すると、敬語は外していいと言われた。
遠慮なく、タメ口で話させてもらうことになり、スタジオに戻り、残っていた曲をまたひたすら歌うだけを繰り返す。
歌い終わった後、赤ペンが入った歌詞表を渡された。今日一日書き込んでくれていたんだろう。走り書きだが読みやすい字で、俺がつまづくとこの注意点を書いてくれている。
流石歌担当。
「及第点だね。でもファンの前で歌うにはまだだめだ。今度のテレビはバラエティだからって油断するなよ。記憶喪失の発表はしてないんだからな。」
「了解!頑張る!」
「ははっ!張り切りすぎてやらかさないでくれよ。」
お、初めてかも。日暮の素っぽい表情見たの……
年相応の悪ガキっぽい笑顔。
伸びてきた手が俺の頭をぐしゃぐしゃに掻き乱し、満足そうに離れていく。
「んじゃ解散な。お前の迎えも来たみたいだし。」
日暮の視線の先、スタジオの入り口へズンズンと向かってくる黒い影。
黒いマスクに黒縁のメガネ、チェック柄のマフラーを外しながら近づいてくる青髪の男。
「遊星。どうした?」
「お迎えに決まってるじゃん♡お弁当どうだった?今日はいつもより多く愛情を込めてみたんだけど……」
「悪い、食べれてないんだ。夜に食べるよ。」
外したマフラーを俺に巻きつけながら、日暮など視界に入っていないかのように話を進める遊星にお弁当の件を素直に謝罪する。
「……そっか!いいよ夕飯はもう作ってるから、出来立ての方食べて!弁当は俺が食うよ。」
「いやでも……分かった。ごめんな遊星。」
そんなやりとりをしている遊星の背後で、戸締りを終えた日暮が横を通り抜けて出口に向かっていることに気づき、慌ててお疲れ様ですとその背中に声をかける。
軽く手を挙げて振るその背中を見ていると、遊星が何かを呟いた気がした。
「何か言ったか?」
「ううん何も!さ、帰ろ。」
いい笑顔で俺の肩を抱き、外のパーキングへとエスコートする遊星に、何かはぐらかされた気はするが、これでようやくメンバー全員と関わることができた。
薄らだけどそれぞれの性格も知れたし、テレビ出演も控えている。
やるぞ!と意気込んでいたその時、ふといい匂いが鼻を撫でる。
反射で振り返るが人混みであの匂いはすぐに消えた。
心臓がバクバクしてる。顔が熱い。
「この匂い……テロかよマジでうざいな…薬飲んどけっての……気持ち悪い。」
隣の遊星がそんなことを呟いていたのを俺は気づいてない。
あのいい匂いが一体なんだったのか、そのことだけで頭がいっぱいだったから。
また会える。
根拠はないけど、本能がそう言ってる気がした。
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