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第七幕 日向綾人side

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メンバーの1人、吉良潤太。
ライブ中舞台裏で棚の下敷きになり、頭から大量出血。救急搬送され緊急手術、のち入院。
退院後、まさかの記憶喪失。

正直マジかよと思った。

今後活動なんてできるわけないし、お荷物になるのは目に見えてる。

いくらαだからって、器が空の状態から詰め込むには時間が必要だ。

絶頂期真っ只中のOperaに、そんな時間はない。

Operaの今後を決める会議を社長がすると聞いて乗り込んだ。俺たちを外してする方がおかしいだろと、心の中は荒れていた。

会議当日。リーダーの貴文と待機中「記憶喪失ってマジだと思う?」と生産性のない話をしていた。

「嘘だろ。ライブ前に言ってた"話たいこと"が言い出せなくなったとかじゃないか?」

「あーあれな。結局聞いてないし、遊星ならなんか知ってんじゃね?」

「さあね。あいつの恨みは買いたくない。」

そこで話は終わり、各々スマホを弄り始める。
俺はSNSの更新で貴文は雑誌のチェック。

静かになった部屋。廊下から足音が段々と近づいてくる。
やっと来たかって思ったら、事務の子がお茶を持ってきてくれた。

「人数分…ってことは着いたか。」

「また潤太の猫舌に合わせてんなこれ。もうちょい熱くていいんだけど……」

俺の隣に2つ分、上座に1つ、貴文の向かいに1つ。誰も座っていないのにお茶の入ったコップが置かれて、事務の子がペコリと頭を下げて出ていった。

温めの緑茶を一口飲み、時間を潰そうとスマホに目を向けたその時、ドアをノックする音が響く。

磨りガラスから見える身長差のある2つの影。

「お、おはようございます!」

「はざ~す……」

元気よく挨拶をした潤太と、相変わらず可愛げのない遊星。

その光景を見て俺は驚いた。貴文もそうだろう。

"あの"潤太が緊張しているなんて……

ありえない。

あのクッッソ生意気で、自己中で、初めて会った時からタメ口のコミュ力おばけとまで言われていたあいつが、俺ら相手に緊張するか?

マジで記憶喪失なんだな……

手と足が一緒に出るんじゃないかってくらいカチコチと歩いて俺の隣に座る潤太。
物珍しくて暫く観察をしていたら、遊星から睨まれた。

別にお前だけの潤太じゃないだろ。

潤太の頭の上で火花を散らしていると、遊星がカバンからチョコを一粒取り出した。

愉悦を見せつけるように鼻で笑う遊星が、そっと潤太の前にそれを置く。
そっちがその気ならとたまたまポケットに入れていたのど飴を1つ潤太の前へ。

どっちも潤太の好きな味。

眉をピクリと動かして機嫌を悪くする遊星を無視して、潤太がどんな行動に出るのか観察。

どうしようかと悩んでいるのが見て取れる。
悩んだ結果、チョコを口に頬張った。
途端に上機嫌に戻った遊星は、著名女優でも落とせそうなキラースマイルを潤太に向けて、包装紙を回収している。

もぐもぐと効果音がつきそうな潤太の頬を、突きたくなる衝動を抑える。

「潤太が記憶喪失だなんて信じられないな……」

前の自己中さからは想像もしてないくらい、良いところが残ってる。

素直さだ。

自己中もよく言えば素直だが、悪く言えば自分のことしか考えていない。だが、今の潤太には子供のような無垢さを感じる。

そりゃそうか。
記憶喪失ってことは、真っ白なんだろ?

今も、俺や遊星の様子を伺いながら冷ましまくったお茶をようやく飲んでいる。
あの温さでさえ、こいつには熱かったらしい。

何するのも全力で、隠せてると思ってる感情は顔に出て……

この可愛い犬みたいなのを躾けたい。

俺だけを信頼させて、何でも馬鹿みたいに信じて欲しい。

そう考えていると、無意識のうちに右手が潤太の頭へと伸びていた。もふもふの茶髪に指を絡ませるより先に、会議室のドアが開き社長の登場。

グループの今後について潤太をどうするか、話し合いが始まる。

こんなの逃すわけないだろバーカ。

忘れたならまた覚えたらいい。
これで脱退でもしてみろ、遊星に軟禁されるぞ。

4人で続けていくという意向を社長に叩きつけて、貴文が3日後までに全曲を覚えてくるようにと潤太に伝えていた。

聞き間違いを疑ってキョトンとしている潤太に、わざとらしく同じ顔を向ける貴文。

もちろんできるよな?そんな気持ちを込めてちらりと顔を見ると、早まったかもしれないと困惑している表情をしていた。

思わず吹き出しそうだったが堪えていると、社長が再び潤太に問う。

「アイドルを続ける。それでいいんだな?」

「……やります!」

意思の強い瞳……

いいな。そうこなくっちゃ面白くないよな?

思えば、潤太と出会って5年。
確かに努力はしていたが、αだからか能力の高さゆえに数回練習するとできてしまう。
俺がレッスンをしている時も、潤太はどこか手を抜いて、ライブ本番だけ真面目にやっていた。

要領がいいというか、効率重視なのか。
だがそれでいいと思っていた。
どうせ同じグループの1人ってだけだったし。

同い年のくせに、年下の遊星に世話焼かれっぱなしな面倒くさがりなところが苦手だった。
ファッションセンスの悪いところが嫌いだった。

でもわざわざ指摘しない。
態度に出さないように気をつけていた。

目の前で血を流して横たわっている姿を見たときは、流石に動揺したし、怖かったが遊星ほど潤太を心配してはなかった。

だから今、自分でも驚いている。こんなに潤太に興味を持つなんて。

次の日、雑誌の撮影を終えてから事務所へ向かうと遊星とすれ違った。

「綾人くん。ほんっっとに不本意だけど、潤太のダンスレッスンお願い!!俺今からロケなんだよ。綾人くんのダンススキルを見込んで!」

「何で俺が…先生いるだろ?」

「俺が教えるからって出禁にさせた。お願い綾人くん!」

後ろにいるマネージャーに「遅刻するから!」と切羽詰まられて「しゃーねーなぁ…」と先生役を受けるとにっこり嬉しそうな笑みの後、スッと真顔に戻った遊星にこう言われた。

「あ、でも…必要以上に仲良くならないでよね?余計なことも言わないでよね。じゃ!」

「はーおっとろしいなぁ……メンバー脅すなよ。」

小さくなる遊星の背中を見ながら、つい溢してしまった地元イントネーションでの独り言。

元々練習するつもりで来ていたから服装はスウェットで問題ない。
部屋の使用表ボードから、練習室Aにある潤太のマークを見つけてそのまま向かう。

ドアのガラス越しに見えるのは、座り込んだままタブレットで動画を観ているちっこい奴。一生懸命に手の振りを真似している短パン小僧の潤太。

このクソ寒い中、体動かしてねぇなんてバカじゃないか?

「おいこらダンスしろダンス。」

「日向さん!あ、お、おはようございます!」

痺れを切らして部屋の中へ入ると、パッと顔を上げて挨拶をしてきた。
寒さで赤くなった頬と鼻のてっぺん。髪から覗くピアスだらけの耳。

触りてぇ……

そんな邪な考え方が脳裏を駆け抜けていったが、今はそんな場合じゃない。
こいつにダンスを覚えてもらわねぇと、歌番に出られない。

遊星に頼まれたってことは伏せて、ダンスを教えてやると、やはり潤太は覚えるのが早い。

持ち曲の中から簡単な振り付けのを選んだが、そもそも俺らの曲は全体的に難易度は高めだ。未経験者が全部真似するには難しいとこが多い。

それをパッとできるんだから……教えがいがあるってもんだろ。

つい指導に熱が入り、腕の高さだったり、角度だったりを細かく言ってしまったが、口煩い俺に文句一つ言わずに喰らい付いてくる潤太にゾクゾクした。

こいつのポテンシャルは高い。
前だってもっとレッスンに身を入れていたら、倍以上のパフォーマンスをファンに見せることが出来ていたのに、そういうところも嫌いだったが、今の潤太は最高だ。

ついつい構いすぎて悪態を吐いてしまうが、そんな俺の言動一つ一つに反応して感情を表に出す。
それが楽しい。

あーぁ、遊星にバレたらまずいよなぁ……

昼休憩、ビルの下にあるコンビニでプロテインとサラダを買って戻ると、紙を持って笑っている潤太が目につく。

すぐ側のテーブルにはタッパーと薬が2錠。

何の薬だと単純に疑問に思って手に取り、裏面の薬の名前を読むと、所謂"α用の抑制剤"だった。

遊星がよく飲んでるやつだ。

緊急時に一度だけ貰ったことがあるがめちゃくちゃキツい。
確かに、ピクリとも反応しなかった優れものだけど、何度も使うと役に立たなくなる可能性がある代物だ。

遊星は隔世遺伝のαだからか、フェロモンに敏感だし、何よりΩ嫌いなんだよな……
αと番になれる存在。
自分はどんなに望んでも潤太と結ばれることはないって本能ではわかってるからだろう。

だがこれはやりすぎだ。

潤太のが反応しなくなるなんて勿体ない。
同性同士の楽しみ方を知らないのか?
あいつのちんこが使い物にならなくてもどうでもいいが、潤太のはだめだ。

今後は飲んだフリをしとけって釘は刺したが、多分バレるだろう。
なんせ、記憶喪失になった潤太からは前と違って微かにいい匂いがしている。

αのフェロモンが漏れてる。
それはαを惑わすほどに、甘美な匂い。

薬で抑えてるんだろうが、独り占めするなんてフェアじゃねぇよな遊星。

外が暗くなって、潤太が6曲目を覚えたタイミングで遊星が練習室に入ってきた。

見せつけるように潤太を抱きしめ、俺を睨んでくる遊星に笑みを向ける。

悪いな、もう決めた。
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