目が覚めたらαのアイドルだった

アシタカ

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第六幕

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「潤太!テンポ遅れてる!」

「はい!」

「腕もっと上げろ!」

「ッはい!」

アイドルやります宣言の日。
みっちり既存曲を頭に詰め込みながら、夜は家で遊星に歌い方の指導やソロパートを教えてもらった。

気疲れしたのか、いつの間にか用意してもらってたご飯を食べ、一緒に風呂に入り、頭まで乾かしてもらったり。

しかも今思い返すと寝てる時後ろから抱きしめられてなかったか?
暖かかったからそのままにしてたけど……まあいっか。

そして現在。

「俺が教える!」と張り切っていた遊星はTV撮影のためいない。なら誰に教わっているのか……

ダンス指導の先生?違う、答えはこいつ。
白のロンTにグレーのスウェットパンツを穿いた日向綾人。

「じゃ、もう一回頭からやるぞ。」

「ハァ…ハァ……ンッ…お願いします!」

壁一面が鏡貼りになっている事務所のレッスン室で、横にいる日向を鏡を通して見る。
曲が流れて一緒に踊る日向になんとか食らい付く覚悟でダンスをするが、付け焼き刃ではどうにもならない。

ミスをしたらその場で修正。
怒号のようなアドバイスが飛んでくる。

朝からずっと付き合ってくれてるんだが、申し訳ないな。

「まじでゼロスタートかよ……」

そんな独り言を聞いてしまうと、さっきまで感じていた申し訳なさが深刻化してしまう!
しょうがないじゃん!中の人が違うんだから!

「まぁ運動神経までボロボロになってなくてよかった。相変わらず覚えは早いな。」

「あ、ありがとう。」

朝から半日かけて覚えたのは3曲。確かに数で言えば覚えが早いかもしれないが、比較的振りが難しくないやつを教えてくれたらしい。
メンバーとの絡みがある振り付けは今しても意味ないから全員揃ったときにってさ。

「これで残り36曲な。」

「ゔっ……はーい……」

具体的な数字が出るとやっぱりまだまだだな。
たった3曲か……はーーー……

「よし!今日はあともう3曲覚える!!」

飲んでいた水を鏡の前に置き、腕を伸ばしながら立ち位置に戻る。
次の曲をと思っていたら、日向が少し呆れたような顔を向けてくる。

「俺が教えてやってる立場なの分かってるよな?何?あと3曲?それもう半日潰れること確定じゃねぇか。俺にも都合あるんだけど?」

「あ…悪い……日向が教えてくれるのわかりやすかったから…朝から付き合ってくれてたし勝手に頼ってた。ごめん!」

言われてみれば確かにそうだ。こっちの都合で一日中付き合わせることになるとこだった。

反省して項垂れていると目の前から溜息が聞こえる。
やっちゃったな~。教え上手だし、グイグイ引っ張ってくれるもんだからこのまま練習見てくれるもんだと思ってた。

思い返せば、遊星が仕事に行ってから日向は来た。

服装からして元々自分の練習があったのかも知れない。
鏡に向かって動画を見ながら練習している俺を子供の演芸会にでも見えたんだろう。
気づいたら先生役を名乗り出てくれてた。

「調子狂うな……」と日向がポツリと呟く。
何のことだと顔を上げると、困惑した表情で俺を見下ろしている。

「潤太が記憶喪失っていうの、頭では分かってるはずだけど、前と同じ絡み方しちまう。」

「えっと…つまり?」

「……さっきんだよ!意地悪とかじゃねえからな。俺は元々口悪ぃんだ。それに、潤太も俺様キャラというか自己中の唯我独尊タイプだったから……」

え、潤太お前そんな子だったのか?
確かにやんちゃそうだとは言ったが、性格までそうだったとは聞いてない。
通りで、俺が礼儀正しくしてたらマネージャーがギョッとした目で見て引き笑いしてるのか。

「だから……潤太が頑張るって言ってんだし、夜まで付き合うよ。とりあえず昼にしよう。体力戻すぞ。」

「……ありがとう日向。」

いい奴じゃんこいつ。

あれだな、クラスにいるやんちゃグループの1人が、別グループのやつと仲良くしたいけど空回る的なやりとり。
言葉足らずは大きな誤解を招くから本当に気をつけないといけない。
だから俺の授業を真面目に聞いて欲しかった。(遠い目)

国語って大事なんだぞ。
漢字はかけなくてもいいから、言葉の意味だけでも覚えてほしい。その接続詞を使うと文の意味がどう変わるのかくらいはせめて!

レッスン室から事務所のカフェスペースへ移動。日向は下のコンビニで買ってくるから先に行って待っていろと言われた。
ガラガラの部屋に丸いテーブルが6つ。それぞれ4つずつの椅子で囲んでいる。

「確か冷蔵庫に……あった!」

入ってすぐ左の壁に設置されている冷蔵庫を開けて、中から遊星が置いてった弁当を取り出す。
袋ごと引っ張り出して、中からタッパーとペットボトル、添えられていた封筒を取り出す。

「何だこれ…ふっ…」

封筒の中には薬とメモ。
【愛情たっぷりのおにぎり♡】

一言に添えられている鮫のイラスト。
ただ可愛いイラスト描くな~なんて思っていたらこいつ、遊星がサインを書くときに、ごくたまに現れるほどのレアイラストらしいというのを後で聞いた。

「薬?潤太まだ体調悪いのか?」

「あ、日向。おかえり。体調はいいと思う。」

封筒から出していた薬を、戻ってきた日向が見つけて手に取る。
錠剤の裏面を見て、一瞬目を見開く日向が「は?」と低い声で呟いた。

高音パート担当の日向だったから、低い声に驚いてしまい、恐る恐る「どうした?」と聞いてみる。

「潤太……これ遊星が渡してきたんだよな?」

錠剤を俺に向けながら質問してくる日向に、俺は不安を覚えた。

やばい薬なのか?でも遊星が渡してくれたやつだし……

「そうだけど……何で?」

「これさ、α用の抑制剤。フェロモン事故に遭わない保険だとしても、あいつやりすぎだろ。」

「抑制剤…?」

フェロモン事故?……あ、そうか。もし街中で発情期ヒートになったΩがいたら、αは理性を保つのが難しい。その予防ってことか?

でも何で俺がそれを?

退院したその日の夕飯からこの薬飲んでるし、普通に術後経過観察用の痛み止めとか、サプリメント系のなんかだと思ってたんだけど……

「やばいもんではないから飲んでてもいいけど。あいつ……」

やばいものではない。その一言はありがたい。

「これ潤太が飲んでるってことは、遊星が飲んでないんだろ?あいつ用に処方されてんのにバカじゃねえの?」

「どういうことだ?遊星って抑制剤飲まないとだめなのか?」

状況が整理できなくなった俺は、口が滑ったと目を逸らす日向にしつこく食い下がる。

観念したのか「分かったから一旦座れ」と荷物を置いていたテーブルに座る。

「あいつは匂いに敏感っていうか…フェロモンの匂いが大っ嫌いでよ。絶対に反応したくないからって言ってた。まぁ1人を除くが……とにかくちょいキツめな抑制剤なんだよな。」

「はあ……つまり?」

「潤太がこのまま飲んだら……多分機能不全まっしぐら。」

「はぁ?!」

俺知らない間にインポにされそうになってたってことか?!

外の廊下まで響くくらい大きな声で反応してしまった俺を哀れむ目で見てくる日向が、そのまま薬を自分のポケットへとしまう。

「今回は飲んだって嘘ついとけ。そんでこれ以降は飲んだフリして捨てとけよ。」

「分かった。ありがとう日向。助かった……」

「まあ同じ男として流石に同情した。」

日向が言ってくれなかったら俺マジで危なかったな。

「日向にお礼したい!言葉だけじゃ感謝してもしきれない!なんでも言ってくれ。できる範囲で答えるから。」

「"何でも"ねぇ…なら、これからは名前で呼べ。前はそうだったんだしよ。反応しづらい。」

「それだけ?」

「十分。」

にこにこと微笑む日向が神に見えてきた。見えないはずの後光が差してる。

「分かった。綾人、改めてありがとう!」

ひたすら感謝して、休憩後はまたレッスンへ戻る。
夜になって、遊星が仕事を終えてマネージャーと一緒に事務所へと戻ってきた。

「潤太!!会いたかったよ~。レッスンはどう?順調?あ、おにぎりどうだった?潤太への愛をいっぱい込めたんだよ?そうそう!薬は飲んだ?」

犬の耳と尻尾が見えそうな暗いキラキラした笑顔で駆け寄ってぎゅーって抱きついてくる遊星に、どこか安心感を覚えてしまう。

「あーまぁ順調だよ。綾人にレッスン見てもらったし。」

「綾人?……俺が頼んだもんね。ちゃんと来てくれたんだ。ありがとう綾人くん。」

「いーえ…どういたしまして。」

抱きついてきた遊星をそのまま放置して会話していると、綾人の名前が出たとき腕の力が強まった。

苦しくて遊星の背中をバシバシ叩いて、緩めてもらう。

「潤太、遊星に頼まれなくてもいつでもレッスン付き合ってやっから。連絡しろ。」

「まじ?ありがとう綾人!」

正面ハグ魔の遊星を背中側へ押しやりひっつき虫状態にできた俺は、そのまま綾人と会話を続行。

「流石振り付け担当様!教え方上手くてめっちゃ助かる!」

「煽てもなんもねぇぞ。3曲目のターン、危なっかしいから重心も鍛えとけ。」

「わかった!」

マネージャーに用がある綾人はそのまま事務所に残り、俺は遊星の運転で家へ帰る。

朝も運転してくれたけど、上手いな。
免許取って一年ちゃんと公道走ったらそりゃそうか。

教師時代は電車通勤だったし、免許なんて身分証でしか使ってなかったな……一応マニュアルで取ったし、上手いって褒められたけど運転してないからもう忘れたな。

珍しく一言も発さない静かな車内は俺たちの曲が流れている。覚えるためにプレイリスト流しているけど、曲よりも今は気まずさをどうにかしたい。

そんな願いは叶わず家へ到着。
地下にある駐車場で車から降り、エレベーターに乗り込む。

黙ったままだけど荷物は持ってくれるし、エレベーターのボタンも押すし、扉も押さえててくれる遊星。

部屋に着いてドアを開け、暗い玄関に入った途端、ガチャリと鍵のかかる音が鈍く響く。

完全に静まり返った玄関で、靴も脱がず。背後に立っている遊星の声が頭の上から降ってくる。

「ねぇ、何で薬飲まなかったの???」
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