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第五幕
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「潤太ーー!!!怪我はどうだ?!外は寒かったろ?君!会議室に温かい飲み物を用意してくれ!」
「離れろおっさん!!潤太が折れるだろうが!」
「はは……」
立派なビルの5階と6階に位置する事務所。
エレベーターから降りてドアを開けた途端、部屋の奥からのっそり出てきた厳つい男と目が合った。
数秒見つめ合ったかと思えば、顎髭が立派なその男は無言で俺の前に立ち、涙腺を崩壊させた。
大の大人が泣きながら抱きついてきたもんだから、状況が読み込めずマネージャーや遊星の方を見ると社長だと教えてくれた。
俺を抱きしめる力が強くなり、ちょっと苦しくなってきたタイミングで遊星が止めに入ってようやく解放された。
涙が止まった社長はマネージャーを呼び、俺と遊星に会議室に行くように指示する。他のメンバーが待っていると一言付け足して……
「俺がついてる。」
「うん……」
ドアを閉めることを一瞬躊躇ったことに気づかれたのだろう。
俺にだけ聞こえる声量でそう言ってくれた遊星の微笑みに後押しされ、意を決してドアノブに手をかける。
中にいたのは並んで座っているメンバー2人。
「おはよう。潤太、退院おめでとう。」
柔かな笑みを向けてくれたのは、グレーの髪がふわふわとウェーブがかっている日暮貴文。
白いハイネックのセーターを着ている彼が、ひらひらと手を振りながら挨拶をしてくれる。
「おはようお二人さん。さっきあったかい飲み物用意してくれたから飲みな。」
日暮貴文の隣に座っている少し灰色がかった緑のテクノカットヘア。
日向綾人が、眺めていたスマホから目を離して、隣の席へと促してくれる。
「お、おはようございます!」
「はざ~す。」
大きな声で元気よくを実行した俺とは反対に、気怠げに挨拶をする遊星は日向綾人から一席空けて座る。
つまり、この間が俺の席ってことか……
高反発の座り心地の良さそうなメッシュ製の椅子。
座りやすいようになのか、既に自分は座っているのに遊星が椅子を引いてくれた。
おずおずと腰掛け、気まずさから足元のローラーに身を任せてゆらゆらと揺れてみる。
視線を感じるんだよなぁ……
右隣は言わずもがな遊星。
左に座っている日向綾人に至っては、左肘を机につけ身体ごと俺の方を向いている。
見てはないけど多分日暮貴文もだろう。
目の前で湯気を立てているお茶を手に、何か話したほうがいいのかな~とか、何でこいつら喋らないんだろうとか考えていると、両隣からスッと何かが俺の前に並ぶ。
右からは個包装されたチョコが1つ。
左からは個包装されたのど飴が1つ。
……何なの?食えってことか?
いつ社長が来るか分からないし、さっさと食べ切れるチョコを選択して口の中へと放り込む。
その様子を見て満足そうな顔の遊星が、まるでマウントを取っているかのように日向綾人を見て鼻で笑っていた。
それを無視して俺を凝視してくる日向。気まずさからチョコを食べ終わり、ようやく温くなったお茶を飲む。
「潤太が記憶喪失だなんて信じられないな。」
だってと続ける日向。
「遊星を甘やかすのも潤太らしいし……強いて言えば、いつもより大人しすぎるくらいか?でも子犬みたいで可愛いじゃん。」
「んぶッ!?」
咽そうになったのは許してほしい。
こんなナチュラルに「子犬みたいで可愛い」とか初めて聞いたもんだから、アイドルってすげえな……いやこれが夢だからか?
だとしてもイケメンだから許されるんだろうな。
驚きはしたが鳥肌たたなかったし。
「諸君!待たせたな!!」
日向から心の距離を取ったところで、会議室のドアがバンッ!と開かれた。
元気よく入室してきた社長はそのまま上座へと座り、後ろをついてきていたマネージャーが次席である日暮の前に座る。
「さて、病み上がりがいるからな。手短にしよう。」
ちらりと視線を向けられて、慌てて姿勢を正す。
俺の今後が決まる。
正直不安しかないけど、無職だけは御免だ。
「まず、わかったと思うが潤太が記憶喪失になっている。お前たちのことはもちろん、自分の名前さえも覚えていないそうだ。」
「それについてはさっき思い知りましたよ。」
「そうそう。俺ら半信半疑だったんだけどさ……きょどきょどしてるし、何より遊星の歯止めがかかってないとこ見ると、マジっぽいよね~。」
重々しい空気が流れ始める。
というか遊星の歯止めがかかってないってことは、今の遊星は通常運転じゃなくてイレギュラーってことか?
ほらみろ!世話焼き過ぎだなって思ったんだよ。
「今までの曲や振り付けも、全て忘れている可能性が高い。つまり、これからもアイドルを続けるなら覚え直しをしなくてはならない。」
呑気に構えていたら突然爆弾を落とされた気分。
曲?振り付け?はへ?
そんなもん一個も知ってるわけないだろ!!
ライブ鑑賞だって「へ~すげ~」くらいしか感想ないわ!!
「振りはちょい変更するとして、歌はどうにかしねぇとな……」
「潤太、俺が何時間でも付き合ってあげるから。一緒に頑張ろ。」
あ、もうこれ無理って言えない。
体育と音楽の成績万年3のど平凡男なのに。
ダンスとか踊れる気しないんだけど?!
「とりあえず、起きてる間は曲聴いて覚えるしかないな。出来るよね潤太。」
次々に決まっていく今後のスケジュールに、俺だけ取り残されていると日暮が見惚れるほどのいい笑顔で脅してきた。
「はい、努力させていただきます……」
「うん、いい返事。じゃ3日後までにお願いね。」
「え、3日?」
聞き間違いかと思ったが、どうやら本気らしい。何か問題ある?って顔の日暮と心底不思議そうに出来ないの?って顔向けてくる日向。
俺がおかしいのか……
「……確認だが、潤太。」
メンバーが俺抜きで今後について話し合い、取り残され俯いていた俺に社長が声をかける。
「はい?」
「アイドルを続ける。それでいいんだな?」
その一言に、ピタリと会議室の音が止む。
ゲームならきっと今頃『この先はセーブができません。本当に進みますか?』の確認がされているだろう。
正直まだ迷っている。
本音を言えば「なんで俺が」って喚き散らして恥も外聞もまとめてゴミ箱に捨てたい。
夢なら早く醒めてくれって両頬をぶっ叩いてやりたい。
でもここまできたら、なるようにするしかない!!
『本当に進みますか?→YES』
「アイドルやります!一からやることになると思いますが、どうぞ宜しくお願いします!!」
椅子から立ち上がり、社長に向かって机に付くくらい頭を下げる。
その様子をメンバーとマネージャーが静かに見守っている。
「よし、明日からAの練習室は潤太専用にしておく。3日後は久々のテレビ出演も控えているから、根を詰めすぎるなよ。マスコミ対応は私がしておこう。それでは諸君!解散!」
「あ、貴文くんはこれからドラマの仕事だから、用意できたら車来てね。遊星くんも雑誌の撮影あるから車ね!用意してから向かう!」
背中が大きく見える社長と慌ただしくスケジュール帳を調整しているマネージャーが一緒になって退室し、会議室にはまたも4人だけが残っている。
「これからもよろしくね潤太。」
席を立つ日暮がにこりと微笑み部屋から出て行く。
それに続いて日向も立ち上がり「とりあえず柔軟はしっかりしてこいよ。寝てばっかで身体鈍ってるだろ?」とアドバイスをして去って行った。
「潤太……潤太が決めたのなら俺、応援するから。だから一緒にステージ立とうね。」
「はは…ありがとう遊星。」
手を握りしめてきた遊星がジッと目を合わせて言ってくる。
やらずに後悔より、やって後悔!いや後悔しないようになんだけどな。
やる気に満ち溢れていた俺のすぐ横で遊星が呟く。
「潤太なら大丈夫。もしダメでも俺が養ってあげるから……この先ずっと…だからすぐ教えてね、もう辞めるってときは……ふふ。」
……え、やば。
遊星ってそういう感じの人なの?
思わず凝視してしまうと、目が合って嬉しいのか笑顔の破壊力がすごい。
はにかむような笑みを見せてくる遊星が「どうしたの」と優しく聞いてくる。
「おれ、アイドル、がんばる。」
「?うん。サポートは任せて。」
「離れろおっさん!!潤太が折れるだろうが!」
「はは……」
立派なビルの5階と6階に位置する事務所。
エレベーターから降りてドアを開けた途端、部屋の奥からのっそり出てきた厳つい男と目が合った。
数秒見つめ合ったかと思えば、顎髭が立派なその男は無言で俺の前に立ち、涙腺を崩壊させた。
大の大人が泣きながら抱きついてきたもんだから、状況が読み込めずマネージャーや遊星の方を見ると社長だと教えてくれた。
俺を抱きしめる力が強くなり、ちょっと苦しくなってきたタイミングで遊星が止めに入ってようやく解放された。
涙が止まった社長はマネージャーを呼び、俺と遊星に会議室に行くように指示する。他のメンバーが待っていると一言付け足して……
「俺がついてる。」
「うん……」
ドアを閉めることを一瞬躊躇ったことに気づかれたのだろう。
俺にだけ聞こえる声量でそう言ってくれた遊星の微笑みに後押しされ、意を決してドアノブに手をかける。
中にいたのは並んで座っているメンバー2人。
「おはよう。潤太、退院おめでとう。」
柔かな笑みを向けてくれたのは、グレーの髪がふわふわとウェーブがかっている日暮貴文。
白いハイネックのセーターを着ている彼が、ひらひらと手を振りながら挨拶をしてくれる。
「おはようお二人さん。さっきあったかい飲み物用意してくれたから飲みな。」
日暮貴文の隣に座っている少し灰色がかった緑のテクノカットヘア。
日向綾人が、眺めていたスマホから目を離して、隣の席へと促してくれる。
「お、おはようございます!」
「はざ~す。」
大きな声で元気よくを実行した俺とは反対に、気怠げに挨拶をする遊星は日向綾人から一席空けて座る。
つまり、この間が俺の席ってことか……
高反発の座り心地の良さそうなメッシュ製の椅子。
座りやすいようになのか、既に自分は座っているのに遊星が椅子を引いてくれた。
おずおずと腰掛け、気まずさから足元のローラーに身を任せてゆらゆらと揺れてみる。
視線を感じるんだよなぁ……
右隣は言わずもがな遊星。
左に座っている日向綾人に至っては、左肘を机につけ身体ごと俺の方を向いている。
見てはないけど多分日暮貴文もだろう。
目の前で湯気を立てているお茶を手に、何か話したほうがいいのかな~とか、何でこいつら喋らないんだろうとか考えていると、両隣からスッと何かが俺の前に並ぶ。
右からは個包装されたチョコが1つ。
左からは個包装されたのど飴が1つ。
……何なの?食えってことか?
いつ社長が来るか分からないし、さっさと食べ切れるチョコを選択して口の中へと放り込む。
その様子を見て満足そうな顔の遊星が、まるでマウントを取っているかのように日向綾人を見て鼻で笑っていた。
それを無視して俺を凝視してくる日向。気まずさからチョコを食べ終わり、ようやく温くなったお茶を飲む。
「潤太が記憶喪失だなんて信じられないな。」
だってと続ける日向。
「遊星を甘やかすのも潤太らしいし……強いて言えば、いつもより大人しすぎるくらいか?でも子犬みたいで可愛いじゃん。」
「んぶッ!?」
咽そうになったのは許してほしい。
こんなナチュラルに「子犬みたいで可愛い」とか初めて聞いたもんだから、アイドルってすげえな……いやこれが夢だからか?
だとしてもイケメンだから許されるんだろうな。
驚きはしたが鳥肌たたなかったし。
「諸君!待たせたな!!」
日向から心の距離を取ったところで、会議室のドアがバンッ!と開かれた。
元気よく入室してきた社長はそのまま上座へと座り、後ろをついてきていたマネージャーが次席である日暮の前に座る。
「さて、病み上がりがいるからな。手短にしよう。」
ちらりと視線を向けられて、慌てて姿勢を正す。
俺の今後が決まる。
正直不安しかないけど、無職だけは御免だ。
「まず、わかったと思うが潤太が記憶喪失になっている。お前たちのことはもちろん、自分の名前さえも覚えていないそうだ。」
「それについてはさっき思い知りましたよ。」
「そうそう。俺ら半信半疑だったんだけどさ……きょどきょどしてるし、何より遊星の歯止めがかかってないとこ見ると、マジっぽいよね~。」
重々しい空気が流れ始める。
というか遊星の歯止めがかかってないってことは、今の遊星は通常運転じゃなくてイレギュラーってことか?
ほらみろ!世話焼き過ぎだなって思ったんだよ。
「今までの曲や振り付けも、全て忘れている可能性が高い。つまり、これからもアイドルを続けるなら覚え直しをしなくてはならない。」
呑気に構えていたら突然爆弾を落とされた気分。
曲?振り付け?はへ?
そんなもん一個も知ってるわけないだろ!!
ライブ鑑賞だって「へ~すげ~」くらいしか感想ないわ!!
「振りはちょい変更するとして、歌はどうにかしねぇとな……」
「潤太、俺が何時間でも付き合ってあげるから。一緒に頑張ろ。」
あ、もうこれ無理って言えない。
体育と音楽の成績万年3のど平凡男なのに。
ダンスとか踊れる気しないんだけど?!
「とりあえず、起きてる間は曲聴いて覚えるしかないな。出来るよね潤太。」
次々に決まっていく今後のスケジュールに、俺だけ取り残されていると日暮が見惚れるほどのいい笑顔で脅してきた。
「はい、努力させていただきます……」
「うん、いい返事。じゃ3日後までにお願いね。」
「え、3日?」
聞き間違いかと思ったが、どうやら本気らしい。何か問題ある?って顔の日暮と心底不思議そうに出来ないの?って顔向けてくる日向。
俺がおかしいのか……
「……確認だが、潤太。」
メンバーが俺抜きで今後について話し合い、取り残され俯いていた俺に社長が声をかける。
「はい?」
「アイドルを続ける。それでいいんだな?」
その一言に、ピタリと会議室の音が止む。
ゲームならきっと今頃『この先はセーブができません。本当に進みますか?』の確認がされているだろう。
正直まだ迷っている。
本音を言えば「なんで俺が」って喚き散らして恥も外聞もまとめてゴミ箱に捨てたい。
夢なら早く醒めてくれって両頬をぶっ叩いてやりたい。
でもここまできたら、なるようにするしかない!!
『本当に進みますか?→YES』
「アイドルやります!一からやることになると思いますが、どうぞ宜しくお願いします!!」
椅子から立ち上がり、社長に向かって机に付くくらい頭を下げる。
その様子をメンバーとマネージャーが静かに見守っている。
「よし、明日からAの練習室は潤太専用にしておく。3日後は久々のテレビ出演も控えているから、根を詰めすぎるなよ。マスコミ対応は私がしておこう。それでは諸君!解散!」
「あ、貴文くんはこれからドラマの仕事だから、用意できたら車来てね。遊星くんも雑誌の撮影あるから車ね!用意してから向かう!」
背中が大きく見える社長と慌ただしくスケジュール帳を調整しているマネージャーが一緒になって退室し、会議室にはまたも4人だけが残っている。
「これからもよろしくね潤太。」
席を立つ日暮がにこりと微笑み部屋から出て行く。
それに続いて日向も立ち上がり「とりあえず柔軟はしっかりしてこいよ。寝てばっかで身体鈍ってるだろ?」とアドバイスをして去って行った。
「潤太……潤太が決めたのなら俺、応援するから。だから一緒にステージ立とうね。」
「はは…ありがとう遊星。」
手を握りしめてきた遊星がジッと目を合わせて言ってくる。
やらずに後悔より、やって後悔!いや後悔しないようになんだけどな。
やる気に満ち溢れていた俺のすぐ横で遊星が呟く。
「潤太なら大丈夫。もしダメでも俺が養ってあげるから……この先ずっと…だからすぐ教えてね、もう辞めるってときは……ふふ。」
……え、やば。
遊星ってそういう感じの人なの?
思わず凝視してしまうと、目が合って嬉しいのか笑顔の破壊力がすごい。
はにかむような笑みを見せてくる遊星が「どうしたの」と優しく聞いてくる。
「おれ、アイドル、がんばる。」
「?うん。サポートは任せて。」
応援ありがとうございます!
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