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高嶺の華絵さん
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清史郎と別れて教室へ向かう階段で肩をポンと叩かれた。
「おはようございます平均君、寝癖ついてますよ」
振り向くとクラスメイトの高田華絵がそこにいた。
裏で高嶺の華絵、なんて名前をもじって呼ぶやつもいる程に、高嶺の花という言葉が似合うのがこの女性。
艶々とした潤いのある長い髪、スラっと伸びた色白な脚。整った目鼻立ちをしているものの、目だけは少し垂れていてかわいらしさも兼ね備えている。
「あ、本当か。朝見逃したかな恥ずかしい。後で水でもつけて直しとくよ、ありがとう」
俺の横に並んで階段を上る。背丈は俺より少し低いぐらいで、女性にしては高い気がする。
そして特徴的なのが、首からかけているヘッドフォン。
「ところで今日は何聞いてきたんだ?」
「お、良くぞ聞いてくれましたね、さすが平均君。今日の登校ソングは『おののけモフメロディ』の桐谷信也さんカバーの新譜です」
「おのの…なんて?」
「『おののけモフメロディ』ですよ、まさか知らないんですか?地方アニメからじわじわと人気を集めいまや深夜枠で全国放送の三分アニメーションですよ」
「三分アニメーション!?それは人気というより隙間合わせではないのか」
「ちっちっち、逆ですよ。人気過ぎてあの『無職戦隊フリーターズ』の枠をあえてモフメロディのために削ったと言われているんです」
知らない単語で会話を進めるな。高田華絵を高嶺の花たらしめているもう一つの理由がこれだ。
趣味がどうやらお痛さんなのだ。丁寧なおっとりとした口調、凛とした容姿から発せられるコア過ぎる深夜アニメの深淵情報。誰もがついていけずにおっとっと、と若干距離を置いてしまう。
それでいて人間関係を上手にこなしているのだから、彼女の人当たりの良さが逆説的に証明されている。
「勉強不足ですみませんね。高田さんの好きなアニメ今度いくつか教えてくれよ。最近夜長で暇なんだ」
「あらら、平均君。それは覚悟がおありで聞いています?」
「いや、さして覚悟はしていないが」
「なるほど。ではジャブ、いや、峰打ち程度のアニメをいくつか探しておきましょう」
「峰打ちかよ。打撲は負うんだな」
「ふふふ、平均君とは話が合いますねえ」
朗らかに笑う横顔を見て、ああ、やはりこの人は美人と言われる人種だろうな、と思った。
自分とは違う世界の人間だ。うまくやっている。
「これ話合ってるのか?全然高田さんの言ってることわからないぞ」
「わからないのに、ですよ平均君。内容はわからないのにこうして会話が出来ていることが話が合う、いや波長が合うという事でしょう?私は平均君と話すのは楽しいですよ、とっても」
「高田さんはなんというか、前向き思考なんだな。俺は逆の立場だったら合わせられてるって思ってしまう気がするよ。あぁ、もちろん今高田さんに合わせていた気は全くないんだけどな」
「正直ですねえ。結局は人との会話なんてその場のノリだとは思うんですよ。でも共通の話題が無くなった時、それが浮き彫りになってくる。映画館や動物園なんかのコンテンツありきじゃないと恋人との時間を過ごせないような、そんな関係は嫌じゃないですか」
「あぁ、その例えはわかる気がするな。同じものを共有しないと繋がってられない人間関係は脆いよな」
あっ、しまった。つい言葉が強まったか。脆いなんて感想は非情に思われるか。
しかし彼女は相変わらずこちらを見て微笑んだ。笑うと垂れた目がかわいらしい、思わず見とれてしまいそうになった。
「平均君はたまにどすっと刺してきますね、嫌いじゃないです」
「は、はぁ」
「それでは明日の朝また会えたら、おすすめのアニメいくつかメモしておきます」
いつの間にか考えずに階段を上がって教室へと付いていた。いつものルーティーンだから会話をしながら無心に辿り着いていた。
彼女とは同じクラスだ。僕は真ん中の席の一番後ろ、高田さんは窓側の席の一番前だった。
彼女とは不思議と教室では会話をすることが無い。
初めて声をかけられたのは高1の秋。校門へと差し掛かるとき。
なぜこんな人種がこの僕に?と驚いたけれど、それから登校中に会うと決まって話しかけてくれる。
同じクラスになったのは今年に入ってからだけれど、高田華絵との仲は一年生から続いている。
そのため僕らの中での暗黙のルールなのか、お互いの中で会話をするのは登校中だけだと決まっていた。
その後はいつも通り授業を受け、昼休みには清史郎がうちのクラスまでやってきて一緒に飯を食べた。
受動的に勉強をして、家に帰宅した。
◇◇◇
家に帰り珈琲を淹れるためお湯を沸かしていると、サイトに一件メールが入っていた。
ペンネームは『ゆめひつじ』件名は『ご依頼の件』
確か昨日の…。メールを開くと昨日と変わらずのゆるさだった。
『昨日はありがとうございました~。今日も好きな人とお話しできてほくほくです』
ほくほく?ここは惚気チャットではないぞ、と心の中で突っ込みをいれ、返信をする。
『それはそれは良かったですね。こちらからご連絡しようと思っていたのですがありがとうございます』
『いえいえ、なんだか本当にご依頼すると思ったらそわそわしちゃって、居てもたってもいられなくって連絡しちゃいました~』
『なるほどです。早速昨日お話した通り、一度あってお話したいのですが待ち合わせ場所を決めさせていただいてよろしいでしょうか?』
『簡潔かつスピーディー!さすがです。大丈夫です』
『私がいつも使っている喫茶店があるのですが、それが東京都Y線のN駅の所なのですが、足を運ぶことは可能ですか?遠いようでしたら申し訳ありません』
『ありゃ、とっても近いです!らっきーですね私!』
『それは良かったです、お日にちはご都合がよろしい日はありますか?』
『えーと、来週の木曜日とかなら空いてます~、でも平日ですので難しいですかね?』
来週の木曜日。カレンダーを確認すると設立記念日とメモがあった。この日は我が高校が建てられた記念らしく学校が休みらしい。記念に休むという文化はわからないが偶然、都合が良かった。
『来週の木曜日、偶然にもこちらも空いていましたので可能です。では14時頃に待ち合わせでお願いします』
『わかりました~!よろしくです』
ふぅ、とため息をついてパソコンを閉じる。どうにも調子が狂わせられる今回の依頼人。
今まで疑心暗鬼に連絡をしてきた依頼人は少なからず防御の姿勢が文面からでもわかっていたけれどこの子は違う。
世間慣れしていないというか、良い意味で無邪気だった。
代行をしてきた経験から言うと、年齢は俺よりも下…か。
ともかく来週の木曜の予定をカレンダーに印、冷めてしまったお湯を沸かしにもう一度台所へと向かった。
「おはようございます平均君、寝癖ついてますよ」
振り向くとクラスメイトの高田華絵がそこにいた。
裏で高嶺の華絵、なんて名前をもじって呼ぶやつもいる程に、高嶺の花という言葉が似合うのがこの女性。
艶々とした潤いのある長い髪、スラっと伸びた色白な脚。整った目鼻立ちをしているものの、目だけは少し垂れていてかわいらしさも兼ね備えている。
「あ、本当か。朝見逃したかな恥ずかしい。後で水でもつけて直しとくよ、ありがとう」
俺の横に並んで階段を上る。背丈は俺より少し低いぐらいで、女性にしては高い気がする。
そして特徴的なのが、首からかけているヘッドフォン。
「ところで今日は何聞いてきたんだ?」
「お、良くぞ聞いてくれましたね、さすが平均君。今日の登校ソングは『おののけモフメロディ』の桐谷信也さんカバーの新譜です」
「おのの…なんて?」
「『おののけモフメロディ』ですよ、まさか知らないんですか?地方アニメからじわじわと人気を集めいまや深夜枠で全国放送の三分アニメーションですよ」
「三分アニメーション!?それは人気というより隙間合わせではないのか」
「ちっちっち、逆ですよ。人気過ぎてあの『無職戦隊フリーターズ』の枠をあえてモフメロディのために削ったと言われているんです」
知らない単語で会話を進めるな。高田華絵を高嶺の花たらしめているもう一つの理由がこれだ。
趣味がどうやらお痛さんなのだ。丁寧なおっとりとした口調、凛とした容姿から発せられるコア過ぎる深夜アニメの深淵情報。誰もがついていけずにおっとっと、と若干距離を置いてしまう。
それでいて人間関係を上手にこなしているのだから、彼女の人当たりの良さが逆説的に証明されている。
「勉強不足ですみませんね。高田さんの好きなアニメ今度いくつか教えてくれよ。最近夜長で暇なんだ」
「あらら、平均君。それは覚悟がおありで聞いています?」
「いや、さして覚悟はしていないが」
「なるほど。ではジャブ、いや、峰打ち程度のアニメをいくつか探しておきましょう」
「峰打ちかよ。打撲は負うんだな」
「ふふふ、平均君とは話が合いますねえ」
朗らかに笑う横顔を見て、ああ、やはりこの人は美人と言われる人種だろうな、と思った。
自分とは違う世界の人間だ。うまくやっている。
「これ話合ってるのか?全然高田さんの言ってることわからないぞ」
「わからないのに、ですよ平均君。内容はわからないのにこうして会話が出来ていることが話が合う、いや波長が合うという事でしょう?私は平均君と話すのは楽しいですよ、とっても」
「高田さんはなんというか、前向き思考なんだな。俺は逆の立場だったら合わせられてるって思ってしまう気がするよ。あぁ、もちろん今高田さんに合わせていた気は全くないんだけどな」
「正直ですねえ。結局は人との会話なんてその場のノリだとは思うんですよ。でも共通の話題が無くなった時、それが浮き彫りになってくる。映画館や動物園なんかのコンテンツありきじゃないと恋人との時間を過ごせないような、そんな関係は嫌じゃないですか」
「あぁ、その例えはわかる気がするな。同じものを共有しないと繋がってられない人間関係は脆いよな」
あっ、しまった。つい言葉が強まったか。脆いなんて感想は非情に思われるか。
しかし彼女は相変わらずこちらを見て微笑んだ。笑うと垂れた目がかわいらしい、思わず見とれてしまいそうになった。
「平均君はたまにどすっと刺してきますね、嫌いじゃないです」
「は、はぁ」
「それでは明日の朝また会えたら、おすすめのアニメいくつかメモしておきます」
いつの間にか考えずに階段を上がって教室へと付いていた。いつものルーティーンだから会話をしながら無心に辿り着いていた。
彼女とは同じクラスだ。僕は真ん中の席の一番後ろ、高田さんは窓側の席の一番前だった。
彼女とは不思議と教室では会話をすることが無い。
初めて声をかけられたのは高1の秋。校門へと差し掛かるとき。
なぜこんな人種がこの僕に?と驚いたけれど、それから登校中に会うと決まって話しかけてくれる。
同じクラスになったのは今年に入ってからだけれど、高田華絵との仲は一年生から続いている。
そのため僕らの中での暗黙のルールなのか、お互いの中で会話をするのは登校中だけだと決まっていた。
その後はいつも通り授業を受け、昼休みには清史郎がうちのクラスまでやってきて一緒に飯を食べた。
受動的に勉強をして、家に帰宅した。
◇◇◇
家に帰り珈琲を淹れるためお湯を沸かしていると、サイトに一件メールが入っていた。
ペンネームは『ゆめひつじ』件名は『ご依頼の件』
確か昨日の…。メールを開くと昨日と変わらずのゆるさだった。
『昨日はありがとうございました~。今日も好きな人とお話しできてほくほくです』
ほくほく?ここは惚気チャットではないぞ、と心の中で突っ込みをいれ、返信をする。
『それはそれは良かったですね。こちらからご連絡しようと思っていたのですがありがとうございます』
『いえいえ、なんだか本当にご依頼すると思ったらそわそわしちゃって、居てもたってもいられなくって連絡しちゃいました~』
『なるほどです。早速昨日お話した通り、一度あってお話したいのですが待ち合わせ場所を決めさせていただいてよろしいでしょうか?』
『簡潔かつスピーディー!さすがです。大丈夫です』
『私がいつも使っている喫茶店があるのですが、それが東京都Y線のN駅の所なのですが、足を運ぶことは可能ですか?遠いようでしたら申し訳ありません』
『ありゃ、とっても近いです!らっきーですね私!』
『それは良かったです、お日にちはご都合がよろしい日はありますか?』
『えーと、来週の木曜日とかなら空いてます~、でも平日ですので難しいですかね?』
来週の木曜日。カレンダーを確認すると設立記念日とメモがあった。この日は我が高校が建てられた記念らしく学校が休みらしい。記念に休むという文化はわからないが偶然、都合が良かった。
『来週の木曜日、偶然にもこちらも空いていましたので可能です。では14時頃に待ち合わせでお願いします』
『わかりました~!よろしくです』
ふぅ、とため息をついてパソコンを閉じる。どうにも調子が狂わせられる今回の依頼人。
今まで疑心暗鬼に連絡をしてきた依頼人は少なからず防御の姿勢が文面からでもわかっていたけれどこの子は違う。
世間慣れしていないというか、良い意味で無邪気だった。
代行をしてきた経験から言うと、年齢は俺よりも下…か。
ともかく来週の木曜の予定をカレンダーに印、冷めてしまったお湯を沸かしにもう一度台所へと向かった。
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