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第一部

不安を抱きしめて

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 四季の宮での一件のあとから、私はとても快適な日々を過ごしていた。もちろん夜会でリュカ殿下に会うこともあったが、口説かれることはなくなり、リュカ殿下を見かけても婚約者となったイザベルを真面目にエスコートしている。もちろん私は少し脅したくらいで罰なんて受けてはいない。
 ただ、そこまで来るのにももう一つの問題の解決に苦労した。


「リュカに一人で会いに行くのは二度となしだ」

「そんなことは分かっていますし、何度も言うけどイザベルを連れて行きました」

「わざわざ私を拘束して!おかしいだろう!」

「連れて行かなかった結果、私は平穏を手に入れた。それが事実です」


 私は今、ウェディングドレスの最終調整中である。何故か部屋から出て行かないデイヴィッドが、衝立一つ挟んできっと睨みつけている。こうなると分かっていたので、一週間ほど私用を詰め込んで避けていたのだが、それだけでは怒りはおさまらなかったようだ。


「ふふっふふふふーーー!!!完璧!完璧でございます!一ミリたりとも狂いはありません!見てくださいこの背中からヒップへのラインの美しさ!そしてそこから床へ続くふんわりとしたロングトレーン!やはり主役らしくボリュームがあった方が華やかに見えます!どうですか?ステラ様」

「たしかに、膝裏から伸びるものよりウエストからボリュームがある方が背後からの姿が華やかだわ」

「では結婚式ではこちらにしましょう!バージンロードを歩く時は、やはりトレーンが注目されますから!たくさんのダイヤが教会で光り輝きます。披露宴では逆に座っていることの方が多いので、トレーンの短めのもので、胸元に刺繍のあるこちらにしましょう。そして、新聞社に載せる別カットとして、ブルーストーン、グリーンストーンのこちらのウェディングドレスをお披露目する。宴が長くなるようでしたら披露宴でもこちらを披露することもオススメします。せっかく朝からの結婚式で長く楽しめるのですから!ふふふふっ決して主役の白という印象は変えずに公爵様とのお揃いの主役を演出できるドレス!やはり三点ドレスを用意してよかったです!このデザインを誰にも渡さなくてよかった!」

 ケアリーは私のドレスに付いているダイヤの位置を一つ一つ確認しながら感嘆のため息を何度もついている。


「そろそろいいでしょう?」

「胸元にもダイヤを足してもいいですか?」

「任せるわ」

「はい!」

 ケアリーはもう一度息を漏らした後、私の背中のホックに手をかけた。

「私に見せずに脱ぐつもりか?」

「バースト!」

「うぉっ!!」


 デイヴィッドが衝立のからひょっこりと顔を出したので、私は思わず風を起こしてデイヴィッドを壁まで飛ばしてしまった。まぁでも女性の着替えを覗くなんて吹っ飛ばされて当然のこと。


「さぁケアリー、早く脱がして」


 一緒に倒れてしまった衝立を直すと、私はさっさとドレスを脱いだ。そろそろデイヴィッドのひっつき虫にも限界を感じる。


「デイヴィッド、最近私、貴方といると息が詰まるわ」

「ステラは…私と一緒にいたくないのか?」


 ケアリーを帰したあと、問題児の最後の一人をどうにかしなければと、デイヴィッドと庭園でお茶をすることにした。公爵邸の庭園も見慣れたものになりつつある。


「えぇ…結婚を撤回するつもりなんてないけど、別邸を用意して欲しいと願い出たいくらいには一緒にいたくないわ」


 全ての時間を共有しようとする今のデイヴィッドはどう考えてもおかしい。彼と会わなかった一週間、新婚の友人の家に遊びに行ったり、魔法省に勤める従兄弟と会ったりいろいろとしたが、デイヴィッドはマリッジブルーなのではないかと言われた。
 このまま結婚してもいいのか、相手は本当に結婚することを後悔していないのか、本当に愛されているのか、不安になっているのではないかと言うのだ。


 最初は公爵という立場の彼がまさかそんな不安に思うようなことがあるとは思えなかったが、何かのついでに商談をするような人が、その気配もないとなると、鬱陶しい以前に心配にもなる。結婚式まで仕事をするつもりがないというのも困ったものだ。社交はこなしているので影響はないが、メリットもない。


「ステラは私と結婚したくないのか?結婚は契約したから仕方なく?」


 そうだ。私は何かあっても平和的に離婚をするという約束をして自分を縛った。彼が浮気しても別れればいい。誰か他の人を好きになっても別れることが出来る。そんな日が来てくれるなと思いながら、そんな日が来る日を確信して恐れている。


「デイヴィッドとなら、幸せになれそうだと思っていたし、今もそう思ってる」

「でも結婚する前から別居は…さすがに耐えられそうもない」


 デイヴィッドは想像でもしたようにフルフルと頭を揺らしている。


「あくまでその位貴方がおかしいって言ってるの。リュカシエル殿下だって追い払ったのに、何でそんなに側にいたがるの?夫婦になるんだもの、毎日一緒にいたっていいけど、私にも集中したい時や、一人になりたい時もあるわ」

「君は一人でなんでも出来てしまうのが日に日に分かる。私がいなくなってもすぐに結婚相手は見つかるだろうし、リュカにしたって婚約者が私なら奪えると思っていたんだろう。君の隣に立つのに相応しいのかって不安になる」

「私はただの辺境伯の娘で、貴方は王家の血筋の公爵なんですけど…」


 その不安を持つべきなのは自分なのでは?公爵夫人として横に立つことに不安に思ったことはないけど、本来不安になるべきは、立場の変わる私であるはずだ。


 結婚したって彼は公爵だし、何も変わることはない。なのに何故不安になることがあるのだろうか。


「一緒にいると、もうこれ以上はないだろうというほど好きだと思うのに、次の日にはもっと好きになっている…でもステラに同じ想いを持ってもらえる方法が分からなくて辛い」

「デイヴィッド?何度も言うけど、私は貴方が好きよ?こうやって好きだと言ってくれて、一緒にいる時間を作ろうとしてくれるところも好きよ」


 不安なのは私の方。この人は本当に生涯愛してくれるのか、こんな風に悩んでいるのだって今だけじゃないのかって頭のどこかで考えている。いつか愛に冷めてしまったら…私が歳をとったら…考えることは多い。私は多分、どこかで一線を引いている。その一線を超えて全てを開け渡してしまったら、自分が傷ついてしまうのが分かっているから。


「でも別居したいと…すまないがその願いは叶えてやれそうにない」

「今のように四六時中離れないのもたまにはいいと思うけど、仕事を投げ出してまで一緒にいようとするなら距離を置くしかないと思うわ」

「ステラを狙っている男が多すぎる…他の男と私の違いなんてほとんどないだろう…」


 デイヴィッドは項垂れたまま動かなくなったが、その姿がまるで自分のように思えて、その場にはそぐわない喜びが湧き上がって来た。


「たぶん、デイヴィッドが感じている不安を私もずっと持ってる。デイヴィッドが誰かを好きになるんじゃないかって、私は常にどこかで思ってるの」

「ステラはいつだってステラのままなのに?」

「契約を言い出したのも私じゃない。私が子供を授かれなかったら?私が歳を取ったら?見目もよくて性格のいい女なんて山ほどいるもの。今は良くても明日は分からないでしょう?」


 私はフロージアにフラれて一人庭に立っていたあの日を思い出していた。足を動かすこともできず、ただ立っているだけで精一杯だったあの日。それなのに今はデイヴィッドのことを想っている。それが、愛は移ろぐものだと証明しているようにますます不安が増す。


「早く結婚して私の妻だと言いたい…」

「もう結婚式は目の前じゃない」

「結婚してからも毎日不安になりそうな気がする」

「私もきっと不安になってるだろうから、結婚したら毎日一緒に寝てちょうだい。私、デイヴィッドの腕の中だと安心できるの」

「それは今日からでも?」


 デイヴィッドはステラの手を取ると、甲に唇を落とした。


「うーん…毎日一緒に寝たら、私の方が我慢できなくなっちゃうかも?」

「大丈夫。私は我慢できる気がして来た。ステラも同じように不安なんだと思ったら安心した。焦る必要はないな。私はステラのためなら拷問だって耐えれる」


 デイヴィッドからとびきり甘いキスと抱擁をもらって、その日から私の帰宅時間は朝になった。

 父にはもういっそ公爵家に正式に住めばいいと言われたが、それはやめておいた。結婚するまでは私はイシュトハンの娘だ。何日帰らなくても、結婚するまではイシュトハンが私の家である。


「私が家に帰りたい時はデイヴィッドが寝に来るのよ?」

「どれだけ忙しい時もステラと寝られるならそこに行くさ」


 デイヴィッドは毎日一緒に寝るようになると、毒が抜けたように生き生きと働き出した。私が家系図を覚えている間に領地を見に一人で出掛けたり、勉強になると思えば私を連れて行ったり、一緒にいたりいなかったりする日々だけど、デイヴィッドは全ての予定を共有してくれていたし、私も浮気を疑う必要を感じることなく送り出した。


 そして、すっかり領民にも公爵夫人と認識された頃、私たちの結婚式の日がやって来た。

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