皇太子殿下に捨てられた私の幸せな契約結婚

佐原香奈

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第一部

豚の散歩

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 ダリアによって炎に包まれた王宮は、煤の一つも残すことなく復元されている。王弟殿下の住んでいた春の宮は外見は整えられたが、内装までは国王が予算を出さなかったので、王弟殿下の懐を痛めたらしい。新しく城を作るより元に戻す方が簡単なのだから、全てが元に戻ってしまったことに文句をつけるつもりはないが、少しくらい小さい別宮になってほくそ笑みたかったのも事実だ。


 本城の入り口に立てば、何を証明しなくとも門番が門が開く。私はこの城のセキュリティの一部で、最も重要な結界を張っているから口を開く必要もない。


 入り口から続く道の一つは地下に作られた転移装置へ続く道だ。細い階段を上り下りしないと出入り出来ない。万が一来客を装って攻撃された時のため、転移装置が乗っ取られた時のため、中は二人がすれ違えるだけの通路があるのみ。


 もう一つの道が本城の入り口。そこでもう一度要件の確認があるが、そこも顔パスで入り口の結界が開けられる。本城の皇帝陛下の居住区が四階、そこは内部では唯一私の結界が別途張られている場所。本城の一階をそのまま通り抜けると、四季の宮四棟が見渡せる。
 一つは王弟殿下の住まう春の宮、一つは上皇后の住まう夏の宮、一つは国賓級の来客をもてなす為の秋の宮、そして、王子達の婚約者候補が住まう冬の宮。イザベルがいる冬の宮も当然私が結界を張っている。一応入場許可のバッジはいつも扇子にぶら下げているが、見せる必要はない。


「イザベル・マクラーレンを呼んでください。私は気が短いの。すぐに連れて来て」


 騎士も侍従もつれず、冬の宮の騎士をまっすぐ見つめると、硬直した騎士が吃りながらも「はい!必ず!」と言って中に入って行った。服から見て魔法騎士だろう。


 当然、その場で待つわけもなくホールへと足を踏み入れると、慌てたように侍従長がやって来て応接室へとすぐに通された。


「イシュトハン伯爵令嬢、マクラーレンのご令嬢のお部屋へご案内いたします」


 お茶が出され、三口ほど口に含んだところで、呼びに行った騎士が戻って来た。その様子を見るに、本当に騎士が直接呼びに行ったようだ。


「私はすぐに連れて来てと言ったのです。そう言われたら引きずってでも連れて来るものよ?」

「ハッ…ハイ!」


 手間を取らされた私は、わざと光玉を壁にぶつけた。


「侍従長、貴方も一緒に行きなさい。あなたは冬の宮の責任者でしょう?」


 私は別に怒ってなどいなかったが、そう見えるようにしなければならない。私のオーラは不安定に揺らめいていることだろう。騎士は相当に焦っていたはずだ。感情のコントロールというのはこういう駆け引きの場ではとても役立つ。通常は不意の感情を抑えるためだが、逆に使うことも出来る。


 結局、イザベルは多くの男に囲まれて応接室まで来た。


「先触れもないご訪問で遅くなりました。ステラ様」

「本当に…イザベル様」

「キャーッ」


 少し緊張したような顔持ちのイザベルは、しおらしく辺境伯家の私にカーテシーをとったが、私はそのままイザベルの曲げた足に向けて拘束魔法を放ち、彼女の片足を床に張り付け、イザベルはそのまま両手を床につけた。


「ッ……大丈夫ですか!!」


 ノーモーションで繰り出した魔法に、彼女の周りにいた者は誰も対応出来ず、叫んだイザベルが無様に四つ足で倒れていたのを振り返って確認した後、息を飲んでから駆け寄った。


「仕事が終わった者は立ち去りなさい。その醜い豚は私が引き取ります」


 イザベルの周りに跪いて状況を確認する男どもが非常に愉快に見えたが、こんな事に時間をかけるつもりはなかった。


 私はそのままイザベルの首根っこを掴むと、彼女を浮かせて、足の代わりにうるさい口に拘束魔法をかけて隣の秋の宮に向かった。


 冬の宮は私から一定距離を置いて魔法師達が取り囲み、騒ぎを聞きつけた令嬢はその光景を窓や庭園から見つめていて、イザベルの醜態が多くの目に晒されている。


「あら、リュカシエル殿下、丁度いいところで会いましたね」


 冬の宮の門を抜けて秋の宮の前に差し掛かるところで、リュカ殿下が騒ぎに駆けつけた騎士に紛れて立っているのが見えた。


「私に会いに来たにしては面白いことをしているな」


 リュカ殿下は面白いものでも見たかのように笑い、私に首元を掴まれて空を舞うイザベルを心配した様子もなく私が目の前に来るまで立っていた。


「えぇ、面倒くさいものはまとめて始末しようかと思いまして。この豚、持ってくださいます?」


 私はそのままイザベルから手を離すと、リュカ殿下の前にイザベルを置いた。イザベルはいつからか静かになったとは思っていたが、気を失っていたようだ。


「こんな騒ぎを起こしたら、後で大変じゃないか?私と結婚する気になったと考えても?」

「ふっ…私はまだ何もしていないのに、大変なことなんて起こるはずもありません」


 オーラの安定していない私に、リュカ殿下の護衛は大層な警戒をしているようだが、リュカ殿下はそのままイザベルを担いで私を彼の部屋へと案内した。


「いい部屋ですね」


 リュカ殿下に与えられていた部屋はとても豪華な部屋だった。さすがに春の宮以外に足を踏み入れたのは今回が初めてだったので、国賓級とは本当に特別待遇なのだと身に染みて感じた。


 意識を失ったイザベルはリュカ殿下がベッドに寝かせ、その間に私は彼の侍従がセットしたお茶を飲みながらお菓子に手を伸ばしていた。


「お前達は部屋から出ていろ」

「しかし…」

「いらしても私は構いませんよ?」


 意識のないイザベルを除けば部屋には私とリュカ殿下だけになる。ドアを閉めることはないだろうし、なんだかんだイザベルがいる。異論を述べようとした護衛は、恐らく二人になることを危惧したわけではなく、オーラの安定しない私を警戒したのだろうが、リュカ殿下はそのまま全員を部屋から出した。


「さて、其方と思いがけず二人で話す機会が出来たな。イザベル嬢は明日は私と夜会に出る予定だったんだが…」

「参加したいならあの豚を担いで連れて行けばいいでしょう。それよりも、今日はこの国の機密の一つを伝えに来ましたの。まずは聞いてくださる?」


 まさか国賓待遇の他国の王子に手を出すつもりもないし、私は簡単に済む平和的な解決をしに来たわけで、すぐに退散するつもりだ。


「機密?」

「えぇ。徹底的な緘口令で、関係者全員に口封じの契約魔法を使用する事になった話です」

「全員に口封じをしたのに君は話せるというのか?」

「えぇ…私はその場にいましたが、口封じの対象ではなかったので」

「それは興味深い」


 こうして私は作戦通りにことを運んだ。当時は徹底的に隠されたが、今となっては機密でもなんでもない話をするだけだ。
 私は邪魔が入ることがないようにそっと開け放たれたままの部屋に結界を張った。
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